第16話 おいでよ絶林の森 そのさん

 いよいよ頭がおかしくなったと思われるかもしれないが……実はこの世界、野菜や果物が他の生物を襲うことはさほど珍しいことでもないのである。


 葉物野菜ならぬ、魔物野菜とでも言うべきか。

 採取のために多少の労力とささやかな命の危険を必要とするそれらは、一般的に魔力を豊富に含む食材ほど活きが良くて(物理)美味であり、高級品として扱われているのだ。


 ……ちなみに俺がこれまでに経験した中で、最も身の危険を感じたのは空ぶどうである。

 山ぶどう、海ぶどう、そして空ぶどう──陸海空の理論に基づき当然のように空を飛び、通りすがりに爆発する果実を落としてくるドチャクソ恐ろしい高級食材様だ。

 主に冬から春にかけて姿を見せ、都市部を避けて飛ぶ性質を持つことから、外敵への攻撃ではなくあくまで広範囲に種をばら蒔くための機能ではないかと考えられている。活発になるのが丁度狩猟シーズンの終わりと重なるため、ギルドの脅威認定はやや低め。でもあんなん野生の爆撃機と大差ないぞ……。


 そんなわけで、畑を荒らす魔物をしばき回す野菜の姿なんかは稀によくある光景のひとつと言えなくもないのだが──しかし何事にも例外はある。


「あ、あれはまさか……音に聞こえしネームドお野菜!?」


 ティアちゃんが驚愕の声を上げる。


 ──ネームド。

 種の平均を大きく上回る強烈な"個性"を持つ存在に対し、この世界ではそのように区別することが多い。

 例えば特定の荷物にのみ執着するギブミーベアがいたとして、討伐されないまま被害が増えればそいつは"ゆうた"の名と共にネームドとして広く認知されることだろう。サーモンクイーンは知らん。

 いやまあ話を聞く分だと普通に鮭のネームド個体か何かだとは思うんだが……実物を見てない以上、俺からはなにも言えないよねって。


 とにかく魔物はおろか魚類にすらネームド級の連中がゴロゴロいるんだ、そりゃあ野菜にだっているわな。……ただこいつらに限って言えば、俺は広義のマンドラゴラなんじゃねぇかなと睨んでいるがね。


「でも流石に人間サイズのジャガイモが甲冑を着て、細剣を振り回している絵面は俺も初めて見るぞ……どうしてこうなった」


「あれは恐らく、現在ゲンチアナ国内にて確認されているネームドの一体──ノスフェラポティトゥ。通称【不死ノ芋】と呼ばれる個体だろう」


「知っているのか、ティアちゃんよ」


「うむ。世に出回っているお野菜たちには、同じお野菜であっても品種の違いというものがあり、それらを統率する"親株"がいることは君も承知しているとは思うが──」


「正直存じ上げたくはねぇんだけど、まあそうね」


 魔物野菜について判明していることは多くない。ただ自らが美味しくなることにとても熱心で、同族に対して強い敵愾心を持っているのは確かだ。


 例えばジャガイモ。彼らはトマトや人参といった他の野菜とは仲良しなのだが……男爵芋とメークインをうっかり同じ箱に入れたら最後、土を土で洗うような戦争をおっ始める。

 どうやら野菜社会にも権力争い的なものがあるらしく、品種間でトップブランドの座の奪い合いをしているのではないかと推察される。謂わば前世のキノコとタケノコみたいな関係だな。

 なお、品種については前世を例に挙げただけなので適当である。なんなら伯爵芋とか公爵芋が存在していたとしても驚かないぞ、俺は。


「これは私が王都に住む知人から聞いた話になるのだが……奴は王都に現れるや否や"丸茹でしただけの未熟なお野菜を高級料理と称して客に提供し、法外な金額を請求する酒場"を襲撃。悪漢共を相手にちぎっては茹で、ちぎっては茹での大立ち回りを演じたらしい」


「どこぞのVTuberみたいな二つ名の癖して、やってることは私人逮捕系なのか……」


「その後は不当に扱われていた幼いお野菜たちを引き連れて、そのまま何処かへと行方を晦ませてしまったそうだ」


「あ、オチは笛吹き男なんだ。過程は粉吹き芋なのに」


 さて、ここから窺えるノスフェラポティトゥは、ダークな魂で人気の某タマネギ騎士をどことなく彷彿とさせる、ふっくらとした鎧姿だ。

 頭部はそのまま皮付きのジャガイモで、ティアラ型の兜を乗せている。少なくともポテトチップスの妖精とかではなさそうだが……女騎士? 女騎士なの?


