散文詩、これは詩ですか(仮)

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蠢動

眠っていたい。眠りは夜の子とか死の兄弟だとか、妄想とともに水底みたいな冷たさに沈み水面で揺れる泡と光をいつまでも見上げていたい。

眠るみたいに死ぬみたいに、静かなしずかな水底にぴたっと背中をつけて、青と藍のほのかなあわいで輝く星に満たされているゆたかな水面を、いつまでも見上げていたい。


時を眺め、嘘をもてあそんで、いつからか永遠を瞬間に閉じ込める魔法を忘れてしまった私の罪。


「純粋は若さの証明だ」と、言い訳してみた。汚れているのは、年齢のせいなんかではないのに。


誰も聞いてない、誰も責めていない、でも、誰も許してもくれない。

私が二度と得ることのできないほど冬の透明さを憎んでいるから、夜の青さも憎んでいるから、そのすべて血で汚したい、土に埋めてしまいたい、私は願い、私は欲し、だから春は黄色く濁るのだ。



閉じ込められた夢から色彩を落としていくと、白と黒だけでできた曼荼羅ができあがった。

死んだり、生きたり、忙しいいそがしいと、くだらない歌をうたいながら人は生まれてくるから、休憩も必要かもね。なんて笑えない。止まったら死んじゃう鮫みたいに生きて。


縦横無尽で乱雑な線の交わり、それを誰かが言葉と呼んだ。


義務や責任という字を自由という字で上書きして、取り返そうとした夏がえぐりとった箱の過去には、触れらなかった。

「それ、プロキシマ・ケンタウリとどっちが近い?」

まあ、いずれにしても燃えてしまうだろうけれど。


絡まった欲と望みの地平線には日はのぼらないから、謝らないでもよかったのに。ごめんねという声だけがずっとずっと耳の奥で、笑う、泣く、じゅわじゅわ湧いてる。

虫なんて無視して、なんて駄洒落で箸が転げて溢れてぐじゅぐじゅ膿んでる傷跡から染み出してくる後悔みたいに黒い夜の海を、私は今日も探しているのかな。


青空にピンと小指を伸ばした。何もなかった。

偶然を運命と名づける器用さはとうに失い、継起に意味を見出せない私はいつしか、物語から追放された。


だから虫が湧いたのか、なのに虫が湧いたのか。


ありがとう、なんて単純な言葉だけがいえない私はまだ可愛かったのに、ありがとうをもう道具として使ってしまう私は愚かでずるい。


まあ、青春なんてどうせ幻想ですから。



あの日の黒く塗るための言葉を飲み込み、とげとげした骨みたいななにかが咽喉にひっかかる。

虫の足だと誰かがいった。咽喉を通るのは命なのだと誰かがいった。


「あなた、虫を食べたでしょう」

陰気臭い声が聞こえた。どぶのなかから、ちりのなかから、はいのなかから、私の声が聞こえた。そうして私は『よだかの星』を思い出していた。


水和反応の始まる前のセメントに埋もれて、私の心の瑞々しさはすべて奪われたんだ。

動かなくなった時間のなかで、ひっそり生きるつもりだったのに。固定された時間のなかで、ゆっくり死ぬつもりだったのに。

私は虫に捕まった。虫を捕まえた。

命の循環と無意味な円環構造にとらえられた、独りよがりな言葉たちは虫の餌食になるのだ、どうせいつかは。

あるいは、言葉たちは無視される。永遠に。どうせ言葉はいつかは蒸発してしまうのだから。


葉は軽く、やわらかい色でまだ丸まっていて、虫にはちょうど美味しい季節が訪れる。


海の街の遠い灯台を目当てにして歩いていたはずの私が少し眠るあいだにいつわりの光が増え、私が行くべきだった場所がもう見つからない。


私が生まれた場所はどこだったか、私が進む場所はどこだったか。


光に集まる蛾の羽が、ばちんばちんと死に急ぐような愚かな音を鳴らしている、命だけが印象だった、印象だけが命だった? そのすべてが偽りの光だった。



私はただ、飴細工みたいにつややかな春を拾いたかった。



樹の上で私を見下していた鮮やかな梅の花の紅は、落ちた瞬間あっさり土で汚れた。香りは遠く、思い出せない。


毎年見て鼻で追いかけているのに、思い出せない。


春の虫が蝕む。私の記憶も私の言葉も、私が生きてきた証のすべてを虫が蝕む、馬鹿みたいに、はなからなにもなかったかのように、すべてに終わりが来ることを悟す。言われなくても、わかっているのに。



