奇跡に至る愛の種 4

「よーう。グタン、邪魔すんぜ」


 隊長はあくまで憧れの存在。色恋の対象ではない。

 グタンがそう決意した翌日。

 気を引き締めようとしていたグタンの頭の上に、ライフィローナが乗っかってきた。


「ちょっと、なんでそんなところに!」

「ずっと飛んでたら疲れるだろ。ちょうどいい高さで助かるぜ」

「下りてください」

「軽いんだからいいだろ」

「そういう問題じゃありません!」

「じゃあどんな問題なんだ?」

「どんなもなにも肌が……」

「んん〜? 意識しちゃうか?」


 狼狽えるグタンに対し、ライフィローナは余裕を持ってからかう。

 頭には獣人の毛皮。分厚いそれは軽い衝撃ならば受け止めてくれる。

 が、鋭敏な感覚のおかげで、小さな体の柔らかさや熱を感じ取ってしまう。余計なものまで想像してしまう。本人から言われれば更に強く。

 様々な感情で体が熱くなった。


「キャハハッ。デカい体でもガキだな!」


 わざとらしいくらいに嫌な感じで笑われる。それでもグタンは怒りはせず、むしろ違和感に戸惑うばかりだった。


 ただ、訓練の時まで頭の上から指示を出すのまでは想定外。

 同僚にからかわれ、終始ムスッとした顔で過ごす。

 その日の終わりに解放された時は爽快感すらあった。いくらライフィローナへの敬意があろうと限度があると噛み締めた。


「また世話んなるぜ」

「だからなんでですか!」


 が、次の日も同じく頭上に居座られる。また次の日も、更に次の日も。

 いつの間にか定位置として同僚にも認識される。

 訓練だけでなく任務時でも関係ない。それで問題ないのは流石だが意図が分からなかった。

 段々馬鹿にするような発言が増えていき、グタンも疑問だけでなく強い不満を募らせていく。




 必死に耐えていたが、十日も経てば限界だった。

 とうとうある日の終わり、訓練場。

 二人きりになったところで真剣に抗議する。


「本気で止めてください」

「残念だったな。アタシは性格悪いんだ」


 やはり頭に座り続けたままでキャハハと笑うライフィローナ。

 人の話に聞く耳を持たない。いつも通りで、抗議を受け入れてくれるとは思えない。

 だから長期戦とどんな条件を出されても受け入れる事を覚悟して臨んでいた。

 グタンは寝ずに考え用意していた交渉の文言を思い出し、唾を飲み込む。


 しかし、彼女の声がふっと真剣味を帯びて、気を削がれた。


「だからな、今の内に他の奴に乗り換えとけよ」

「……!」


 言われずとも、元々閉じ込めようとしていた思い。


 そのはずなのに。

 彼女の言葉は何故だか消え入ってしまいそうで。

 冷たさに息苦しくなるようで。

 気付けば、彼は反発していた。


「……なんでそんな事言うんですか」


 酷く揺れる目を上に向ける。

 直接見えずとも、今はあのニヤニヤ顔ではないと察せられた。彼女はやはり平坦な声で言葉を切る。


「アタシはろくでもない人殺しだからだよ」

「賊の討伐の事ですか。それなら全員が……」

「この羽が紫な理由教えてやるよ」


 ライフィローナが頭から降りてきて、二人は向き合う。

 静かで緊張感に満ちた、つい先程まで騒がしかったのが嘘のような空気で。

 冷たい風が吹く。

 そうして彼女は過去を語りだした。



 妖精郷での平穏な日々。

 未知なる外への憧れ。

 凄惨な襲撃と犠牲。

 血に塗れた撃退。

 そうして彼女は変質し、流浪の身になったのだと。


 ただ、絶句するグタン。

 壮絶な過去を受け止めきれない。いつの間にか出ていた月が、彼の震える顔を薄く照らす。


 一方でライフィローナは強い笑みを浮かべる。悲愴感のない、あくまで不敵で不遜な表情だ。

 しかし、突き放す為に続けたであろう言葉は、何処か寂しげに聞こえた。


