奇跡に至る愛の種 1

 主に獣人が国民の大半を占めるセウレン王国、その食を支える穀倉地帯の農村。

 土地は豊か。長年戦争とは無縁。疫病や飢饉もなく、人々は平和に日々を過ごしていた。

 春風吹く空の下に、まだ青い麦畑が広がる景色が広がる。

 人々は今年もまた平凡な幸せが続く事を疑っていなかった。



 だがしかし。

 その年、大きな嵐が村を襲った。

 尋常でない規模のそれは何もかもを吹き飛ばす。

 川が氾濫し、建物も畑も人も押し流してゆく。


 天災を前にしては、大人達にも何も出来ない。

 十才になったばかりの少年には尚更。

 全てが絶望に塗り潰された。

 壊れた家。はぐれた家族。自らも激しい流れの内。

 浮かぶ板に辛うじてしがみつき、ただ諦めて周りを眺めるばかり。

 折れた心は、間もなく終わりが来る事をを悟っていた。




「キャハハハハハハッッ!!!」


 が、深い絶望は、唐突に響いた笑い声によって霧散させられた。

 嵐に似て荒々しく、かつ熱い。不思議と頼りたくなる声。縋りつきたくなる存在感だった。


 そして。


「うわあっ!!」


 嵐とは異なる衝撃が弾けた。

 飛ばされそうな程の衝撃、いや事実体が浮いて宙を舞って、しかし不安も恐怖もない。柔らかな安心感に包まれていた。


 戸惑いながら視線を動かせば他にも空に浮いている人々がいて、ふと見上げれば、更なる驚きに目を見張る。


「え……」


 空が、晴れていた。


 黒い雲が吹き散らされ、爽やかな青が覗く。

 雨も風も消え、水の流れは穏やかになった。

 遥か遠くにはまだ黒雲が見えるが、周囲はもう平穏の静けさが広がっている。

 不可思議な光景は、災害を超えた神秘。ただただ呆気にとられるばかり。


 そんな少年の前に、小さな影が、空から舞い降りる。


「よう。もう大丈夫だぜ、少年」


 まるで天使のように現れ、しかし笑みは荒々しい戦士らしさを伴う。

 小さく可憐な妖精。

 そうでありながら天災を退けた、規格外に強き存在。


 獣人の少年──グタンは、ただただ呆然と見惚れていた。




 農村を襲った嵐は、国全体に壊滅的な被害を与えていた。

 復興には多大な時間と労力が必要だった。

 グタン達は当分の間、無事だった家族と共に避難生活。

 国が支援をしてくれており、そして、その事業でも活躍しているのが嵐を退けた妖精、“破城アンチフォートレス”の称号を持つ英雄、ライフィローナだ。


 元は傭兵だったが、内戦での多大なる武功により客将として招かれた。

 その強さから、特別な権限を与えられている。

 ライフィローナ特選隊──通称妖精隊。

 正規軍とは異なる指揮系統で動く特殊部隊隊ではあるが、実質は専属の傭兵のような扱いの集団。政治的な駆け引きの結果作られたそれの長が彼女の役割。

 地位ある者からは荒くれ者の集団と蔑まれる場合もあるが、国民からは力強い味方だと慕われている。




「オマエら、気張れよ!」

「おう!」


 ライフィローナは指示を出しつつ、自らも見事な魔法を用いて仕事に励む。

 瓦礫を撤去し、畑を整え、新たに家を建設。更に炊き出しまで。

 嵐を止める程の魔法は、大規模な人数を救う為にも大いに役立つ。一人で千人の働きにも優るようだ。


 それらを被害のあった国中で行っているのだという。文字通りに飛び回り、全ての地域を巡っているのだと。


 そのような話を聞く度に、グタンはどんどん憧れを募らせていった。




「あのっ、妖精さん!」


 復興作業の中、余裕がありそうな時を見計らい、グタンは良い匂いのする白い花をライフィローナへと差し出す。可愛く香りも良く薬草にもなるそれは、母や妹達も好きな花だ。


「おう、少年。ありがとな」

「あ、あの、それで……」


 自分の身長にも迫る花を笑って受け取ってくれたその様子は、部下へと態度とはまるで違う可憐な姿。

 喜んでくれたと嬉しくなるグタン。


 だが、それだけで終わりではなかった。

 言いたい事があるのだ。なのに勇気が出ず、もじもじしながら、立ち尽くしている。

 妖精は静かに待ってくれている。

 やがて時間をかけて決意すると、勢いよく口にする。


「ぼくもっ、妖精さんの力になりたいです! 大人になったら一緒に働きたいです!」

「おう、ならもっとデッカくならなきゃな。そん時ゃ歓迎するぜ」

「はい!」


 大きく、ハッキリと返事をする。見守る優しい視線からは更に力をもらえた。



 憧れは夢へ、確かな目標へ。

 グタンは強く決意し、早速その日から体を鍛え始めたのだった。

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