熱い思い出抱きしめて 2
トゥルグ王国の都。
石造りの建造物が整然と並んでおり、大国ダイマスクのそれとは違い、飾りを最小限にした質実剛健な都といった印象だった。
ただ、それが今や、騎士対抗戦一色に彩られていた。
絵、刺繍、彫刻。騎士達の姿があちこちを飾る。漏れ聞こえる話題もこの件ばかりで、熱い空気を作っていた。カモミールもその一端を担うのが誇らしい。本人は恥ずかしがるだろうが。
獣人が多い国なので騎士にもその傾向があるが、人間やそのハーフもいる。竜人が一番少ないのは、彼らが交易を主に活動しているからか。
様々な情報が得られるし、作戦も立てられる。
カモミールは今、用意された宿舎で次の試合の準備中。ベルノウとクグムス、リュリィが手伝って調子を整えているはず。
だから情報収集も僕の重要な役目、なのだが。
「いやあ、壮観だな! 見るべきものばかりだ!」
「ん。確かに」
ついつい興奮して役目より観光を優先してしまいそうになる。
僕はワコと二人で、買い出しがてら都を見て回っていた。
付き添いの僕達はギャロルが作った商会に世話になっている。食事や日用品は自分で確保しなければいけない。
必要な事を済ませれば時間をかけずに早くカモミール達と合流すべきではあった。
「売り切れる前に諸々買っておくべきか」
「ん……」
が、グタン、ローナをはじめシャロ達、留守番している彼らへの土産も忘れてはいけない。是非ともこの空気感を伝えたい。
カモミールや騎士の品物は勿論、都らしい品も要るだろう。この人出ではすぐにでも尽きかねない。
いや、口実なのは否定できないが……。
と、少し考えている間に、ワコとの距離が開いてしまっている事に気付いた。
「どうした?」
立ち止まった彼女の視線の先には、絵の露店。即興で客から題材を聞いて描くようだ。
見本として優勝候補のジクオールという名の騎士が輝いている。
「一番いい、かも」
ワコは淡い微笑みで魅入っていた。
ならばと迷わず声をかける。
「済まない。一枚描いてくれるだろうか。騎士の一人、“
「ヘヘッ。毎度あり。あの妖精娘だね?」
手早く描きあがっていく。
美麗な筆致。鮮やかな色使い。舌を巻く手際の良さ。ワコも同業の仕事を真剣に観察している。
しかし。
「ま、優勝はジクオールに決まってるけどな。ただ物珍しいだけの小娘なんざ瞬殺よ」
手を止めないまま、侮蔑の声があがった。
ワコが心なしかムッとして反論する。
「そんな事ない」
「悪い悪い。アンタらあの娘のファンなんだよな? でもこればっかりは間違いねえよ」
軽く流しつつ、完成。
その絵に一欠片の悪意はない。可憐で凛々しいカモミールだ。そこはプロ意識の表れか。
ワコも満足げに受け取る。だとしても、言葉は別だ。
「勝つから」
素早く画材を取り出し、ワコも即興で描く。
こちらは例のジクオール。勿論手を抜かない出来栄えには息を呑むばかり。
露店の絵描きは感心したように目を見張り、それから堂々と対峙。
「へえ。その感じ嫌いじゃねえよ」
剣呑に睨み合う。
そして互いにまた熱心に描き始める。
やがて周囲の人々を巻き込み、二つに分かれての代理戦争と化す。
「あの娘か。よし、明日はオレも応援するぜ!」
「は? ジク様が最強だから」
「いやいやカモミールは強いよ。間違いない」
「ジクオールの風格が一番だろ」
応援を受けた両者、どんどん筆が乗っていくのが分かる。
思いの外負けず嫌いなワコは、活き活きしていて好ましい。僕も止めずに付き合い、画材を供給。戦線を支える。
いつしか絵描きが増えて、規模は把握できない程まで広がる。
騎士対抗戦を盛り上げる余興の一つとなって日暮れまで続いた。
「お二人共。私達が皆を代表してここにいるのだともう少し自覚してほしいのです」
「いや全く面目ない!」
「……ごめんなさい」
前哨戦は引き分けだろうか。僕達へのお叱りを犠牲にして。
僕達は自重すべきだったと反省しつつも、僕達以外のカモミールを応援する声を間近で聞けて満足していた。
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