熱い思い出抱きしめて 4
「……皆、色んな人の為に頑張ってるんだなぁ」
都の夜。宿舎の庭を、わたしはぼうっと眺める。
月に照らされる花が綺麗で、知らない虫が鳴いている。
風はなくて、蒸し暑さのある空気がじめっと体を包む。
わたしはちょっと弱気になっていた。
言葉にはしてないはずだけど、それでも皆には分かったみたい。
「カモちゃんも同じくらい頑張っているのです。もっと自信を持つのです」
「そうです。ボク達も勝ってほしいと願っていますし、それだけではありません。ボク達以外の応援する声も聞こえてきましたよ。先輩も街中で会ったと言っていましたし」
ベルノウさんとクグムスさん。
隣から優しく寄り添ってくれる。甘くて気に入ってる果汁も渡してくれた。
わたしはコップを包むように持って、それでも下を向いてしまう。
「うん。それは嬉しいんだけど……」
「戦うのが嫌なのです?」
「……うーん」
これまで何回も勝ってきた。
でもそれは、流されて言われるままにやってきたみたいなもの。一生懸命戦わないといけないって必死で、余裕がなくて周りが見えてなくて、今までと違うのに今までと同じ感じで戦っていた。
慣れてくると、色々考えてしまう。
負けを悲しむ人達を思い出してしまう。
「だって、わたし、皆の事嫌いでもないし、やめて欲しい事もないし。戦う理由がないかなって……」
「勝つ事を目的にしたくないのですね」
「その優しさは長所だと思いますが……」
「わたしは勝たなくてもいいんだよね……」
ご褒美はもう十分なくらいもらっているし、負けても困る事はない。
だったら、わたしは、なんで戦うんだろう。
「何を今更迷うのです。それは貴女が主張していた内容でしょう」
不意に現れたのは、リュリィさん。
本人は治安維持が最優先だと言っていたのに、護衛が要る、ってほとんど無理矢理に連れてきていた。
でも本当は色んな経験をさせたかったからだ。使命だけじゃなくもっと自分の幸せについても考えてほしかったから。
だけどリュリィさんは、いつもと同じ真面目な声と顔つきで淡々と言う。
「成る程。この世界には多くの人がいて、多くの手が必要。騎士という民の救い手が多い事実は喜ばしい事です」
わたし達がポカンとする前で、堅い語りは進む。
まるで違うものを見てきたみたいに。
「弱くては救えない。貴女も私も、そして出場する彼ら全員が、救いの手の一人。多く強い方が天にとっても世にとっても良き事です。鍛錬に手を抜くのは天への反逆とも言えるでしょう」
満足そうにうなずくリュリィさん。
やっぱり使命が中心で、楽しんでもらうのには失敗したみたい。
だけどこの言葉は、わたしを大きく揺らした。
リュリィさんだけじゃない。
わたしも知らなくちゃ。勉強しなきゃ。経験しなくちゃ。
世界は広くて、たくさんの人がいる。たくさんの思いと考えがある。
わたしがそう言ったんだから。
「憎しみのない戦いならば、鍛錬の一環に近い。日頃手合わせはしているでしょう。競い合い高め合えば、より確実な安全に繋がる。誰が勝とうと人々にとって有益なはずです。あまり気にしなくてもいいのではないですか」
「そうだね、ありがとう」
本心を見抜くみたいに見つめられて、少し照れながら感謝する。
ベルノウさんとクグムスさんも、もっと距離を縮めて声高く助けてくれる。
「友達になる為に技を比べるのも悪くないのです」
「勝敗はあくまで結果。過程を目的にしていいと思いますよ」
温かい手が肩に触れる。熱が胸の奥にまで届く。
考えを変える言葉はゆっくりと染み渡った。
モヤモヤしていた心は、もう晴れた。
わたしも、優しい力で、皆を笑顔にしたい。してみせる。
頑張る理由をちゃんと手の中に包み込んだ。
ゴクッと果汁を飲み干して、強気に笑う。
「うん! わたし、頑張るね!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます