奇跡に至る愛の種 2
グタンは十五歳、少年と青年の間の精悍な姿となっていた。
妖精隊、あのライフィローナの部下になって共に戦うという夢を叶えるべく努力してきた結果だ。
両親からも応援され、故郷を出て王国の都へ。
獣人だけでなく故郷では珍しかった人間を含む、故郷では見たこともない数の人波。高くそびえる立派な建造物。市場に並ぶ鮮やかな品々。
目を見張るはずの新たな体験にも、心はあまり動かない。
子供の頃に焼き付いた憧れ、苛烈な美しさを持つ妖精に近付く為にずっと歩いてきた。
だからそれ以外は、目に入っても興味の外だったのだ。
「今日からオマエらもアタシらの一員だ。胸に刻んで励め!」
ライフィローナが前方上空から声を響かせる。妖精らしさから外れた勇ましい号令だ。
ライフィローナ特選隊としての初日。
基本的に志願すれば誰でも入隊が可能。他の条件としては、彼女が気に入るかどうかぐらいだ。
元々勇名を馳せていた為に人気はあり、特にあの嵐以降は増えていた。
今もグタンが埋もれる程の数が隊長を見上げている。
ただ、脱退する者も多く、隊の人数が増え続ける事はないとのだった。
その理由が、隊長自ら指揮する訓練。
噂通りに初日から厳しかった。
「オラァ! アタシについてこれなきゃ名乗らせねえぞ!」
肉体鍛錬は基本。
前を飛ぶライフィローナを追いかけ必死に走り、隊員同士で模擬戦を繰り返す。怪我も多い激しいものだった。
「妖精直々の魔法講座だ! 有り難く真似しろ!」
魔法の修練もまた怠らない。
理論より実践、とひたすらに試していく。妖精から学べる貴重な機会ではあるが、無茶なペースは消耗が大きかった。
「どうした新人、もうへばったか!? そんなんじゃアタシの下にゃいられねえぞ!」
傍若無人。強者の理屈。圧倒する力。
部下が必死に食らいつくのは、その苛烈さにこそ魅力があるからか。
さながら彼女自身が嵐のようだった。
そうして日も暮れる終わり際。
「よう」
疲労困憊のグタンに、先輩のガルトンが話しかけてきた。三十才の獣人で厳つい体格の割に表情が人懐っこい。
面倒見の良い兄貴分といった感じの彼は、肩に優しく手を置いた。
「新人は無理すんな。隊長はああ言うが休んでていいからよ」
彼の言う通り、同期の者達は座り込んだり倒れ込んだりしている。呻き声や泣き言すらも聞こえてくる。
それだけ厳しい訓練だった。ガルトンら古株にも疲れが見え、元気なのはライフィローナ一人だけだ。
それでもグタンは気合いで立つ。
憧れの人物に格好悪いところは見せられないから。
「いえ大丈夫です!」
新人の中で唯一最後までついていったグタン。
おかけで初日から有望な新人だと一目置かれた事を、彼自身は知らない。
訓練終了後、その日の夜は隊の全員で酒場に集まった。
「全部アタシのおごりだ! 好き放題に飲んで食え!」
景気の良い掛け声で、男達は大いに盛り上がる。疲れも見えないはしゃぎ様は軍属よりも荒くれ者に近い。
ぐったりする新人もポーズだけは真似る。あるいは無理してでも酒杯をとる。休むより同席したいと希望しており、介抱する者もいるが苦労していた。
小さな体に見合わぬ豪快な気質で人柄。荒くれ者に慕われ、隊全体がそういった雰囲気になるのも頷けた。
酒と肉を呑み食らい、豪快に騒ぐ。勢いについていけない新人も、体が美味を欲しており、疲れた体に滋養が染みる。
グタンも勿論空腹だ。だが緊張であまり食欲が湧かなかった。
席上を陽気に飛び回るライフィローナへ改めて挨拶をする。
「あ、あの……自分は子供の頃、嵐から助けられた者です。その節はありがとうございました」
「あー? 悪いな。そんな奴、山程いるからいちいち覚えてねえや」
残念な言葉にがくりと落胆しつつ、表には出さない。憧れは変わらないと笑う。
しかし彼女はふと、んん、と鼻を動かして顔をしかめた。
「この匂い……酒じゃねえな?」
「はい……まだ慣れなくて」
グタンが飲んでいたのはお茶だった。
故郷でも気に入っていた花の薬草茶。
酔っ払いが絡む気配に警戒するも、ライフィローナは首を傾げる。
「なーんか、この匂い引っかかるような……」
「あ! はい! 子供の頃もこの花を……!」
「そうか。そういや、そんなガキがいた気もするな」
優しく微笑むライフィローナ。
嬉しさのあまり、グタンは固まる。
途端に気分は急上昇。子供の頃に戻ったような純粋な心持ちで満面の笑みを浮かべた。
「ま。歓迎するぜ、少年」
「はい!」
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