わたしを見て 触って キスをして 恋をして
Bu-cha
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「ねぇ、今日の夜一緒に行かない?」
大学に向かう道の途中、愛実(まなみ)が聞いてきた。
「今日の夜って、学(まなぶ)さんとデートでしょ?
わたしが行ったら邪魔しちゃうよ。」
「それが、創さんも誘っていいかって聞かれてさ。
3人だと気まずいから、友里(ゆり)にも来て欲しいんだよね。」
「え・・・、創さんって・・・吉岡先生??
それこそわたし気まずいって!
高校の時も喋ったこと全然ないもん!」
「そうだっけ・・・?
創さん、友里のことは絶対怒ったことなかったし。
あと・・・」
愛実が少し考え込む。
「とにかく、絶対に気に入られてると思ってたけど?」
そんなことを言う愛実に驚く。
「スタメンでもなんでもないから怒られなかっただけだよ、絶対!
1年も2年も副担任で、部活の顧問でも喋ったこと全然ないよ・・・。」
「そうだっけ?
じゃあ仕方ないからわたし1人で行ってくるかなー・・・。」
愛実はそう言いながら、なんだか難しそうな顔で考え事をしている。
愛実と学さんは、愛実が大学1年生の時から付き合っている。
高校3年生の時に部活で腰を痛めた愛実に、顧問の吉岡先生が紹介した整骨院にいたのが学さん。
吉岡先生と学さんは、大学の時のバスケ部で一緒。
結果的に吉岡先生の紹介で愛実と学さんが付き合ったということで、吉岡先生は学さんに怒っていたみたいだけど。
わたしは、高校の時の吉岡先生を思い浮かべる。
新卒で先生になった吉岡先生は、1年の時も2年の時も副担任で、更に女子バスケ部の顧問で。
顔も結構イケメンだし、若いしで、クラスの女子達は大喜びだった。
わたしがバスケ部だっていうだけで、クラスの女子から最初は嫌味を言われたり結構大変で。
わたしは・・・
クラスでも部活でも、個人的に喋ったことは全然ない。
目が合ったこともない。
吉岡先生は・・・
わたしの高校時代、わたしに一度も気付くことはなかった。
そんな関係だったのに、大学4年になった今更会うなんて、考えただけですごく怖かった。
すごくすごく、怖かった・・・。
4限が終わり、愛実と教室を出る。
途中で高校からの友達に声を掛けられ、少し喋りながら皆でトイレへ。
「友里、就職活動してる~?」
「大学でやってる講習はたまに受けてるよ。
あと就職課にも行ったり。
もう6月だしね。
企業にもちょこちょこエントリーしてる。
でも、もっと本格的に始めないとね~。」
「この前就職課に行ったら、附属生はもっと危機感を持ちながら就活していかないとって言われてさ。」
「たしかに、うちら大学受験してないから、みんなホワホワしてるかも!!」
高校と大学がエスカレーターなので、大学にも高校からの友達が沢山いて。
皆でトイレで化粧直しをしながら就職活動の話で盛り上がった。
最寄り駅で他の友達と別れ、愛実と2人でカフェに入る。
わたしはまだコーヒーは飲めなくて、アイスカフェオレにガムシロップを沢山入れて。
授業の話や、学さんとの話など、愛実と喋っていたら愛実のスマホが鳴った。
愛実はスマホを開くと、少ししてから険しい顔になった。
「ねぇ、友里・・・、今日どうしても一緒に行ってほしくて。」
いつも学さんとのデートを楽しみにしている愛実が、こんなに険しい顔をするのは珍しい。
「吉岡先生もいるのイヤなの?」
「たまに3人で会う時は創さんだけ1時間くらいで帰るんだけど、今日は金曜日だから2人で飲みなおすらしい。
最後まで創さんも一緒だと流石に気まずくて・・・。」
「金曜日っていっても、吉岡先生も学さんも明日も仕事だよね?
すごい元気だね~。」
「今年29歳なのにね、2人揃うとまだ学生ノリみたいになるんだよ。
それに1人で付き合ってるのも結構しんどい!」
「そうなんだ、吉岡先生のそんなところ全然想像出来ない!
むしろ怖いイメージしかないもん。」
「プライベートは全然そんなことないから、1回来てみなよ!