 ちなみに件の酒場は、騒動の余波で脱税等の違法行為がぽてじゃが──もとい、ぽこじゃか発覚したとかで、関係者はまとめて"畑送り"になったらしい。

 犯罪者を労働力として活用する例は枚挙に暇がないが、一番辛いのが鉱山であるとは限らないのがこの世界の怖いところよ。


「結果として王都に蔓延る悪事が暴かれこそしたものの、相手はお野菜。何を考えているのかさっぱり分からん手合いだ。それがよりにもよって、このオギャレイに流れ着いていたとは……くっ、一体何が目的なんだ!?」


「オギャレイだからじゃねぇかなぁ」


 ……親株ってことは、要はママなのでは? 今のを聞くに、行く宛のない孤児野菜を連れてるって話だし、そりゃあ来るよ。だってオギャレイだもん。絶対相性良いじゃんね。孤児野菜ってなんだ……。

 何ならこの絶林の森が生産地で、単なる里帰りって可能性すらあるわ。いや、それだと里芋になるのか?


「ともあれ、そんなホクホクとした厄介事の匂いを漂わせる存在が、何でか知らんが森の魔物と対立しているわけだ」


「ああ、どうやら先ほどからオーガの群れと争っているようだが……妙だな」


 コンビニで買い物をしただけで疑いの目を向けてきそうな探偵口調で、ティアちゃんが訝しむ。


 オーガは筋肉質な肉体とたてがみにも似た体毛を持つ、デカい人型の魔物だ。

 頭部に角はなく、鬼っぽさはあまりない。下顎に凶悪な牙が生えており、そのせいかちょっと……いや、かなりシャクレてる。

 肌は薄汚れた錆色。肉食で粗暴だが知能は高く、賢いというよりも陰湿。そのため人里付近で姿を見ることは稀。

 雄一体につき雌が複数というライオンに近い一夫多妻制で、ひとつひとつの群れは小規模に留まる。──ただし他のオーガの雄を殺して群れを乗っ取ろうとする厄介な性癖もとい生態をしており、放置するとネームド発生の温床となるため非常に危険。

 単体の強さはさほどでもないものの、発見したら報告の義務が生じる程度には討伐優先度が高い魔物だ。


「名前が示すように、ノスフェラポティトゥはその圧倒的なまでの不死性が特徴のお芋さんだ。オニキス、これがどういう意味か分かるな?」


「つ、つまり……可能だっていうのか!? 連作が……!」


「もしかしたらそうかもしれないが、今はそういう話ではなく!」


「何だ違うのか……」


 俺は露骨に肩を落とした。現代人は定期的にポテチやフライドポテトをドカ食いしたくなる衝動に見舞われる生き物なので、転生者的にジャガイモのカーストはやや高めなのである。いやまあ、市場に行けば普通に売っているんだけどもね。

 だが不死ノ芋……名が体を表すとすれば、まさに食の永久機関。ロマンの塊だ。でも命名した奴は吸血鬼に土下座するべきだと思う。


「先の一件において、ノスフェラポティトゥはたとえ全身を乱切りにされ、強火でこんがり焼かれようとも一歩も引くことはなかったと聞く。──が、それにしてはたかがオーガ相手に随分と手間取っている様子じゃないか?」


「その言い方だと料理対決にしか聞こえないんだけど、大丈夫そ?」


 オーガも別に弱いってほどじゃないんだが……どうしても動植物系の魔物と比べると、人型の魔物は存在感で一歩劣りがちなんだよな。無課金っぽいっていうのかね……。


「でも確かに、さっきから防戦一方って感じだな。それにあのオーガ共、俺が知ってるオーガより一回り以上デカいっていうか……やけに血色が良いぞ」


 俺の記憶の中のオーガって、もっと小汚い魔物だった気がするんだけどな……。彼らは遠目にも分かるくらい、お肌も毛もツヤツヤしてやがる。後々素材にすることを考えたら、魔物が綺麗好きなのはむしろ歓迎すべきことではあるんだけども。


 相対するノスフェラポティトゥは華麗な剣捌きでオーガを圧倒しているにも関わらず、その場に留まりながら複数を同時に相手取るといった受け身の立ち回りを続けている。

 こういった状況では敵の数を減らすことから始めるべきだと思うんだが……それが出来ない理由でもあるんだろうか?


