熱い思い出抱きしめて 1

 時系列は109話と110話の間です。

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「騎士対抗戦?」

「ああ。毎年このトゥルグ王国で開催されているらしい。王家の権威を示し、各地の代表がそれぞれの誇りを懸けて競う祭典のようだな」


 “精霊の足跡スピリステット”の街中、森暮らしの頃から馴染みのある巨大魚の骨を使ったテント。

 そこで僕はお茶を飲みながら説明していく。


 この街を治める国、トゥルグから届いた正式な招待状は、カモミールへの参加を命じていた。

 騎士は秩序の象徴。王家の忠実な配下にして、人々の守護者。

 血筋に限らず、実力によって任命される。

 僕達余所者が異郷の地で平穏に暮らすにはこの地位が必要だった。


 今までも命令を受けた事はあったが、これは初めての案件。

 本人がまだ戸惑っている中、ローナが張り切る。


「キャハハッ! 娘の晴れ舞台か! これは盛り上げなきゃな!」

「いや、ローナとグタンの都への立ち入りは認められていない」

「あ?」


 一瞬にして空気が強張る。

 静かに怒気を漂わせるローナへと、僕は気張って抗うように説明する。


「以前の暴走があるからな。未だ危険だとの判断は修正されていない。下手をすれば反逆を疑われる」


 カモミールが騎士に任命された遠因でもある、ローナの暴走。国土を荒らした力の大きさは警戒されて当然だ。


 ローナは納得してくれたか、活力の抜けた打ちひしがれた表情となった。


「……どうしてもダメか……?」

「ローナ。大人しく従おう」


 グタンが諭せば、彼の頭の上で不貞腐れたように寝そべる。これはこれで厄介だが慣れている夫に任せよう。


「まあ、代わりにしっかり見届けておく。土産話を楽しみにしていてくれ」


 両親が同行出来ずとも、サポートの役目は必要で認められている。

 ただ、北方との交流が始まったばかりで忙しい現状、希望者が多くてもなかなかその通りにはいかない。

 軽い騒動の末、カモミール、僕、ベルノウ、クグムス、ワコ、リュリィ。この六人で旅立つ事となった。





「今年も今日この日を迎えられて大変喜ばしい。国を支え守る騎士の誇りを懸けた祭典。此処に集った国民も皆、是非に堪能してくれ給え!」


 トゥルグ王国の都。

 数百年前に造られたという重厚な競技場には人々の熱狂的な感情が満ちていた。


 大勢の騎士が並ぶ壮観な眺め。

 国王の威厳ある挨拶。

 それらも場の期待感を高めており、格式ある伝統の儀式と大衆の娯楽が両立していた。

 カモミールが心配だったが、真っ直ぐ整列する様は立派なものだ。

 一番不安げに見ているのはクグムスか。ベルノウに気遣われている。ワコはスケッチしていて、リュリィは真剣に見定めている様子。僕も僕で余裕ができてくると興味が尽きない。


 大勢が見守る中、開会の儀式は無事に終わった。




 対抗戦は一対一の対戦形式で行われる。

 用いるのは競技用の木製の剣。先に有効打を与えた方の勝ち。魔法の使用も認められているが、有効打はあくまで武具による攻撃だけである。


 一回戦。

 固い顔付きのカモミールは対戦相手と向き合う。


「フクククッ。……お嬢さん。どうにも運が悪かったようですね」


 線が細く、陰気な印象を持った獣人の男性。薄ら笑いが警戒心を煽る。

 木剣を奇妙な姿勢で構えた。


「私の剣技に慄きなさい!」


 間合いを瞬時につめると、引いた手を高速で突き出す。

 剣筋がぐりゃりと曲がったように見えた。まるで蛇の牙。敵を欺き惑わせる妙技だ。


「精霊さん、お願い!」


 カモミールは素早く風を纏うと大きく退がった。

 外した相手は冷静に追撃。再び奇剣が迫る。

 それよりも速く、軽く、柔らかく。

 低空に砂を舞わせてカモミールが翔ける。羽が光る、その軌跡が美しい。


 一閃。

 小気味よい快音。顔に浮かぶ驚愕。

 妖精の羽が蛇を掻い潜って、有効部位を捉えた。


 安心して一息。そして大歓声を浴びた少女は恥ずかしげに笑う。

 一回戦は、カモミールの勝利。

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