誓いの祭は盛大に

 “精霊の足跡スピリステット”はこの日、賑やかで浮ついた空気に包まれていた。

 歴史ある広場は普段から様変わり。

 中央の歴史ある神殿が清らかな装飾で飾られていた。品のある白が快晴の青空に映える。

 集った人々は数え切れない。街の人口を遥かに超える人数がつめかけていた。


 主役は花嫁と花婿。

 シャロとサルビアの結婚式だ。


 婚礼を取り仕切るのは、この地本来の住人である獣人のジオリット。儀礼的な服装を身に纏い、神官である本分を全うしている。


「シャロ。サルビア。両者は尊び合い支え合う、森と川の如き夫婦となる事を誓うか」

「誓いまっす!」

「誓います」


 宣誓する声の調子はそれぞれ異なれど、真剣な思いは同様。

 ジオリットが焚かれた香木を掲げ、二人へ祝福の香を授ける。この地に伝わっていた風習らしい。

 それから、口づけがゆっくりと。

 恥ずかしそうに、幸せそうに、二人は誓いの儀式を果たす。

 会場は祝福の空気に包まれた。





「サルビアさんサルビアさん! すっごい素敵だったよ!」

「綺麗、とても絵になる」

「やっぱりお似合いなのです」

「ありがとう。皆も楽しんでるみたいね。見世物になった甲斐があるわ」


 複数地域の文化が混ざったこの街らしい祝福の儀式の後は、場を変えての立食パーティー。

 主役の一人であるサルビアは、ワイワイと女性陣に囲まれている。着飾った彼女らがお喋りする空間は飛び切りに華やかだ。


 一方男性陣は大袈裟な動きで興奮するシャロに付き合う。


「ね、ほら見て見て。あの美人がオレの妻! いいでしょいいでしょ! 最高でしょ!?」

「ああ。美しいな。しかしもう少し落ち着いた方が良い。またサルビアに叱られるぞ!」

「はい、この調子では照れ隠しでなく本気で嫌がられます。とても幸せそうですけどね」

「わー正論。善処します」

「私からも祝福しましょう。お二人の道行きに神のご加護があらん事を」

「おお、アブさん。ジオっつぁんに頼んで悪いね」

「いいえ、この地ならば彼が適任でょう」


 幸せ溢れる友との軽口は心地良く、子供のようにはしゃぐ新郎は好ましい。

 ただ、彼らはあまりのんびりと長話はしていられなかった。



 なにせ大人気の歌姫と音楽家。

 しかも発表を大々的にしたので、街どころか国外からもファンや関係者が集まっているのだ。

 無数の人々の対応は難しい。

 マラライアが中心となって秩序を維持しているが、集団が混乱すれば“純白の聖人”リュリィが出動する事態にもなり得る。

 整理するのは並大抵の苦労ではないのだ。


 しかしその分、街全体が盛り上がる。

 経済、交通、文化交流、あらゆる面で発展のきっかけになる。ギャロルの手腕により進められたこの事業は成功すれば得るものは大きい。

 全体の繁栄に繋がるのなら、と二人も承諾していた。

 ペルクス達も友のめでたい日を台無しにしないよう、真剣に目を光らせるのだ。




「さあさ、皆様! 大変お待たせ致しました!」


 食事や酒、歓談を楽しんでいた客の目が一斉に動く。

 余興として開かれるのは、ひたすらに豪華なショー。

 即席の舞台に着飾った客人の一団が並んだ。


「この幸福の日に招待して頂き真に感謝しております。さて、それでは、これが私共からの返礼でございます!」


 堂々と声を張るのは南の歌姫、ティリカ。

 引き連れてきた劇団が芸術的に楽曲を奏でる。

 ペルクスのゴーレムや、シャロ達の劇団も協力。

 後からカモミールも飛び入り参加。空を舞って華やかさを足す。

 曲は、南の地の有名な王の婚姻を祝うもの。


 ──嗚呼! なんて素晴らしき日、素晴らしき人々、素晴らしき時間! いつまでも続けばいいのに!


 声は伸びやかに空へ抜ける。熱を持った歌が無数の観客の胸を打つ。

 蕩けた表情でのめり込む。あるいはあまりの美しさに固まってしまう。皆全身で音楽を味わっていた。


 そんな最高のパフォーマンスの最中に。

 ティリカは挑発するような手振りと表情で、花嫁へ水を向けた。

 サルビアは不敵な笑みで立ち上がり、舞台へ上り、向かい合う。

 緊張感を纏う対峙。

 そして、揃って、観客に共演を魅せる。


 ──この良き全てに喝采を! この良き全てに祝福を! 共に在る皆に溢れんばかりの幸福を!