友里と同じ学部で一緒に授業受けてるって話したら、たまに友里のことも聞かれるよ。」
「え~、どうしようかな・・・」
と、モゴモゴ言い訳を続けているうちに、待ち合わせ時間の19時になってしまった。
今更断れなくて、結局ついていくことになってしまった。
お店に着くと、先に学さんが席に座っていて、愛実を見付けると爽やかな笑顔で手を振ってくれた。
「ごめん、先にちょっと飲んじゃってた!
友里ちゃん久しぶり~!
相変わらず美人さんだね~!」
「学さん、もうすっかり酔っぱらってるじゃないですか!」
「もう、友里のこと困らせないでよ。
今何杯目なの?」
愛実と一緒に席に着き、愛実と学さんの絡みを微笑ましく眺めながらメニューを見ていく。
「悪い!遅くなった!!」
低い声が頭の上から聞こえ、思わずビクッとなった。
顔を見上げると、懐かしい顔がわたしを見下ろし驚いた顔をしている。
「早川?」
「吉岡先生、お久しぶりです。」
必死に挨拶をしたけど、絶対にちゃんと笑えてない。
どんな風に笑えばいいのかさっぱり分からない。
というか・・・学さん、わたしもいるって連絡してくれてないんだろうな。
「ビックリした!早川もいたのか!
お前もちゃんと連絡してこいよ!」
吉岡先生が学さんの肩を軽くパンチすると、学さんはニヤニヤしながら「サプライズ~」と言っていた。
「サプライズとかいらねーよ!」
吉岡先生は怒りながらも笑っていて、そんな感じはよく高校の時に見ていたように思う。
「早川と綾瀬は注文したの?」
「まだです。
創さんが来るちょっと前に着いたんですよ。
わたしは生~!!」
「だろうな!
早川はどうする?
カシオレ?」
「あ・・・はい、カシオレでお願いします。」
「飯はテキトーに頼むから、他に何か食べたければどんどん注文しろよ~。」
「学さんと創さんのおごりだから、友里も沢山食べなね!」
「早川、こう見えて大食いなのは驚きだよな。」
愛実と吉岡先生がテンポ良く会話をしていき、わたしは全く入れないでいると、その間に吉岡先生が店員さんに注文してくれた。
メニューを閉じた吉岡先生に、学さんがまたニヤニヤしながら話し掛けた。
「創一さ、な~んで友里ちゃんの飲み物当てられたの~?
大食いのことまで知っててさ~!」
たしかに・・・。
どうして分かったんだろう?
「この前のOG会の時にカシオレ飲んでただろ?
そもそも酒自体飲めなさそうで、カシオレ1杯も飲めてなかったじゃねーか!
大食いなのは部活の奴らならみんな知ってることだよ、うるせーな!」
吉岡先生はそんなことをサラリと言って、学さんはその後もブツブツ言っていたけど無視していた。
でも、OG会があったのは大学2年の頃で、もう2年くらい前なのに。
歴代のOGが集まったからすごい人数で、吉岡先生がどこに座っていたのかも分からないくらいだったのに。
高校の時からわたしのことなんて認識していないと思っていたけど、実はちゃんと見ていてくれたのかな?
と、少し嬉しい気持ちになった。
最初は緊張していたけど、明るい学さんが盛り上げてくれて、吉岡先生が学さんや愛実にツッコミを入れたり、みんなたまにわたしに話をふってくれたり、楽しい時間になった。
「でもさ~、創一の職場とか天国だよな~!
女子高生に囲まれた職場とか男の憧れだわ~!」
「学さんと一緒にしないでよね。
創さんは女子生徒からのアタックを華麗にスルーしてたんだから。」
「やっぱ、学生時代からモテてた男は違うね~!」
愛実の言うとおりで、中には結構過激な女子もいて、本気でアプローチしている姿を見掛けたことがある。
吉岡先生はそんな女子にも上手に対応していた。
まあ、卒業するまでずっとアプローチを続けていた女子もいたけど。
「大学の時から創さんモテてたの?」
「そうそう!
創一と清司ってやつの2人がモッテモテでさ!
そういえば、清司も高校で働いてるんだよ、あいつは男子バスケ部の顧問だけどな!」
「土屋とこの前飲みに行ったよ。
彼女と相変わらずラブラブで、あいつをあんな姿にする彼女すげーよな。」
「清司は高校の生徒と付き合ったんだよ!」
「え!?そうなの!?
そういうの本当にあるんだね~!」
学さんの話に愛実が驚いたら、
「生徒というか、幼なじみが通ってる高校に決まって、結果的に教師と生徒になったんだけどな。
学、あいつの為にもそこまでちゃんと説明しろよな!」
“そんなこともあるんだね!少女マンガじゃん!”