「これで分かったろ。アタシはろくでもねえ奴だよ」

「いえ。分かりません!」


 反射的に言い返すグタン。

 初めに用意していた台詞も目的も全て消えた今、自分でも何がしたいのか理解しないまま、勢い任せに言葉を連ねる。


「……人の為に尽くしているじゃないですか。害を打ち払って、給金も他人に使ってて、そこまで悪く言わなくても」

「んなもん八つ当たりだよ。正義なんかじゃねえ。金も使い道がねえから落としてるだけだ」


 ぶっきらぼうに言い放たれた。内容の割に堂々としているのは、確固たる意志があるからか。


 彼女の言う通りかもしれない。

 だが、結果を見れば、確実に世の為になっている。

 なのに本人は自嘲するばかり。

 まるで、自らが正義である事を跳ね除けるように。


「妖精は肉を持った精霊。羽は魔力の塊。だから精神の影響を受けて変質するし、悪意に染まった魔力は精神も染めようとする。一度墜ちれば、影響から逃げらんねえ」


 宵の静寂が二人を包む。

 語りに同調するような恐ろしさを伴って。


「攻撃衝動はどんだけ発散しても消えやしねえ。オマエらまで傷つけても溜まる一方だ。その内バケモンに堕ちるだろうよ」

「その性質が原因だとしたら、隊長ご自身は悪くないじゃないですか」

「はっ。んなダセェ言い訳しねえよ。これがアタシだ。元々が乱暴者だったんだよ」


 その言は本当なのだろう。否定するつもりはない。

 口を出すのは失礼だとも理解する。

 彼女は美しい覚悟を持っていた。


 それでも、納得できなかった。


「な? 大人しく幻滅しとけよ」


 強く凛々しいはずの声に、儚い脆さを感じたから。


「いいえ。むしろ、本気で追いかけたくなりました」

「はああ!? なんでだよ!?」


 目を剥いて荒ぶるライフィローナ。心底理解出来ないといった風に睨んでくる。

 むしろグタンの方が落ち着いていた。

 逆転した立場でぐぐいと迫る。


「魅力的な方だと再確認しました」


 この小さな体躯に収まりきらない気迫にも怯まず、言い切った。

 怒りを感じても撤回しない。張り合うように見つめ合う。


 荒っぽさの裏側に孤独と傷を抱え、他者に頼らず胸を張るライフィローナ。

 きっと、いや彼女なら必ず一人きりでも幸せに生きていける。

 道連れを望んでもいない。


 だから、これはグタンの個人的な欲求。

 支えたい。傍にいたい。寄り添いたい。なるべく負担を軽くしたい。自傷を見ていられない。

 恩返しとも違う。見返りも求めていない。

 傲慢だろうか。独りよがりな衝動かもしれない。押し付けがましいお節介だろう。

 これはきっと、優しさではなくて。

 だとしても。


 ──ああ、これが愛情なのか。


 グタンは晴れやかに微笑む。

 今まで細かく気にしていたのが嘘のように、スッと胸に落ちた。

 純粋な気持ちで手を伸ばす。


「自分は貴女を一人にさせたくありません。バケモノにさせないよう、支えます」


 グタンはただ真剣に語った。


 しかし彼女には届かないか。

 長い沈黙は困惑や呆れが理由だろう。

 風が急かすようにザワザワと木々を揺らす。

 やがて高い舌打ちが響いた。


「趣味悪いな。馬鹿にしてくる奴を支えたいなんてよ」

「自分の見る目は良いんじゃなかったんですか」


 意趣返しは堂々と。もうグタンに動揺はなく、心を決めた余裕を持って接している。


 ライフィローナは再び舌打ち。

 そして振り返ると、ひらひらと手を振りながら去っていく。


「ったく。やり方間違えちまったか。……ま、精々頑張れ」

「はい、頑張ります!」


 皮肉と理解して、それでもグタンは胸を張って答えたのだった。

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