 二人の歌姫のユニゾン。

 天上の美声が互いを高め合って響く。心を、魂を、震わせて感動へと導く。

 拍手喝采。大歓声。

 歌い終えて、客席を満足そうに見渡し、サルビアは笑顔を輝かせる。


「皆! あたしの歌を愛してくれてありがとう! 最高の結婚祝いだわ!」


 再びの拍手は万雷。

 流石の立ち振る舞いが自らの晴れ舞台を煌びやかに彩った。





「さあさ、皆様! お次の演目もどうぞお楽しみください!」


 シャロが口上を述べ、お次はワコが舞台へ。そしててメフアトレスも召喚する。鮮やかな異形。絵を司る御使い。

 その力により、生み出された色が宙に浮く。動いて形をなす。

 街並みと人物が描かれていく。簡略されていても見事な出来栄えで、息を呑む精密さ。

 それらを背景に、シャロが朗々と語る。


「おお、その出会いは運命! 後に歌姫となる美少女は、駆け出しの音楽家に才を魅せつける!」


 男女の絵が語りに合わせて動く。言葉通り、二人の出会いの再現。物語だ。

 王都での出会いから始まったそれは、活き活きと二人の活躍を表している。

 贅沢な芸術、初めての体験に、観客は湧きに湧いた。


 が、


「ちょっとなにこれ! 聞いてないけど!?」


 照れて真っ赤になったサルビアの抗議により中断した。


「えー、サプライズなのに」

「恥ずかしいじゃない。中止よ中止!」

「そっか。二人きりじゃないとダメかー」


 軽口にキッと睨まれ、黙るシャロ。観客も不満を漏らしつつ大人しく従う。


 ただ、強気なサルビアも、もう一人の反応には弱かった。


「そう……」


 ワコが心なしかシュンとしていた。長く気合を入れて準備しており、悪気もなく、心からお祝いのつもりだったのだろう。


 サルビアは己の感情と友情を秤にかけている様子だった。

 眉を下げ、葛藤。苦渋の選択。

 それからそっぽを向いて答えを出す。


「……じゃあ、シャロの語りナシならいいわよ。ワコと音楽だけで」

「えー、愛のメモリアルなのに……まあしょうがないね! よし、再開!」


 壮麗な音楽に合わせて、二人の絵はまた動き出した。

 王都で劇団に入って名を馳せ、南方での活躍も描く。仲睦まじい様子やコミカルな演出は笑いを誘う。

 そうしてこの結婚式へ。この祝福の舞台へ。物語と現実が一体となる感覚が観客を包む。

 惹き込まれる物語は幾度目かの喝采の中で閉じた。




 儀式も余興も無事に進み、遂にパーティーも終わりが近い。

 サルビアが花嫁のブーケを構える。


「さあ、次の幸せを掴むのは誰かしら!」


 大きく投じれば、ブーケはフワッと舞う。

 追う女性陣。それぞれに思いを背負う彼女らは気迫に満ちていた。


 だが、不意に強風が吹いた。

 誰をも置き去りにして会場の奥まで飛ぶ。

 その先にはテーブル、酒瓶を手にブーケの行く末を見ていた師匠がいた。


「キヒヒヒヒッ! よりによってワタシに来るかね!」


 苦しそうに大笑いしつつ、軽快に横へ避ける師匠。するとブーケはテーブルの上に落ちる。


「はぶっ!」


 悲鳴があがった。

 ブーケからガサガサと音がして、中からバサッと妖精が顔を出す。

 花に埋もれながら叫ぶのはローナだ。


「おい、なんだこりゃあ!? ……ん、ああ、花嫁のブーケか……」


 怒りも露わな様子だったが、すぐに何が起きたか理解して、沈黙。

 そして少し悩む素振りの後、ニヤリと笑う。


「ちょうどいい。なあ、グタン、正式な祝福はなかったんだ。アタシらもやろうぜ」


 隣にいたグタンは目を見張り、そして破顔した。


「……ああ! 是非やろう!」

「え、ほんとに!? わあ素敵、すっごく楽しみ!」


 カモミールが直ぐ様飛んできて、満面の笑みで抱きつく。


 繋がっていく幸せを祝って、会場は温かな歓声に包まれた。

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