奇跡に至る愛の種 6

 グタンとライフィローナは晴れて恋人になった。


 といっても隊の長と副長なのは変わらない。

 部下達に示しをつけねばと、節度ある態度を心がけ、むしろ公での接触や会話は少な目になった。

 ただ、この事は堂々と宣言しており、距離感も親密。

 祝福は温かかった。

 部下からも街の人々からもお似合いだと慕われ、心地良い生活を送る。

 二人は幸せを謳歌していた。


 ただし、どんなに仲睦まじくしていても、あくまで恋人であった。



 セウレン王国内はおろか大陸中で力の強い教団は、子を産めない組み合わせの婚姻を禁忌と定めていた。

 夫婦とは子供を産み育てるべきである、と教義にあったからだ。

 人間と獣人ならば、両者の血を引く子が生まれる場合もある。

 しかし妖精の場合は厳密には生物といえるかも難しく、自然発生するかのように精霊が肉体を持つのだ。故に子を産まない。

 恋人であっても信心深い者からは苦言を呈される。それを跳ね除けられたのは、ライフィローナ持ち前の傍若無人さと周囲の善意のおかげだった。


 幸せだが関係が変わらないまま、三年。

 一方で周りの環境は随分変わった。




「お父さん。もう帰ってきてって」

「おーう、悪いな」


 宵の口、先輩のガルトンの子が隊の贔屓にしている酒場に顔を出した。

 まだ五才なのにしっかり者だと大いに自慢し、ガルトンは辞する。


「それじゃ、今日はこのへんで」

「お前も変わったなあ」

「いやあ、流石にな」

「オレんとこも子供が可愛くて可愛くて」

「うちももうすぐ生まれます」

「なら祝ってやらねえとな」


 ガルトンをきっかけに、仲間は次々に子供を話題に花を咲かせる。

 グタンと同輩、後輩も当たり前のように親になっていた。

 何年も共にした荒くれだった彼らも、親としての顔を見せる。昔からの隊員も思い出すように優しい顔をしていた。

 ライフィローナは彼らに混ざり快活に盛り上げている。


 素直な祝福は本音。

 ただ、羨ましそうな、寂しそうな視線もまた、本心だった。


 グタンは苦い表情でコッソリと問う。


「……寂しいか?」

「いんや。二人でも幸せだ。そうだろう?」

「ああ。それは間違いない」

「その気になりゃ養子だとか、なんなら孤児院ごと造ったっていいんだ」


 明るく言い切る彼女に陰りは一欠片もない。憂いは瞬時に消していた。

 強がりではなく、確かな本心。そう信じて、グタンもまた迷いを振り払った。




 そんなある日。


「お、おおおお! 本物の妖精っ!」


 夕暮れの街中、訓練終わりの帰り道。挙動不審な人物が二人に向かって突っ込んできた。


 慌てず騒がすライフィローナが風を吹かせば、呆気なく転倒。

 不快感を隠しもせずに見下ろす。


「なんだオマエ」

「……大変失礼致しました。私は学院の研究者。この地に妖精が住んでいるという噂を聞きつけ、こうして訪ねてきた次第でございます」


 落ち着いた不審人物は起き上がると丁寧に一礼して目的を話した。


 学院。

 大陸の各国が共同で出資して運営している学術施設だ。あらゆる分野で高度な研究がされ、その成果は各国に還元されている。知の殿堂。

 その代わりに所属しているのは変人ばかりだとの噂を聞いてはいた。どうやらその通りらしい。


「お話を聞かせてもらえるのなら、見返りはそちらの望むままに用意しましょう」

「別に何も要らねえんだよな」

「そう言わずに! どうか!」

「時間もある。協力してもいいだろう」

「まあ、いいけどよ」


 グタンが取り成せば、ライフィローナは渋々と頷く。

 すかさず学者は機嫌をとるようにニンマリと笑った。


「いやはや素敵なご夫婦ですね!」

「止せよ。夫婦にゃなれねえ」

「……ですね。すみません」

