第13話 何も知らないオニキスくん
「──ゲンチアナの古い貴族家に伝わる教えに『繁殖は一日にして成らず』っていうのがあるんだけどさ」
僕こと──Sランクパーティ【ディモカルプス】のリーダー、ロイ。祖国においては王女殿下の側近たるこの身は、パーティメンバーの一角であるキャロルに対してそのように言葉を作った。
場所は内密な話などによく使われる、ギルドの個室。別行動中のミュリエルを待つ間、暇潰しのための話題を振ってみた次第だ。
対面に座るキャロルは口元をげんなりとした表情に変え、ゴミを見るような蔑みの視線をこちらへと寄越した。
「……確かにアタシは天才で美少女なだけで、良いトコ生まれのアンタたちと違って孤児院の出身よ。でも少なくとも、最初にそれを言い出した奴が底なしのアホだってことくらいは理解出来るわ」
「ちなみにこれ、言ったのは初代竜王様って説が濃厚なんだけども……」
「そう──素晴らしく知性に溢れたお言葉ね、ええ」
「うーん、いっそ惚れ惚れするくらいの見事な手のひら返しだねえ」
「別にロイに惚れられたところで、毛先ほども嬉しくないのよね──ペッ!」
「す、凄くやさぐれている……」
手元のチキンにガジガジと噛みついたキャロルが、勢い余って砕いた骨を皿へと吐き出す。すかさずジョッキに持ち替えた彼女は、ぐびぐびとエールを喉に流し込むと空の器を机に叩きつけた。……流石にワイルドすぎないかい?
「だってハートアイズ公爵といえば、妾のひとりも許さない独占欲の塊で有名な方じゃない! あんなの相手にどう立ち回れっていうのよ……!」
ぐでーっと力なく机に突っ伏すキャロル。任務のために同意こそしたものの、やはりオニキスを出荷──もとい、追放した件が尾を引いている様子だ。
「現当主は、と付けるのを忘れないでくれたまえ。ご令嬢も同じ癖であるとは限らないし、あの家ばかりは個人差が大きすぎて先例は当てにならないよ。……ていうか、そんなに引き摺るくらいならさっさと告白すればよかったのに」
「あのね──アタシは王女殿下の"眼"であり"耳"なの。任務に私情を持ち込む気はないの。……この案件が終わったら報酬で殿下にお願いして、若夫婦冒険者諜報員として独立するつもりだったのよ……」
なるほど、どうやら彼女も似たようなことを考えていたらしい。なにせ他ならぬ僕、ロイ・ナイトネーブルもまた──この任務が終わったら、王国の至宝たる王女殿下の婚約者に名乗りを上げる心算なのだから。
「僕に言わせれば、君が悲観するにはまだ早いと思うんだけどね。……それはそれとして、自分が振られる可能性を一欠片も考慮しないあたりが、実にキャロルだなぁって感じだけど」
「は? アタシみたいな強くて可愛い美少女と暮らせるんだから、オニキスだって幸せに決まってるのよね」
「……君、王国の未婚ドラゴン女子と全く同じこと言ってるけど大丈夫かい?」
「失礼ね! アタシをあんな非モテ共と一緒にするんじゃないわよ! ……そもそも自分の恋人すらままならないってのに、何でアタシたちが行き遅れドラゴン共の婚活を世話しなきゃならないのよ。優先順位がおかしいでしょ」
「完全に同意するけど、そこに関してはお国柄としか言いようがないね。まさに『繁殖は一日にして成らず』って時代の名残さ。竜の繁殖活動は長期に渡るから、建国当時はとにかく生めよ増やせよってノリだったみたいだし。……まあ、国の庇護下にある竜って基本減らないから、増えたら増えたで今みたいな行き遅れドラゴンの社会問題に直面した訳だけど」
僕たちの最優先任務は、幼い竜などを狙う犯罪組織の調査。
ただそれとは別にもうひとつ。各地を巡るついでに優秀な冒険者を見つけたら、それとなく竜王国行きを誘導するよう強く申し付けられてもいるのだ。むしろ、本来はこっちがメインと言っても過言じゃない。
