異端の聖女と流刑地ライフ 〜番外編〜

右中桂示

愛の聖人の日

 愛の聖人の日。

 かつて周囲に結婚を反対されたり、望まぬ相手との結婚を強要されたりした恋人達を匿い、祝福を授けた聖人に由来する祝祭。恋人や夫婦が互いに贈り物をし合う日だ。

 サルビアもまた、歌姫ではなく一人の乙女としてこの日を迎えていた。




 町中を探し回り、ようやく劇場で彼の背中を見つけた。

 そして歌劇ゴーレムが数体並んでいるのも。

 その美しい姿に、思わずムッとしてしまう。

 誰の為に、何をしようとしているのか、丸わかりだというのに。

 少しの嫉妬と自己嫌悪、用があって来たのにじっと黙ってしまう。


 そのうちに当の彼──シャロが振り返った。


「うお、サルビア! ちょうど呼ぼうと思ってたら! これもう運命だね!」


 サルビアの気も知らず、騒がしく駆け寄ってくる。


「えー、なになになになに〜? もしかして〜もしかすると〜?」


 言動の全てが期待に満ちていた。無邪気な子供のようで、悪戯を面白がっているようでもある。


 なんだかイライラする。こういうところは直して欲しいのに。

 でもそれは一旦呑み込んで、サルビアは応える。


「そうよ。祝祭のプレゼント」


 頬が赤らむのを自覚しつつ、そっけなく包みを渡す。


「お菓子。欲しいんでしょ」

「お、おお……おおお………食べていい?」


 こくんと頷けば、早速中身を取り出した。

 ジャムを乗せたクッキー。少々不格好な手作りの品。

 シャロはしげしげと眺めて、口に入れようとして、直前で止める。


「いややっぱ勿体ないなー。先生に頼んで永久保存してもらおうかなー」

「さっさと食べる!」

「もが!」


 変な事を言い出したので、無理矢理口に突っ込んだ。

 モグモグと幸せそうに噛み締め、飲み込んで目を細める。その様はやはり子供のようだ。


「うん。チョコじゃなくてもサルビアからもらえたら最高だよね!」


 チョコ。

 ここしばらくはその話題でずっと騒いでいた。いつも言動はおかしいが、それに輪をかけておかしかった。

 なんでも故郷での定番らしいが、結局はよく分からないままだ。


「結局見つからなかったのよね、それ」

「いやー。それっぽいのはあったんだけどさ、作り方とか全然知らない事に気付いて。色々試したけど美味しくならなくてさー。現代知識でチートしたくてもそんな知識なかったんだよね!」

「はいはい」


 謎の発言は適当に流す。それがシャロと話す時のコツだ。本人もそれで気分を害してはいない。


 と、そんな彼が、唐突に空気をガラッと変えるような声を張り上げた。


「さて! それじゃ今度はオレの番! ヘェイ、ミュージックカモン!」


 意気揚々と舞台へ上る。

 歌劇ゴーレムがそれぞれに楽器を持ち上げ、シャロ自身も楽器を構えた。


 演奏が始まる。

 劇場を華麗に震わせる多重奏。

 しっとりと心に沁みる、情感に満ちた曲調。

 豊かな音の重なりが常に新鮮な味わいを生んでいる。

 今までに聞いた事のない新曲を、今日の為に作ったのだ。


 ただし。


 ──サルビアサルビア綺麗で可愛いサルビアサルビア世界一の歌姫!


 歌は残念だった。

 ひねりのない褒め言葉の羅列。曲調にも合っていない。幼稚で陳腐ですらある。


 とにかく気恥ずかしい。

 ムズムズとくすぐったい。

 顔が熱くなる。耳を塞ぎたくなるような感覚。

 なのに曲は素晴らしく、演奏は上質で、だからついつい聞いてしまう。聞き惚れてしまう。

 自分を褒め倒す歌であっても、聞き入らせる力がある。

 やっぱり、音楽に関しては最高の腕を持っている。


 ──愛してるぅ〜サルビア〜!


 最後に舞台から降りてサルビアの前へ。

 歌の途中で取り出していた花束を、格好付けて差し出す。

 劇のワンシーンのような振る舞いに、心が震える。

 

 だが、サルビアは不機嫌そうに半眼で睨んだ。


「……なによこの歌詞」

「いやー、作曲に時間かけ過ぎちゃって。即興即興。パッション重視で歌ってみた!」


 ヘラヘラした答えも熱を冷ましてくれない。

 受け取った花束を抱き締め、顔半分を隠す。


 歌詞は全て本音。それは分かっている。

 真っ直ぐ過ぎる好意を、素直に受け取れないだけだ。


「……シャロって歌の方は上手くないのよね」

「えー、厳しくない?」

「……ゴーレム、演奏して」


 再び演奏が響き、シャロが待ってましたと拍手した。


 気持ち良く歌える伴奏が心地良い。喉を慣らすように、まずはラララと歌い出す。

 馬鹿みたいなゴーレムへの嫉妬も、従えれば優越感に変わった。それは自分で嫌になる。照れ隠しで逃げる為に歌おうとしているのも、好意に否定を返してしまうのも、恥ずかし過ぎて歌詞そのままでは歌えないのも。


 だから、せめて一節だけは。そこに思いを込める。


 ──愛してるわ〜


 培った技術をもって全力で声を響かせる。

 シャロが身じろぎ一つせず鑑賞に集中していた。

 もし他にも観客がいたらどうなっていたか。

 美しさと力強さが両立する神秘的な音色。

 心地良い余韻さえ劇場を支配した。

 たった一人の拍手が万雷となって歌姫を包む。


 が、その後にシャロは爆発した。


「いや待ってえぇ! そこはシャロに変えてくれるんじゃないのぉ!?」

「……それは、何か嫌」


 ふいっ、と顔を背ける。


「全く素直じゃないんだからー。まーそれも可愛いんだけどー。全部照れ隠しだもんねー?」

「調子に乗らないの」


 やはり煽るような仕草と口調はイライラした。

 片手を花束から離して、頬を摘んで引っ張る。

 痛い痛いと言いながらもにやにやと締まりのない笑顔で、ついつい反発したくなる。

 思いまでふざけていないのは分かり切っているのに。


 恩も愛情も山程、返しても返しても、それ以上にシャロは与えてくれる。

 少し、怖い。溺れそうな感覚。


 でも、言い訳だ。

 いつまでも甘えていては、堂々と隣に並べない。

 たまには、この日くらいは、こちらから与えないと。


 意を決して、真剣に見つめる。


「ん? なになに?」


 引っ張っていた頬を戻し、そのまま優しく包むように添える。

 しばらく見つめ合った。

 流石のシャロも察したのか真剣味を帯びる。

 空気が熱っぽい。

 目を閉じる。

 徐々に徐々に二人は顔を近付けて──


 そっと唇は重なった。

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