ひたすら求めた愛という名前のなにかは、確かにここにあったはずのなにかかもしれないし、まだ一度だってここにあったことなどないのかもしれない。


私の持ち物を一つひとつ名付けてみても、空の色には敵わないし、愛にもならない。もし綺麗であることがそれだけで愛ならば、ランダムに選別されただけのただの数字だって私と同じくらいかあるいは遥かに尊いから、私はいつか単なる数字になることに憧れるのだ。たとえば死者数。たとえば行方不明者数。たとえば失踪者数。数は数人の関係の中で必ず意味があるのだから、私は美しくなれるはずだから。



蜜の匂い。蜂がお尻を振っていた。



私が春を脱ぎ捨てたら、ギンヨウアカシアの黄色い花の散ったのも忘れて、隣のミツマタが咲いていたことすらも忘れて、私が春を脱ぎ捨てたなら、私が春を脱ぎ捨てたなら、きっと夏はもう戻らない。


「なんて、あなたはいつも嘘ばっかり並べて」


 私は海に沈んで永遠の海月になりたい。もう許されたい。


プラヌラ、ポリプ、ストリビラ、エフィラ、メデューサ。

海の底に張り付いている時にだけ私はきっと許されている、自由という監獄から解放される、私は私をいくつもいくつも複製して、浮遊させて、言葉にして海を流して、本体の私だけは眠っていたい。


さあ、お仕事よろしく浮遊物さん。



踏切の前に立って空を眺めた。黄色かった。私の肌に似ていた。蜜柑を食べたあとの手に似ていた。

甲高い音。春はなんだか人身事故が多い気がする。なんて誘惑の季節。

春が電車よりもはやく来て、電車よりもはやく過ぎていく。風みたいに乱暴になにもかもを連れ去ってしまう。

急くことなどなにもないのに、どうして奪うのだ。春は、どうして私から多くのものを奪うのだ。誰かの、まだ会ったことのない誰かの命だって、それは本当は私のものになるはずだったのに。私は悔しい。


夜が待ち遠しい。

春の眠りは深く長いらしいから、でも、それなのに、なんでだろうか、夜のあいだに雨が花をかどわかす。春が花をかどわかす。

かどわかされたそれらは消えてしまう。永遠に。来年また訪れる花は、今年の花とは違う花だから。一度きりの花をうつくしいといいたかったのに、それを愛だと錯誤したかったのに、そんなことすらかなわない。


遠ざかる声、楽しかったよ、嬉しかったよ。春に見た夢のなかで動いている虫は、いつまでも私を笑っていた。

春の残酷さが空を縦横に飛び回った軌跡がきっと黄色い濁りになるとか。

噂を言葉にしてみると軽く、それも浮いてしまうだろうとか。

私はどこまでも夢を継ぐ、糸を紡ぐように夢をつなげる、いつまでも終わらないことを願って、どうせ終わることを知りながら、意味などないと知りながら。


ひび割れた私から、壊れた私の皮膚から、漏れ出すあざやかな体液。

私の穴から、欠けてしまった穴から、失われた穴から。

どぼどぼと音を立てて漏れ出す体液のにおいがこの世界に充満していく。もっと吐き出せ、もっと吐き出せ。

汁を啜る蛆のうねうね動く様のその肉感が、生命の蠱惑的な蠢きの、春の証ならば、私は生きたのだっただろうね。


私は生きたのだっただろうね。


私は証が欲しくて虫を飼う、心に言葉をたくさん詰め込み、私の肉と、私の存在の意味とをたっぷり与えて虫を飼うのだ。

蝕まれていく失われる私からあたらしく生まれてくる命が、いつか蝶のような美しいものになりますようにと、手をあわせて祈る、綴る、言葉はかるくて蒸発して春の空を濁らせるだけの、黄色い花の思い出。



手をあわせて、もういちど。私は祈る。

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