……何せ我が国のドラゴン女子は、それはもうびっくりするほどモテない。
否、これが欲深い権力者とか俗物相手であれば、むしろ引く手数多なのだけれど。
まあ、彼女たちにも多少の問題はある。何せドラゴンの考えるアピールポイントといえば、いかに自分が"すごく凄い"かと、財宝の豊かさが主だからね。
なので僕の知る限り竜と相性の良い人間は、往々にして『守ってあげたくなる』系の女性を好みがちだ。竜が身近な王国育ちの男性などは、特にこの傾向があるように思う。
昔は宝石を贈るために鉱脈ごと引っこ抜いて来たって話も聞くし、そんなの見せられたらそりゃあ引くさ。ドン引きだよ。
その点、実力こそが尊ばれる冒険者はひと味違う。
荒事に生きるからこそ日常に癒やしを求める者も多いけど、少なくとも強い女性に対して好意的な者が大半である。上澄みともなれば人品、才能の面から見ても期待値は高く、300歳前後の婚活ドラゴンにとっては狙い目の狩り場であると言っていい。
ドラゴンの多様化によって、今の時代は強さよりも相性重視だしね。単に実力が足りないだけならば、パーティを組んで自分好みに育てるという手もある。そのためのレンタルドラゴン制度の導入だ。あれはギルドが斡旋するお見合いみたいなものだから。
冒険者はドラゴンが同行することによって依頼中の安全が保証され、ドラゴンは相性の良いつがい探しに専念出来る。まさにウィンウィンの関係というやつさ。……もちろん冒険者側に意図は秘密だけど。
「ともあれ僕としても、オニキスには是非とも姉さんのお相手になって貰う予定だったから、公爵家に独占されるのは流石に困る。我が姉ながら、この機を逃すと向こう千年は行き遅れそうだからね」
「アンタねえ……帰国した時にしっぺ返し食らっても、アタシたちは助けないわよ?」
「ははは、僕ほどこの件に貢献している男もそうはいないさ。つい先日も、付き合いのあった優良冒険者をゲンチアナ送りに処したばかりだからね! 定期連絡と一緒にお礼の手紙が来たよ」
王国に住んでいるとつい忘れがちだけど、そもそも竜は人や動物に比べて圧倒的に数で劣る生き物だ。
竜の繁殖相手は人間に限る。この場合の人間っていうのは、エルフやドワーフを含む概ね人類って意味だね。
理由は単純。元々が同族で繁殖する機能を持たなかった影響なのか、恋愛対象にならないからだ。
我が家の姉ドラゴンに曰く、どうにも本能的に『きゅんきゅん』しないらしい。……自分の歳を考えて言いなよ、って指差して笑ったら拳で半殺しにされたけど。
それに竜を生んで増やすことが出来るのは、雌のドラゴンだけという事情もある。
これは単純に母体の都合だね。人間にもエルフにも、ドラゴンをお腹の中で育てられるような肉体的頑健さも、栄養消化能力も備わっていないのだから。
雌雄に分かれてこそいるものの、竜種の人口数増加に寄与出来るのは雌だけなのさ。
さて、ここで厄介になるのが、人と竜の生物的な格差となる。
その名もズバリ──『うわっ……人間くんの遺伝子、弱すぎ……?』問題だ。
馬鹿馬鹿しいようで、これが意外と深刻だったりする。
……悲しいことに、僕たち人類の貧弱な種では、絶対強者たるドラゴン女子の卵に到達するより先に力尽きてしまうのだ。
そして竜もまた長命種故に、繁殖力の低さという欠点を抱えている。そのため非常に子供が出来難い。
となれば、残された手段はただひとつ。
そう『繁殖は一日にして成らず』──全てはこの言葉に集約される。
つまりは諦めずに何度もイチャラブ交尾を繰り返し、数十年を掛けてつがい専用の繁殖ボディに環境適応するのさ……!
