無題
空白がある。空白を埋めるための言葉を探しているのに、空白だけが雲のように垂れて思考を覆う。
私がいる。私がいるはずのその場所はいつのまにか空白になり、まだ名前もないなにかが上に寄りかかってくる。きっとそれが私の名前を奪ってしまって、いずれは私になるのだろうと思う。
となれば、未来の私はここにはいない。私がいないのであれば、私はもう不安に思う必要などないのだから、と。
今日、題の無い文を綴りながら、長い眠りに逃げればいいのに。逃げられない夜は終わらなかった。
指に虫が止まる。テントウムシ。弾き飛ばしたそれは空に消えてハエになったなら、カメレオンの餌になるのに。太陽は明るく、カメレオンは遠く、白昼に抱くささやかな妄想さえ、初夏の霧雨よりひんやりしていた。
祈りだけが言葉になって、言葉だけが雨になって、だとしたら、明日に見る、希望、未来、そんな言葉だけで海も川も満たせたはずなのに、いつまでも青く澄んでいたはずなのに。
東京湾は今日もドブ色、浜から生き物たちの臭気が漂う。
外国人が慣れた手つきでタクシーを止めるその横で、私だけが自らを運ぶ手段を見出だせないまま立ち尽くしていた。
伸びる一本の道、その先にある赤い門、その先にある赤い鉄塔から見える空は、雲の上は、いつだって晴れだ。
晴れていた。
そこでは、のどの乾きを癒し始めたラクダたちが、まだ一度も歌ったことのないはずの歌をくちずさんでいた。
愚かな私の心をしずめるために、神様がうさぎを使いに送ってくれた。私はありがたくいただいた肉をゆっくり噛み締めた。
乾きを癒し始めたラクダたちの歌に耳を傾けながら、血の味に舌鼓を打ち、低いリズムだけが腹の底に沈んでいった。
さあ、腹が満ちたら夜は眠ろう。見えない星空にうつつを抜かして、画面に映る偽りだけを愛して。夜は眠ろう。
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