神様

手を合わせ、やおら目をつむると、梢から少し葉のにおいのする風がふった。触れた頬は赤みをおびて、淡い血が命の証明なのだと、ひそひそと脈を打っている。朝のこもれびはまるくやさしく、ほんの束の間、夏が近づくのを忘れさせたはずだったのに、もう昨日よりもずっと高く太陽がのぼっていた。

しんと静まった境内に、空から鳥の声が聞こえた。四十雀は単語をつないで文をつむぐというからには、声に物語を読むのは大袈裟ではないはずだ。ピーツピ、ピッピピッピ、ツーピッピ。物語を読む。つんと澄んだ高い音が心を鋭く刺すように。痛みのなかに、生まれてから死ぬまでの物語を聞く。


砂利を踏んだ靴底に、ときどき深く埋まるような重みを感じて歩みを止めた。小さな石はどこから来たのか。石ひとつに神様が隠れているなら、それを足蹴にしている自分はよっぽど偉い。由来や所以に揺られ、意志のあるところを求めて歩いていたはずの足は、石に阻まれ、意味のない陥穽に嵌まるだけの運命を、もう甘受するしかなかったのだ。

井戸のように深い穴の底から空を見上げた。湿った空気が肌にまとわりついて、闇と同じ温度になった。落ちたしずくの音が反響して震え、唸り、お腹がくすぐったくなる。くすくすっと笑った。これは罰だった。石の神様の罰だった。閉じられて、高い空以外になにも見えない暗い底で一生を生きろという罰だったのだ。鳥の声も届かない、光もないこの場所で、自分の声の反響だけを聞いて、自分のためだけに物語をつづって、読んで、耳を澄ませて。

ならば、お望み通り。神様、神様、罰に意味を見出し、罰を褒美に変えて、叛逆の物語の中で死んでいく様を高らかに笑うがいいさ。

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