「まあいい、食いながらでいいよな?」

「はい!」


 了承を得た彼は喜色満面に返事をした。

 ただ、一瞬見えた探るような視線が気にはなった。



 日頃通っている酒場で聞き取り調査は行われれた。

 妖精の体の性質。妖精郷の文化。ライフィローナ個人の過去。

 次々に得る知識に学者は始終興奮しきりで、聞き終えた頃には疲れが見えつつも大満足な様子だった。


「いやあもう! 本当に、本当に感謝してます! これで研究が大いに進みます!」


 学者は二人が好きなだけ飲み食いした分を全て払い、止めても止めても感謝を述べ続けた。

 別れ際にグタンと強く握手し、上機嫌で去っていく。


 喜劇めいた騒がしい出来事。

 そこから一転、ライフィローナが鋭い目で問う。


「なんだ?」


 無言でグタンが手を開けば、折りたたんだ紙があった。

 こっそり渡されていたそれに、意図を察する。


「隠れて読めってか」

「どうにもきな臭いな」


 不穏なものを感じて空気が固くなった。



 そして二人の家。安心できる場所へ。

 警戒しつつ、顔を寄せ合って紙を広げる。二枚あり、それぞれは地図と手紙だった。


『学院には命の創造を専門とする研究者がいました。長らく密かに研究してきましたが、近頃はかなり進み、このままでは隠しきれずに学院全体を危険に晒すと長が判断。合議の末に彼は支援を得て出ていきました。もし覚悟があれば訪ねるとよいでしょう。必ずやあなた方の助けになります』


 読み終えて、深々と息を吐いた。

 学院は想像以上の場所だったらしい。


 ライフィローナがいつになく重い雰囲気を伴って聞く。


「……どうする?」

「危険過ぎる。それに不確実だ」


 グタンは悩みつつも首を横に振った。

 禁忌、異端。教団を敵に回せば、幾ら強者と言えど未来はない。

 希望はあれど、簡単には選べなかった。


 しかしライフィローナはあっけらかんと答えた。


「アタシはそれでいい。向こうも密告される覚悟で教えてくれてんだ。応えてもいいだろ」

「だが……」

「……正直に言う。やっぱな、羨ましいんだよ。二人でも幸せなのは間違いねえけど、それでもな」


 素直な言葉は熱を持っていた。

 口元は優しい笑み。意外な程に優しい声がグタンを打つ。


「アタシはな、グタン、お前との子供が欲しい」

「ライフィローナ……ッ!」


 感極まり、瞳が潤むグタン。

 押し込めてきた、諦めるしかなかった思いが溢れてくる。

 障害があるとはいえ、選べるというのなら、やはり掴んでみたかった。

 二人はピッタリと身を寄せて互いの気持ちを確かめる。

 選択は済んだ。覚悟は決まったのだ。


 が、他にも問題はある。


「しかしこの国はどうする。隊も、何もかも放置していくのか」

「もうウン十年働いたんだ。そろそろ引退してもいいだろ。代わりなら育ってる」


 投げやりなようで、しかしそれは確かな信頼だ。部下への正当な評価だった。

 利己を優先するのは躊躇われたが、それも覚悟の内である。



 その後。

 部下や上層部に、禁忌の件は伏せて相談。

 引退して二人でのんびり過ごしたいと言えば、考え直すようにしつこく説得されたが、最後には惜しみつつも納得してくれた。

 部下へも報告。貯まる一方だった金銭を残し、業務を引き継いで託す。

 詳しい話を聞かずに、快く送り出してくれた仲間達には感謝しかない。


 諸々を終え、名残惜しさを振り切って旅の空へ。

 不安もあるが、それ以上に期待に胸が膨らむ。


「楽しみだな」

「ああ。親子で幸せになろうぜ」




 そうして彼らは、友人となる研究者、そしてかけがえのない娘と出会うのだ。奇跡の果てに。

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