熱い思い出抱きしめて 3

 空は青と白の斑模様。上空の風が強いようで、太陽が消えたり現れたり安定しない。その代わり、人々の熱気は常に最高潮だった。


 カモミールは騎士対抗戦を順調に勝ち進んでいた。


 二回戦の相手は筋骨隆々の女性騎士。単なる力押しではなく、魔法も用いた剣術が強み。熱気で逃げ道を制限しての強撃を受けるのには苦労していたが、冷風で対応して押し切り、なんとか接戦を制した。


 三回戦の相手は老騎士。

 衰えの見えない逞しい肉体と、巧みな技術、未来を見通すような読みの鋭さを携えた傑物。研ぎ澄ませた集中で食らいついて疲労を待つしかなく、これまでで最も長い試合時間の末になんとか辛勝した。


 カモミールの華麗な動きは観客を沸かせる。妖精の舞踏が神秘的に魅了するように。

 いや、それは僕の贔屓目か。

 出場する誰にも華があった。実力を魅せていた。誰しもを讃えていた。生まれる差はあくまで好みの問題だろう。

 流石は国をあげての祭典である。






「よく頑張った! 見事な勝負だったぞ!」

「大丈夫ですか? 痛むところはありませんか?」

「疲れをとるにはズアパの果汁が良いのですよ」

「ん、格好良かった」

「流石の実力です。相手も素晴らしい方でした」

「皆ありがとう!」


 観客席に勝者を迎えれば笑顔が広がる。惜しみない賞賛は当然の報酬。

 頑張りに報いる為には僕達も心を尽くそう。


 後は、この日の出番が終わったカモミールと共に、優勝候補の試合を偵察がてら観戦。


 静かに対戦相手が対峙していた。

 一人は朴訥な青年騎士。体毛が薄く、獣人と人間の血を引くと思われる人物。

 そしてもう一人が件の騎士、華やかな美形の獣人。注目を集める優勝候補だ。


「ボクトー。“滝壺の地バクハウンテ”の騎士」

「ジクオール。“華麗なる市キョームフレント”の騎士」


 互いに名乗り、騎士の礼。観客の声が否応なしに盛り上がっていく。

 そして合図。


 ジクオールが先手をとって唱えた。


「麗しき風乙女。清らかな水乙女。煌めきの光乙女。真の愛を捧げん」


 精霊魔法。

 魔力の流れが美しい。精霊が快く力を貸す相性の良さも、引き出して扱う技術も一流だ。

 多数の視線が釘付けをする。


「ほう。上手い組み合わせだ」

「……絵になる」

「実に見事な腕前です」

「彼が守るのならば人々は安心でしょうね」

「綺麗なだけじゃないのです」


 そして、魔力の奔流が虹色を残しながら駆け抜けた。

 真っ白な光が場を覆う。目眩まし、などでない。大きな力の余波。


 豪快かつ繊細。一流の妙技。

 最速の突きが放たれる。

 見てからは回避が間に合わず、先に動き出しても後出しで軌道を変えられる。防御は打ち砕いてしまう。

 ジクオールはこの技により一瞬で勝利を収めてきた。


「……ふっ!」


 が、今回は不発。

 ボクトーは頭より高く跳んで避けていた。

 魔法は使っていない様子。あくまで反応、予測、身体能力の範囲か。


 すぐジクオールの追撃が上方へ。

 が、ボクトーは既に手を打っていた。

 競技場の固められた地面から、樹木のように砂の柱が生える。

 それを足場に跳躍。相手の背後へ。

 彼はこうして軽業のような動きで勝ち上がってきた。


「乙女の眼前を汚すなかれ!」


 そこでジクオールは頑丈そうな砂の柱を、虹色の木剣で容易く叩き斬った。

 が、少し崩れただけ直立したままだ。

 僅かに顔をしかめ、本人に専念。


 虹の軌跡と軽快な影が無数に交差する。

 ボクトーは必殺の一撃とは打ち合わずに逃げ続ける。死角に潜み続ける。

 速さと強さ、洗練された技で攻めようと、縦横無尽に跳ね回る動きは読めない。

 表情を変えないボクトーに対し、ジクオールは徐々に余裕が薄れていく。


 故に彼は全力を放った。


「乙女の舞台は常に清らかなり!」


 高まった魔力が弾ける。気迫が場を圧する。

 虹色の乱舞。

 砂の柱を切り裂いて散らした。砂の森が二度と戻らぬ荒野へと。

 誇らしき威が示される。


 が、砂と光が収まった時。


 ボクトーの木剣が、ジクオールの首筋へ添えられていた。


 勝負が決まった。

 優勝候補が敗れる波乱の結果で。



 静寂から一転、感情の乗る大歓声が爆発した。


「うおおおお!」

「ボクトォォォ!」

「最高だぜ!」


 一方で、涙と悲嘆の声もまた大きい。


「そんなあああ!」

「まさか、あのジクオールが!」

「ジク様!」


 両極端な会場。

 僕達も呑まれそうな激しい勢いの中、カモミールはその一方だけを苦しそうに見ていた。

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