退屈
ながい睫毛がぬれてゆれて落ちたしずくが、星屑の光を呼吸したみたいな明滅。夜は不在、欠落した穴。罪悪もなく咀嚼される言葉の断片がいつか涙になることを許される暗闇だった。
朝、目を覚まして、夢で反芻された言葉はぐちゃぐちゃになって意味もなく松の肌に身を寄せるような寂しいだけの静けさで部屋をひたひた満たした。
家を出る。
春を確信した頃に戻る冬のようなつんと冷えた空気が私を嘲笑うのに、喜びに似たひかりのなかで踊る子供を見てしまった。
壁が私を追いやるように湾曲し、真上からふる火だけが綺麗だと思った。街を焼き尽くしてしまったけれど、子供を殺してしまったけれど。
想像の世界だけでは残酷さは許されて、現実だったら耐えられないくらいに苦しかった。
そうして今日も私はカタルシスをもてあそぶだけの、退屈のうみを泳ぐ。
ランニングマシンで永遠を歩くように、詩や小説を貪り食らうだけの餓鬼畜生になりさがった
プロジェクターで映し出された杉の梢より漏れる鳥の声は煩悶している。嘘を鳴いてなにになるのと泣いている。私は素直な心持ちで、色と色とのあいだに境界線を引くかのように、現実と虚構にきちっと線を引いて楽しんでいる。
大きな鏡を重ねた部屋のちいさな片隅に置かれた機械。私と、機械と、どちらが本物なのか、鳥たちはまだ知らない。
黴臭い本のページを指先で捲り、ささくれが引っかかって裂ける肌、血は私の生存を証明できないまま、ただ紙面を汚して、言葉にも意味にもなれなかった後悔だった。
オフィスでパソコンと向かい合って、空腹を満たす春の鳥のように、ぐるぐるぐるぐると同じ場所をめぐりながら同じ作業を繰り返していく。
ぎこちなく宙を舞うほこりを照らす、まどからさす日の光。
愛を信じ、偕老同穴を望む共白髪の幻想。永遠に明けない夜の山に、木々の陰から死の気配がただよう人混みに紛れても、私を轢き殺すための鉄のかたまりは今日もとおく通り過ぎるだけ。
夕暮れを見る暇もなく青空は藍に染まり、闇のなかに静かな光を宿す。
コカブがポラリスとたわむれるように回転している。時間がとっくに過ぎると、私は置き去りにされてポラリスと一緒に北を差し続ける。どうせ歳差でずれると知りながらも、律儀に北を示し続ける。
「地球の歳差周期は25,772年、じりじりずれるだけの私に意味はあるのかな」
ポラリスは歌をうたえど、中心ばかり欲しがっていた日々と、中心になった日々とを比較してみて、同じだと知って、寂しくなった。
雨の匂いと共に歩く浮浪者の骨、軋む音、星空の下に埋れた鉛の船のように重く、土の中へ深く曳航する。
自由を奪う。夜は不在、欠落した穴。消えてしまいそうな私と、私の退屈。
肩まで川の水を吸って苦悩を託した手紙を誰かに読んでもらいたくて橋の欄干にくくりつけて逃げた。
永遠という言葉のおもちゃのような印象が、流れ星のように夜に果てる、しなやかな嘘とともに、再び朝を迎える、循環、そして退屈。
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