奇跡に至る愛の種 3

 グタンが入隊してから二年が経っていた。

 訓練の日々で体格が随分とたくましくなった。筋肉は分厚く、魔法の腕前も上達。立派な青年へと成長し、戦士の風格も漂う。

 厳しい訓練と、野盗や危険な獣の討伐等の仕事。ライフィローナの下につくという夢は日常的な生業となり、喜びを実感しつつも彼女に並ぼうと更なる成長を求めて励んでいる。


 そんな日々の中で、大仕事があった。

 街道で商人や旅人を襲う大規模な賊の討伐。

 国をまたがった深刻な被害が出ていたので、彼らを一網打尽にする活躍もまた大いに広まった。報奨も比例して大きく隊員は歓喜に湧いた。


 その日の夜は大宴会だ。

 酒場を貸し切り、荒くれ者の馬鹿騒ぎが遠慮なく繰り広げられる。


「勝利を祝してェ、乾杯!」

「乾杯!」

「いや何回目なんすか!?」


 荒っぽい振る舞いが多い部隊の中でも、ライフィローナは特に激しい。

 最初は専用の盃でちびちび飲んでいたが、次第に酔いが進めば、節操は消えた。

 魔法で酒を浮かせて浴び、遂には盃に飛び込んで浸かる。やりたい放題な所業が場を更に盛り上げていた。

 甲高い笑い声が他の音を圧して轟く。


「キャハハハハッ! もっと呑め呑めぇ!」

「流石隊長!」

「もうムリっす……」


 誰も止めない。止められない。

 むしろ粗野な笑い声は勢いを増していくばかり。

 屈強な部下を纏める力強さは、そのまま制御不可能な力にも繋がるのだ。

 当然部下も大人しくしない。飲み食いに夢中だったり、勝手気ままに歌い踊ったり。寝た者の豪快ないびきも混ざる。


 それでもグタンは己を律し、ほろ酔いに留めていた。

 だからただ一人、他人の世話を焼く。水を飲ませ、物を壊しそうな場面を防ぎ、喧嘩になりそうなところを宥める。


 それからライフィローナにも。


「あの、服はすぐ着替えた方が良いですよ」

「んお? 面倒臭えなあ。そもそもこんなサイズなんだ。数がねえ」

「ならせめて魔法で乾かすとか……。あと服が少ないなら自分が作りますよ」

「んん〜? んな太い指でこんな小せえのを縫うつもりか?」

「子供の頃はなんでもやらないといけませんでしたから。縫い物は得意です。小物も作りますよ」

「んなら、やってもらうか」

「はい!」

「よし、見本やるよ」


 返事するやいなや、ライフィローナは服に手をかけ、脱ごうとした。

 瞬間、グタンが両手で覆うように彼女を隠す。


「うわっ!! ちょっと! 何をしているんですか!」


 目を剥き慌て、顔を逸らし、そして周りを警戒。パニックになりながら彼女を守ろうとする。

 だが当のライフィローナは動じていない。どころか服を戻してグタンの顔近くへ飛び、ニヤニヤとからかう。


「キャハハッ! 初心な反応だな」

「常識を考えてくださいよ!」

「こんなチンチクリンにゃ誰も興味ねえよ。小さ過ぎてろくに見えねえし。女扱いなんざ要らねえって」

「だってそんな、お綺麗なのに……」


 グタンは目を逸らしてボソリと呟く。

 ふぅん、と更にニヤニヤが深められた。


「まあでも? アタシの美しさに気付くたあ、見る目があんじゃねえか?」

「……え? あれ?」


 周りを見渡せば、皆ライフィローナよりもグタンにばかり注目していた。その視線は心なしか生暖かい。

 硬直。遅れて自分が何を言ったのかを理解したらしく、徐々に狼狽えていく。


「う、うわああっ!」


 そして遂には酒場から飛び出していってしまった。


「……なんだアイツ?」






「自分は最低です……っ! 隊長を邪な目で見ていたなんて……っ!」


 翌日、身が入らなかった訓練後の夜、グタンは別の酒場で嘆いていた。

 先輩のガルトンをはじめ、同僚や後輩を含めた仲の良い五人が付き合っている。気遣い慰める為の酒の席だ。


「いや。気にし過ぎだろ」

「そうそう。そんなの普通だって」

「邪ってなぁ。別にいいだろ。オレの趣味じゃねえが」

「まあそういや、確かにお前に浮いた話なかったな」


 ガルトンが少し考え、そして給仕の女性を指し示す。


「あの子なんかどう思う?」

「可愛らしいと思いますが」

「それだけか? じゃあ隊長とどっちが良い?」

「比べるのは失礼でしょう」


 あくまで真面目な返事。というよりこの素直な言葉が本音か。

 雰囲気からガルトンの期待に反する答えだったとグタンは理解するも、それ以上の言葉はない。あまり魅力を感じていないのは確かだった。


 ならばと同僚達が手本を見せるように口々に言い出す。


「おいおい、よく見ろよ! あんなに可愛い子滅多にいねえぞ」

「オレはあの子より赤の羊飼い亭の看板娘だな」

「いーや。断然爪弾き蛙亭のユトリーちゃんだね」


 普段あまり意識していなかったので話題についていけないグタン。

 ポカンとする彼に合わせようとすれば、自然と男達の声は落ち着いていった。


「隊長は……忘れてたというか意識してなかったというか……」

「最初は確かに綺麗だと思ったよ? でもすぐに強さの方を意識したよな」

「尊敬はしてる。してるけどさ……」

「本人が言う通り小さ過ぎてなあ。もっと肉付きがよくないと」

「度胸ありますね先輩! オレは怖くて言えませんよ!」

「隊長は細かい事で怒らねえからな。精々ぶっとばされるだけだ」

「だからそういう目で見ないんですよねー」

「なんて事を言ってるんですか! 隊長はあんなにも魅力的なのに!」


 黙って聞いていたグタンだったが、堪えきれずに声を荒らげて言い返した。


 シン。と場が静まる。

 他の客までもがこちらを見ている。

 その後、ガルトンがボソッと呟く。


「……やっぱマジで惚れてんじゃねえか?」

「え? あれ?」


 妙な空気を感じ、グタンは固まる。同じような経験を昨日もしたと思い出し、更に動揺が大きくなった。

 顔を真っ赤にし、卓にぶつかる勢いで突っ伏す。


「……やっぱりいけません。こんな気持ちは。キッチリ弁えないと……」

「真面目だなあ。良い所だと思うけどさ」


 再び周りにニヤニヤとはやされる。ガルトンが注意すれば止まったが、すぐ隊中に広まるだろう。


 ただそんな反応は気にせず、グタンは黙って、ひたすらに自省していた。

 邪な思いは心の奥に押し込めなければ。押し込めておけば、いずれは消えるはずだと。


 この時はそれで済むと思っていた。

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