「そもそもあの連中、一体何が原因で争っているのだ? お互い捕食対象というわけでもなかろうに……」


 俺とティアちゃんが揃って首を傾げつつも観察を続けていると、木々に隠れるように迂回した一体のオーガがノスフェラポティトゥの背後を急襲──するのではなく。

 死角にある不自然に隆起した土へと忍び寄り……そこに生えている葉っぱを掴み、勢いよく引っこ抜いたではないか。


 ズボッ、と音を立ててオーガの手の内に収まったのは……やや発育の悪い、痩せこけた何かの苗木。


『……!? ~~~~!!』


『グヒッ! フゥーッ、フゥーッ……ジュルリ』


 イヤイヤと必死に藻掻き、魔の手を逃れようとする幼苗。絶体絶命の窮地を察知したノスフェラポティトゥが急ぎ駆けつけようとするも、囮役のオーガたちに邪魔され間に合わない。

 そこまで確認した上で、オーガは嗜虐的な笑みを浮かべつつ、見せつけるように舌舐めずりをして──もう辛抱たまらぬとばかりにその大口をパックリと開けた。


『~~! ~~~~!!』


 ……まるで恐怖に震える幼子を見捨てるような、いたたまれない気分になってくる光景だ。しかし野菜といえど所詮は魔物、わざわざ俺が助ける筋合いは………筋合いは……ヒャア! 我慢で出来ねぇ、乱入だ!


「どう見てもまだ収穫時期じゃないんだが!? 馬鹿野郎それは食に対する冒涜だろお前……!」


 そりゃピーマンとかオクラみたいに、葉の部分も食える野菜もあるけどな……! それならそれでマヨネーズ作って出直してこいや! 百歩譲って素材の味過激派だったとしても、せめて塩だろ!

 ソウルシャウトと共にうっかり飛び出した俺を見て、ビクッと驚いたオーガが剥き出しの牙で威嚇する。


『アァ──? オォン!?』


「お、やる気か? 俺はチート魔法の使い手だから、もちろんオーガ程度どうということはないが……チラッ。でもそれはそれとして、竜の威は平気で借りちゃう男だぞ? チラッチラッ」


「突然キレてオーガに喧嘩を売った後衛の男が、やたらとこっちを見てる……」


 こちとら死んでもフグ食を諦めなかった実績のある民族なんでね。食材を蔑ろにする奴は敵だよ敵。

 まあ後ろでティアちゃんが軽く引いてる予感がするので、強者の余裕ごっこは程々にして真面目にやろう。


「他のオーガとの違いが気になるし、取り敢えず生け捕りがいいかな?」


 オーガは肉体的に頑強であるものの、一部の薬や魔法──特に鎮静や睡眠の効果があるものにとことん弱い。つまり俺向きの相手だ。


「でも未だに慣れないんだよな、魔法を使う時の感覚って。──【睡眠魔法ASMR】」


『オ゛ッ……!?』


 この世界の魔法は体系化された技術じゃないため、覚え方も使い方も個人差が大きい。

 発動に強い集中が必要って人もいれば、オリジナルの技名を叫ぶとノリで使えるって変な奴もいたりと様々だ。

 俺の場合、魔法といえばコマンド選択式っていう前世の悪影響が逆にイメージの補強になっているっぽいんだよな。扱い易くて実に助かるのだが、何故か魔法を使う度にスマホの中身を他人に覗かれているかのような、得体の知れない不安に襲われるのがマジで嫌なんだ……。


 ともあれ俺の魔力を吸い、何かが抜け出るような感覚と共に放たれた淡い光が軌跡を描いてオーガの耳元へと命中。途端にオーガの瞳が虚ろに揺れる。


『それじゃあ今から〜、お母さんオーガの心音を再現しますね〜。赤ちゃんの頃を思い出しながら〜、安心してねむねむするがいいですよ〜……ドクン……ドクン……』


『グ、オォォォ──……スヤァ……』


「──フッ、またつまらぬ魔物を"分からせ"てしまった」


 食欲よりも睡眠欲に屈服したオーガが、手にした食材に対する若干の未練を浮かべつつも安らかに大地へと横たわる。……まあ寝てるだけなんですけどね! まともな攻撃魔法がないって、やっぱつれぇわ。


