白煙

花曇りの空から冬の名残のようなみぞれが降った。靴音がすこし遅れて聞こえる気がして、振り返ると、夜があったはずのそこには誰もいなかった。

春のものうい長雨。

遠くの山並みの稜線をおおう白が、空に混じるようにゆるやかに青みがかっていく。

灰色の風景にあざやかな色をください、と春に乞い、叶えられては流れゆき、花びらは踏まれ、やがて汚れるだけの悲しみでしかなかった。

ホームに立ち、春の終わりへと先走る感傷を制御できないまま、私の眼前を過ぎる電車を眺めた。

鳴り響く警笛と踏切の音、散り残ったわずかな春、過去を綯い交ぜにして灰色になった空から逃げるようにずっと追いかけていたいのに、私の足はいつまでも重い。

視線がぎょろぎょろと宙を泳ぎ、風を喰み、飛び続けるしかない風鳥のように星座になればいいと夢想して、それが誤りだったと気がついても、もう手遅れだった。


君への手紙を綴り、火をつけた。


私が誰かの君であった頃だけが本当の春だった。

空を憎むように睨み、天を仰いであわい雨を舐め、その苦さに顔を顰めた。

嫌んなる、と言葉にしてみた。寒さと暖かさが交互に訪れる、心の震えのような大気のゆらぎが厭わしかった。

夜に張り付くシャツをはがして、脱がして、肌のべたついた感触がなまなましくて、名も忘れた誰かを思い出して萎えてしまった。

なにもせず、白いシーツの上で朝を迎えた。

心の遠い場所に火を。何度も火傷して、また遠い場所に火を灯す。

嫌んなる、とふたたび言葉にしてみた。

やんなる夜に灯された火は、容赦なく影を長く引き伸ばしたまま、朝にあわい白煙を上げる。

私の死は許しか。

春が声高に叫ぶが耳障りだった。ドラッグストアで買った黄色い耳栓は固くて痛かった。

憂く、苛立たしく、生と性の両端の揺れを否応なしに突きつける春を恨んで、羨んだうらで泣いているなんて、誰が知るか。

君は明日死ぬ。その君が私である可能性を、フォンと警笛が鳴らす。電車が過ぎる。


だから私は、手紙を綴り、燃やした。


高くあがる白い煙が言葉を含んでふくらんでいく。高く、たかく、大きく、おおきく。地を離れ、意味が霞んで。

春に浮く濁った空は、水に揺れる花を待ちわびる。

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