余韻

夢でだけ会う人がいる。記憶が夢を作るならば、現実の蓄積こそがその人を作るのだと思いながらも、欄干に寄りかかりつつ覗きみる川の水を泳ぐ魚の色がはっきりせず、太陽の光を弾き返した一瞬だけが本物だと錯覚してしまうみたいに、私は夢を本物だと信じたかった。

ぬらぬらとぬくい赤い液が吹き出し体を濡らした。考える隙もないまま血だと知って、ヒョッと自分の口から変な声が出る。怖かったのか、驚いたのか、痛かったのか。飛び跳ねた頭部が自分のものではなく隣の誰かだったと知って安心している自分の薄情に、案外悪くもないと納得して、うん、と頷いた。まだ生きている。

切り口がぴたりと地面に張り付き、視線が舐めるように私の表面を這ってくずぐったくて笑いそうだ。

そんな馬鹿な。その人が死んだというのに、やはり夢なのだと憂鬱に滅入る私は常に揺れて、誰かの血で汚れている。

罪の温度は体温とちょうど同じくらいだ。夏の空気より少し冷たく、冬の空気よりかはかなり温かい。胸の奥に救うその子を飼い慣らして、不意にこぼして、誰かが拾って感染していく悪の巣窟と化す夢の中の私。

残虐の限りを尽くした過去はもはや物語でしかないはずなのに、にひそむ現実はさほど変わらず、罪の温度で視界を赤く染める。

情報の波に飲まれないようにとうまく乗ってみると途端に流されて居場所がわからなくなる、迷子の私がたどり着くのは、きっと浜辺ではなかった。


夢でだけ会う人がいる。流れ星を見たような気がしたけど、あまりに一瞬のことで、それが目をつむった刹那の夢だったのか、確かに見た現実なのか、わからないまま眠くなる。

夜はやさし。静かに眠る時間だけが私を悩ますことはないのに、静かに眠る時間にだけ私はどこにもいなかった。やさしさは私を覆って隠してしまうから、だとしたら、私がそこにいる意味などなかったはずなのに。あったと、いいはるだけの気力もないのに。

背を追いかけているのは、空虚を埋めるだけの重みがないから、空白を埋めるだけの大きさがないから、余白を埋める言葉を見つけられないから、だから憧れだけをもってあるく。

どうせ死ぬんだよって、神様なんていないんだよって、安心して死を迎えられる、罪を受け入れられるような夢がどこまでも白いままでつながっている。


目が開き、カーテンの外の空が白んでいるのを見て、夢の余韻だけが、あらかじめ明日を始めようと赤を差し出していた。

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