「……普通、魔法使いがオーガを眠らせるには何度も重ね掛けをする必要があったと思うのだが……。いや、それよりもオニキス。気の所為か、魔法と一緒に何か妙なものが見えたような……」


「ん? ああ……何か最近、魔法を使うと幻聴っぽいのが聞こえるんだよな。でも不調どころか、むしろ前より調子が良いくらいなんだけど」


「ええ……」


「それにティアちゃんにも聞こえるってことは、やっぱり病気とかじゃなさそうだな。実はこっそり妖精さんが手伝ってくれてたりして、ははは」


「そ、そういうものなのか……? まあドラゴンは自分の能力しか使わないし、私も魔法に詳しい方ではないからな……。ああいう魔法があってもおかしくはない……のか? いや、しかし流石に……」


 何やら腑に落ちない様子のティアちゃんだったが、こればかりはどうしようもない。

 ほら、俺ってチート転生者だし? 加護とかなんかそういう良い感じのアレがあったりしてもおかしくないっていうか? でもこの世界にはスキルも鑑定もステータスがオープンとかもない。だから俺もよく分かっていない自分の魔法を説明できないの……。


「まあ俺の魔法はさておき、どうやらオーガの狙いはここに隠れてる野菜みたいだな。ただ俺の認識だと、オーガって十割肉食の魔物の筈なんだが……」


 九死に一生を得た苗木ちゃんは慌てて土の中へと潜り……他の野菜と一緒にぴょこんと葉っぱを覗かせ、こちらの様子を伺っている。ピクミンかな?


「絶林の森は広大にして複雑怪奇だからな。その上で私の予想になってしまうが……このオーガたちは他の群れとの争いを有利にするために、肉以外の魔力源──つまり森に自生する天然無農薬お野菜に目をつけたのではないか?」


「なるほど……肉も喰らう、野菜も喰らう──両方に含まれる魔力をバランスよくを取り入れた偏りのない食生活が、オーガの平均を上回るこの肉体を作ったと」


「うむ。本来は完全肉食の魔物でありながら、菜食にも適応した実質的なオーガの上位種──よし、今よりこれらをオーガニックと呼ぶことにしよう!」


「新種っぽいからって勝手にキラキラした名前を付けるのはお止めなさい……」


 ウルブリンの時といい、一体何がそこまで彼女を掻き立てるんだ……。


 まあ何にせよ、これで双方の事情を何となく把握出来たな。

 話をまとめると、オーガ……ニック共の目的はノスフェラポティトゥの連れている野菜。狩猟と採取どちらに分類すべきか悩ましいが、要するに捕食だ。

 一方で数に劣るノスフェラポティトゥは負けこそしないものの、引率している野菜から一本の犠牲も出さないためには不利に身を置かざるを得ず、状況の打開力に欠ける……ってところだろう。


 オーガニックの包囲を突破し、慌ててこちらへ向かって来るノスフェラポティトゥ。彼女? は既に無数の切り傷によって薄皮が剥け、肌? の一部が露出し食べ頃と言っても遜色のない状態にある。

 これが薄い本なら、まさしく『孤立無援の女騎士、ならず者を相手に大ピンチ!』なシチュエーションだ。なお実際は野菜の皮剥きにしか見えない模様。


「──ってことでティアちゃん。事後承諾になって悪いけど、俺たちはこのままノスフェラポティトゥに味方するってことでいいかな?」


「このままオーガニックを放置するわけにもいかないし、私は構わない。それにサーモンクイーンの例もある。話が通じるのであれば、領都にとって有益なのは間違いなくお野菜の方だからな」


 サーモンクイーン、話通じるんだ……。領内で堂々と商売してるくらいだし、まあ当然っちゃ当然か。


「よし、そうと決まれば……上手いこと取り入って、あわよくば子株を分けて貰おうぜ!」


「加えて"親株"に恩を売ったとなれば、君の追放実績──と私の婚活ステータス(小声)もギルドの最高評価に近いものが──えっ、目当てはそっちなのか!?」


 ……そういやそんなのもあったな。現実を理解するのに忙しくてすっかり忘れてたわ。じゃ、高度な柔軟性を維持しつつ臨機応変にとか、まあそんな感じで。

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