と、愛実と2人で盛り上がっていたら、また学さんがニヤニヤしながら吉岡先生に話し掛けた。
「でもさ~、創一もよく我慢出来るよな~!
友里ちゃんみたいな美人が生徒なんて、俺なら我慢出来ないって!」
「もう!学さんそういうの本当にやめてって!
友里いつも困ってて可哀想だから!」
愛実がフォローを入れてくれた時、吉岡先生がグビッとビールを飲み干した。
「俺は、生徒には絶対手を出さない。」
空になったジョッキを少し強めにテーブルに置いた吉岡先生は、目の前にあった枝豆をジッと見詰めていた。
その姿を真面目な顔をして見ていた学さんが、
「でもさ、友里ちゃんとかはもう卒業してるんだし、元生徒じゃん?
元生徒でもダメなの?」
と聞いた。
自分の名前が出てしまい、少し慌てて口を挟もうとしたけど、愛実が「そうだよ!」と大きな声で言いタイミングを逃してしまった。
そしたら、吉岡先生は、真正面に座るわたしのことをジッと見ながら、
「俺は、生徒には絶対手を出さない!!」
とまた宣言していた。
今日、わたしの顔を見てくれたのは2回目なことに今気付いた。
楽しい雰囲気だったから気付かなかったけど、そういえばわたしの方は見てくれていなかった。
なんだか変な雰囲気になってしまったし、やっぱりわたしは来ない方がよかったのかもしれない。
23時になり、わたしも愛実もそろそろ帰らないといけない時間になった。
吉岡先生と学さんが本当にお会計をしてくれ、愛実とわたしはお礼を沢山言って。
「学は綾瀬のこと駅まで送ってやれよ。
早川はここら少し歩く線だろ?
俺送って行くから。」
「え!!!いや、大丈夫です!!!
1人で行けますから!!!!」
「これで何かあったら一生後悔するから、大人しく送られてろ。」
わたしは元生徒だから・・・。
妙に納得して、何故かニヤニヤしている愛実と学さんにバイバイをし、吉岡先生と歩きだした。
金曜日の夜だからか、道は混雑している。
少し酔っ払ったわたしは、無言でいる吉岡先生の斜め後ろを歩く。
大学4年になったけど、やっぱり吉岡先生とは全然喋れないままだなぁ・・・。
そんなことを思いながら吉岡先生を盗み見していると、急に振り返った。
「フラフラして危ないから。」
そう言われ、わたしの右手首を掴み、吉岡先生はゆっくり歩きだした。
「大学、どう?楽しい?」
気まずい雰囲気の中、吉岡先生が聞いてきた。
「はい・・・。附属なんで友達も沢山いますし、外部の友達も何人か出来て。」
「早川は友達沢山いたからな。
教師ウケもよかったし、大学でも楽しくやれてるだろうな。」
ビックリした。
こんなことを言われているのも。
こんなことを知っていたのも。
「なぁ・・・」
掴まれた右手首に力を入れられた。
吉岡先生を見上げると、怖いくらい真剣な顔でわたしを見下ろしていた。
今日で顔を見られたのは3回目。
「よかったらさ、交換しない?
連絡先。」
吉岡先生がスマホをスーツの内ポケットから出した。
予想外のことで驚いていると、困ったように笑いながら吉岡先生は説明した。
「これから就活もあるだろうし。
なんでもいいよ、何かあるかもしれねーから、連絡先交換しておこう。」
そう言われると、断れなくて・・・。
連絡先を交換してしまった。
「今スタンプ送る。」
そう言われ、すぐにメッセージが入る。
見てみると・・・
吉岡創一という名前の横に、ウサギのスタンプがポンっと押されていて・・・
吉岡先生とウサギのスタンプのギャップが激しくて、わたしは思わず笑ってしまった。
「吉岡先生でも、こんな可愛いスタンプ使うんですね。」
クスクス笑うわたしに、吉岡先生は少し焦りなら「普段は使ってねーよ」と笑っていた。
それからまた2人で歩きだすと、吉岡先生が前を向いたまま話し掛けてきた。
「あのさ・・・タクシー代ちゃんと渡すからさ、少し2人で飲もうよ。」
「え・・・?」
わたしが固まっていると、右手首を引っ張られる。
トンっと、吉岡先生の左側にくっついた。
「行くぞ。」
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