熱い思い出抱きしめて 5

「長き戦いも大詰め。いよいよ決勝戦です!」


 熱気が渦になって、その中心にいるわたし達に向かってくる。

 数え切れない皆の視線と意識が、勝ち進んだわたし達に期待している。

 遠くからの声が全部重なって、ビリビリ肌を震わせる。

 緊張して、心臓がバクバクしてきた。息を長く吸って、ゆっくりと吐く。汗がにじむ手をギュッと握った。


「妖精と獣人の子。“精霊の足跡スピリステット”の騎士、カモミール!」


 わたしは緊張しながら騎士の礼。


「宙駆ける武人。“滝壺の地バクハウンテ”の騎士、ボクトー!」


 ボクトーさんはキビキビと堅い礼。


「よろしくお願いします!」

「……こちらこそ、よろしくお願いする」


 静かで丁寧な挨拶、そして戦いが始まる。




 ペルクスは言っていた。

 ボクトーさんに勝つには相手の流儀に乗らない方がいい。砂柱を崩すか作らせないようにするのがいい。もしくは砂柱が届かないくらいの高さまで飛ぶのもいいって。

 でも、楽しむのなら、知りたいのなら、積極的にぶつかる方がいい。とも。


 だから、まずは笑って空へ向かう。


「精霊さん。一緒に飛ぼう!」


 皆で。と、心で付け加えて。


 魔法は絶好調。柔らかい風に包まれて羽を広げる。とりあえず観客席の壁の高さまでフワッと飛んだ。


「ねえ、ここまで来てよ!」


 遊びに誘うみたいな声かけ。ある意味でその通りかもしれない。

 尻尾が自然に動いて、地面に落ちるその影も揺れている。


「……かたどる砂像。樹木の営み、獣の道」


 ボクトーさんは淡々と応じた。

 風を突き抜けて砂の柱が二本伸びる。その間を交互に蹴って登ってきた。

 地上を走るのと変わらない速度。縦横無尽。すぐにわたしと同じ高さまで届く。

 上空で、ほぼ真横からの突進が向かってきた。


「……シッ!」


 カァン、と木剣同士が正面衝突。まずは互角。

 わたしは後ろに押されながらもヒラリと横に体をずらす。力を流して、位置が入れ替わる。

 そこで真っ直ぐ木剣を突き出す。

 だけどすぐ姿が消えた。

 ボクトーさんは下から伸びてきた砂の枝をトンと蹴って宙返り。わたしの突きを逆さまに避けながら、カウンターの切り上げ。

 体を反らして避ける。髪に当たるギリギリの間合い。

 反撃の前にボクトーさんは上昇していった。階段を上るみたいなステップ。わたしも追いかけていく。

 そうしたら振り抜きながら力強い一撃。

 受けずに体をひねって逃げるわたしへ、更に闘志が迫る。空中なのをものともせずに攻撃を繋げてくる。


「遡る滝。岩場の山羊。霧は現に」


 足場作りだけじゃなくて、身軽にするのも魔法。魔力自体は少ないけど扱い方がとても上手い。

 そして体術。剣と体で空気を裂く音が鋭い。

 砂の枝を使って、ジグザグに空を駆ける。方向転換の動きはわたしより速い。

 集中しないとすぐ見失いそうになる。


「やっぱりすごいね!」


 飛んではいない。地面でもなく、山や岩場を飛び跳ねているみたいな動き。

 それが、全然おかしくない。自然な景色みたいに滑らか。綺麗だった。


 わたしは深い森を飛ぶみたい。

 砂の間を縫って、たまにはわたしも蹴って飛ぶ力に変えて。

 苦手じゃなくて、むしろ楽しい。ドキドキしてくる。


「精霊さん!」


 衝撃。快音。お互い速度を乗せてのぶつかり合い。

 先にボクトーさんが後ろに下がる。いや、力を抜いて、枝に引っかけた足を軸にくるんと回る。

 わたしは勢い余って通り過ぎて、すぐに振り返る。

 でも、遅かった。ボクトーさんは手を伸ばしていた。わたしの足が掴まれて、勢いと回転を活かして投げられる。

 流れに逆らえない。

 なんとか勢いを制御したところに、足音と影。

 

 全速力の木剣が叩きつけられた。

 強烈に痺れる。防御をしても重い。またもグルグルと吹き飛んでしまう。


 強い。

 それから、上手い。

 こんな人がいるなら、確かに安心だ。


 熱い気持ちのまま、一度上空で態勢を立て直す。


「精霊さん、もっと全力を出そう」


 気分が乗ってくる。

 だから、距離をとった。ただ逃げるんじゃなくて、もっと自分の力を出せる場所へ。

 危ないかもしれないけど、ワガママかもしれないけど。


 それでもわたしは迷わず羽と両手を広げた。

 観客席の、たくさんの人の真上で。


「ねえ、ボクトーさん。皆にももっと近くで見てもらおうよ!」


 遊びに誘うみたいに、手を振って招く。

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