熱い思い出抱きしめて 6

 すごい。

 ボクトーさんは羽もないのに空中を飛び回って、もしかしたらわたしより自由かもしれない。

 見るだけでも驚きと楽しさでいっぱいなのに、そんな人と一緒だなんて。気持ちのままに自然と口元が笑う。


 観客席の真上で、わたし達は踊るみたいに戦っていた。


「近っ! 凄っ!」

「こっちにも来てくれ!」

「うおおおおお!」

「そこだ、勝てるぞ!」


 お客さんは大興奮。口を開けて見上げて、手を振って、どんどんどんどん盛り上がっている。

 皆が楽しいなら、わたしもこの戦いを好きでいられる。



「ねえ、強いね。とっても!」

「……お互い様だ」


 声をかければ、厳しい顔も少しやわらいだ。

 波みたいに上下を不規則に飛ぶわたしと、階段を上り下りするみたいに追いかけてくるボクトーさん。気持ち良い飛び方だけど、いつ仕掛けるか、タイミングを考えながらだから緊張感が強い。

 だけど、途中でボクトーさんは全然違う方向に行ってしまった。競技場の内側へ真っ直ぐに。

 わたしはそのまま観客席の上を回って、気付く。

 円形の競技場だから先回りになるんだ。


 と思ったら、強烈な踏み込みの音。

 直角に曲がって攻めてきた。

 急降下。わたしより上からの振り降ろしが突き抜けてくる。

 バッとかわせば、木剣がすぐ横を通る。鋭い音が耳を叩く。

 怖さはない。あくまで技の競い合い。

 戦意はただ熱いだけだ。


 ボクトーさんは前の柱を蹴って反転。素早い攻撃が続く。

 わたしも加速して対抗。木剣を横薙ぎに振るった。

 だけどボクトーさんは、途中で枝を掴んで止まった。わたしは空振り。慌てて崩れた体勢を戻そうとする。

 いや、ボクトーさんは止まってない。枝を軸に回転して、更に上の枝に足を引っかけて移動して、見えないところから、圧。

 背中から迫る攻撃を、咄嗟に受ける。

 力に押されて大きく吹き飛ばされた。


 羽を広げて勢いを止めたところに、渋い声。


「……よく鍛えているな」

「うん、ありがとう!」


 一瞬も気を抜けない。

 考えて、予想しながら動かなきゃ。反応だけじゃ追いつけなくなる。

 息を吸って吐いて、心を落ち着ける。


「カモミール!」

「カモミールさん!」

「カモちゃん」

「頑張れ!」


 すぐ下からの応援が心を熱くする。

 ペルクス達の、ううん、知らない声も混ざっている。

 全部に振り向く余裕はないけど、嬉しい。後ろで手をひらひらと振る。


「ボクトー!」

「勝てるぞ!」

「わあ格好良い!」

「オレ達の誇りだ!」


 応援は互角。たくさんの思いは同じ。

 ボクトーさんもチラッと見ていた。


 周り全体から声。声。声。

 皆が全力で応援している。

 皆が見ている。注目して、共有している。


「良いね」


 上空へはいかない。皆の目が届くところにいなきゃ。そうじゃないと、戦いになってしまう。これは、勝ち負けのある競技だ。


 ぶつかり合いが再開しても、観客席の上に留まる。

 見上げる人を下に、移動しながら打ち合う。

 観客席を何周もしながら無数にすれ違う。

 太鼓の連打みたいな、軽快な音が止まない。振動と合わさって、全身の肌がしびれ続ける。

 やっぱり気分は弾んでくる。


「強いね!」

「だから、お互い様だ」


 一度大きく弾いて、距離が開く。

 わたしはくるりと旋回。

 ボクトーさんは空中で反転して、砂柱に背中を向けた。目線は右の方に向けて。

 なら、そっちに跳んでくるはず。それに備えて構える。

 けど、砂柱が散った。ただの砂になってボクトーさんは通り抜ける。

 わたしは驚いて、でもすぐ落ち着けようとする。なら奥からだ、と次の予想を変える。

 でも、また違った。


 一度散った砂が、また固まった。完全に通り過ぎる前にガシッと掴む。

 足を激しく振って回って、勢いをつけた突撃。


 ガァン、と叩きつけられて、木剣を落としそうになった。

 意表をつかれて、もう少しでまともに当たるところだった。


 新しい動きについていくのがやっと。

 それなら、わたしももっと自由になれるんだ。遊べるんだ。

 疲れてきて、魔力も消耗してきて、でももっともっと飛んでいたい。試してみたい。


 頑張りたいこんな時こそ、おかあさんを真似してみる。


「キャハハハハハッ!」


 高らかな笑い声に、ボクトーさんは目を見開いて一瞬固まる。似合ってなかったんだろうか。

 でも、それからフッと微笑む。受け入れたみたいに。


 わたしももっと楽しみたい。

 高速で突っ切って飛ぶ。

 枝は避けない。羽を畳んで、落ちるみたいに真っ直ぐ突き進む。

 速過ぎてタイミングが合わない。

 だから羽の代わりに柱を木剣で叩いて強引な方向転換。

 見えないところから突きを伸ばす。

 しっかり反応。ボクトーさんは背中に回した木剣で受けた。

 しかも柱を蹴って後ろ向きに押し込んでくる。無理な体勢で力比べの姿勢。強力。このままじゃ柱に押し付けられそう。

 でも、途中で何か仕掛てくるはずだ。

 それがいつなのかを、読み合う。


 相手の考えを知る。

 思い返して考える。

 呼吸を感じる。

 体をよく見る。

 ピクリと、足が動いた。


 きっと、今!


「精霊さん!」

「逆滝、雲降り、天地流」


 二人、同時に動く。

 ボクトーさんは宙返り。上へ。枝を蹴る。

 わたしは力を抜いて逆さまに。下へ。羽を広げる。

 お互いに複雑な姿勢。それをちゃんと制御して、正面から打ち合った。


 小気味良い音が鳴った。高く、遠く。


 気持ちが通じ合えたみたいで、いい気分だ。

 鍔迫り合いのまま、静止。

 下から歓声が聞こえた。視線や息、人の思いが届く。皆の期待が、伝わってくる。


「やっぱりすごい。ねえ、友達になりたいな!」

「……ああ。悪くない」


 また二人の世界に没頭。空と剣が交わる。

 踊りみたいに遊びみたいに、わたし達は戦う。


 そして。

 青空を背景に飛び出す。交差する。

 人の熱意に包まれた空に決着の一撃が響いた。

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