……正直自分でもどうかと思う力技だけど、まあドラゴンってそういう生き物だから仕方ない。
竜王国に一夫多妻の概念が存在するのは、繁殖に必要な長さ故に『一度に複数娶ればその分人口増えるね!』という建国当時の考え方によるもので。ある意味人間の貴族と根は同じなんだよね。
人間の寿命問題に関しては……まあ竜の体液って天然のエリクシルみたいなものだし? こういう要素も、他国がリスクを犯してでも幼竜を拐かそうとする理由なのだろう。
──これは余談だけど、強者ドラゴン男性の子胤は百発百中。高貴な血筋のお姫様は勿論のこと、身持ちの固いハイエルフ系女子だろうと一発で妊娠させる、驚異の受精率100%さ。
繁殖能力の高い彼らに制限はないため、
「だから姉さんにもキャロルにも、まだ芽はあると思うんだよね。僕の父も人間である母を迎え入れられたし。少なくともオニキスは婿入りしても間違いなく冒険者を続けるだろうから、パーティを組むチャンスは残っている筈だよ」
彼は僕みたいに"仕事"で冒険者になったタイプでも、よくいる"一発当てる"ために冒険者になったタイプでもないと思っている。
そりゃあ金銭的な欲はあったし、特に食事と風呂への執着は常軌を逸していたけど、あれは"冒険者をやるために"冒険者になった系の生き物だよ。
Sランクを目標とするのではなく、結果としてSランクになっている一種の変態──となればドラゴン受け間違いなしさ。友よ、王国の社会問題は君に任せた! 僕は殿下と幸せになってみせるよ!
「……まあ、確かにバジリスクを酒蒸しにして食べようとするアホはアイツ以外に見たことないけど──それはそれとして、アンタのキショい繁殖発言は全部王女殿下にチクるから。覚悟しておきなさい」
「ちょっと待ってくれないかな!?」
殿下を含む僕たち四人は、いわゆる幼馴染みの関係にある。
幼少期から側近となるべく教育を受けていた僕と、国外における目耳を担う諜報冒険者にスカウトされた、孤児院の天才魔法女児(当時)キャロル。そこに聖都から預けられた聖女候補生のミュリエルが加わった形だ。
なお、この場にいないミュリエルは聖都からの指示で布教活動に勤しんでいる。他国との宗教観の違いに驚いたけど、まあ弾圧される心配は皆無だから放って置いて問題ない。
なので彼女がその気になれば、本当に王女殿下の耳元で僕のあることないことを囁やけてしまうのだ……!
「そもそもアタシ、ロイが知らない女と交わした会話は逐一記録して提出するように──って殿下から仰せつかっているのよね。つまりは主命なのよね」
「初耳なんだけど!? え、僕ってそんなに信用されてなかったのかい!?」
「直々に殿下から剣まで賜っておきながら何を言っているのかしらね、この男は」
「いやまあ、それを言われると弱いんだけどさ……。でも今まで触れないでいたけど、これ魔剣の類じゃない?」
鞘はドス黒いオーラを放っているし、剣身は血を吸ったように赤いし、部屋にひとりで居ると視線のようなものを感じるし、宿に置きっぱなしだった筈なのに気が付けば手元にあるし、僕がハニトラを仕掛けられた時なんて、壁ぶち抜いて飛んで来たからね。
「忠誠心の高い剣でなによりじゃない。流石は殿下なのよね」
「これ、やっぱり何かやってるよね!? っていうか君、下手しなくても関わっているだろう!?」
「アタシの知ったことではないのよね。疑り深い男は嫌われるのよね」
「君が『なのよね』構文を使う時は、大体変なことを考えている時って相場が決まっているんだよ!」
「ロイは器の小さい男なのよね。オニキスだったら『ほな気の所為か』って言ってくれるに違いないのよね」
確かに凄く言いそうだけども……! あれは宝をつついて竜を出さないための、処世術の一種じゃないかな!?
「あのさ……この際だから訊いておきたいんだけど、キャロルはオニキスのどういう部分に惹かれたんだい?」
僕の問い掛けに、彼女の視線は一瞬だけ思案するように宙を彷徨い。
言った。
「……ちょっと目を離したらすぐ面倒事に巻き込まれるところ、かしら」
▼
──一方その頃、古巣でそのような会話が行われてるなど知る由もなく。オニキスこと俺は今、
『娯楽を寄越せー!』
『もっとリソースを回せ~』
『たいぐーかいぜんをよーきゅーしまーす』
『あわわわわわ……! ごめんなさい、ごめんなさい~!』
徒党を組んだメスガキの幻覚に、認知を迫られているのであった。
『幻覚じゃねーよ! 全部お前の魔法だよ!』
……いや、それはそれで怖くない?
※あとがき※
近況ノートにて、nima先生より許可をいただきましたレンリさんのキャラデザを公開中です。あまりにもメスガキッッッ! な素晴らしさですので、是非ご覧ください。
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