第14話 おいでよ絶林の森 そのいち

「何者だ!」


「冒険者です」


「ドラゴンか!?」


「連れはそうだけど、俺は普通に人間だよ。はいこれ、ギルドで貰った入場許可証」


「よし通れ!」


 領都を出て乗り合いワイバーン──馬車だとこの世の終わりかってくらい馬が怯える──で飛ぶこと数十分。そんな緩いんだか厳しいんだかよく分からん見張りの兵士さんとのやり取りを経て。


 訪れたるは、ゲンチアナでも有数の狩り場のひとつ。オギャレイは絶林の森。

 まずは森の入口付近を切り開いた広場にある管理棟へ行くように促された俺たちは、中にある受付で名前やら滞在日数やらをご丁寧に記帳させられていた。キャンプ場かな?


「日帰りの討伐か。パーティ名は無しとあるが、連れの嬢ちゃんは──って何だ、誰かと思えばオギャレイ支部のレンタルドラゴンじゃねえか。そうか、前の冒険者も駄目だったのか……」


 受付に仁王立ちしてテキパキと冒険者を捌くおっさんが、幾つかの諸注意と助言を送ってくれる。それもどうやら、ギルドぐるみで行われているドラゴン共の怪しいお仕事に理解のある人物らしい。


「勘違いしないで欲しいのだが! 私は安易な選択に妥協する気がないだけであって、べっ別にパーティに誘われないとか……とにかくそういうアレではないのだが!?」


「あの制度に加入するようなドラゴンは皆そう言うんだ。俺の本来の職場は領都のギルドだから、嬢ちゃんのことも何度か見掛けたことがあるんだよ。……まあなんにせよ、森に入るのは構わないが地形を変えるのだけは本気で止めてくれ、頼むから」


「心配のスケールが天変地異のそれなんよ」


「……最悪の場合、生態系の調査からやり直しになるからな。こっちも必死なんだ。──で、兄ちゃんの方はこの辺じゃ見ない顔だが、絶林の森に入るのは初めてか? 俺はボールドってんだ、よろしくな! 今日はこんなところで受付の真似事なんぞしちゃいるが、普段は領都の冒険者ギルドで魔物の解体や素材の鑑定なんかがメインだな」


 ボールドはつるりと輝く禿頭に、鍛え上げられた立派な筋肉が目立つ中年の大男といった風貌だ。外観に反して相手に威圧感を与えない人当たりの良さもさることながら、手慣れた様子で冒険者の相手をする姿には如何にもなベテランの風格がある。

 眩しいくらいに──頭部の話ではなく──快活な笑みで差し出しされた彼の手を、ガッと掴んで力強い握手を交わす。


「最近追放されてこっちに来たばかりのオニキスです。俺は解体技術とか一切ないから、その時は是非ともよろしく」


「おっ、分かってるじゃねぇか! そうそう、こういうのは専門家に任せるのが一番なんだ。まあ兎の一匹くらいは捌けた方がいいとは俺も思うが……手間賃ケチるために解体を覚える暇があるなら、その時間使って少しでも腕を上げろって話よ!」


 俺は前世も今も、スケベであっても別にマタギとかではないのでね。ギルドの解体所にお世話になる機会は多いのだ。腕の良さそうな職人さんとはなるべく仲良くしておきたい。

 古巣でもSランクパーティ様が率先して狩るような魔物は、解体に専門的な技術や道具を必要とするパターンが多かったしな。皆ギルドに丸投げしてたよ。


 ……これで実はピカピカの新人さんとかだったりしたら、逆にちょっと面白いな。いや、頭部の話ではなくてね。


「何だか妙な視線を感じるが……まあいいか。ともあれ追放枠ってことは、今日の目的はランクの査定か? "ドラゴン付き"なら早々にくたばる心配はないだろうが、浅い部分でも変な魔物は結構出るから気を付けておくこった。手持ちの水と食料に不安があるなら、隣で商業ギルドが売店やってるから買い足すといいぞ。割高だけどな、ガハハ!」


 荷物ってなるとどうしても水は嵩張るし、いわゆるアイテムボックス的な手段を持たない冒険者向けの需要なんだろうな。

 でも鮮度が命の内臓モツなんかは相場よりも高く買い取ってくれるらしく、一概にアコギな商売をしているとも言えないようだ。


 ボールドに礼を言い、広場を観察しながらティアちゃんと一緒に森へと向かう。

 見れば冒険者や素材目当ての商人に留まらず、吟遊詩人っぽいのもチラホラいる。総じて中々の賑わいだ。

 印象としては、狩りゲーの集会所に近い。こういうの好き。

 

「……さてはこの管理棟、中身はギルドの合同出張所か何かだな?」


「ここで申告した期間を越えてなお戻らなかった場合、冒険者ギルドの名義で捜索クエストが出るのだ。浅瀬で迷った程度なら、数日を凌げば救助の目は十分にあるからな。仮にうっかり全滅していたとしても、入場記録があれば遺品からパーティを特定出来るかもしれないし」


「思ったよりもヘビーな理由だったわ」


 自己責任が基本な冒険者の世界において、ティアちゃんの言う仕組みは大変に人道的であるものの。それはそれとして、転生チートのない冒険者もとい種族人間のなんと儚いことか……。


「──無論、この私というとても頼りになるつよつよ美人なドラゴンお姉さんが一緒である以上、そのような事態に陥ることなど万に一つも有り得ないわけだが。フフン、何せ私はこれまで同行した冒険者を全員無傷のまま連れ帰ったという、確固たる実績があるのだからな!」


 ドヤ顔でそういうフラグ建てるの、不安になるからマジで勘弁してくれねぇかなぁ……。





 さて、公式に追放を認められたその足でこんな場所までやって来たのには、ちゃんとした理由がある。

 いやまあ、異世界でチート持ち冒険者になったからには、攻略! お宝! 飯! っていうゲーム脳的な好奇心が騒ぐのも事実なのだけれども。今回の趣旨はそういうのではなく。

 ……どうせならその手のイベントは、レンリさんとも一緒に楽しみたいからな。でもドラゴン女子が喜びそうなデートスポットってどんなだ? メスガキといえばナイトプールなんだが……。


 話を戻すと、本日を以てオニキスくんは目出度くBランク冒険者となったものの……面倒なことに、その頭には"暫定”の二文字が付随する。

 要は『本当に追放ざまぁが出来るだけの実力をお持ちなのかい、メーン?』ってことだな。

 舐められているとかではなく、これもまた不正防止、安全対策の一環だ。現在のオニキスくんはいわば仮免期間中なのである。


 まあやることは自体は単純だ。

 魔物の討伐か、ギルドへの貢献。

 いくらなんでも追放直後の魔法職相手に『お前ちょっと魔境に行って、いい感じの魔物転がして来いよ!』とか、チート持ちの転生者でもなければ普通に死ねる。

 だもんで、商隊の護衛とか貴族のクソガキ様の家庭教師なんかが無難オブ無難だったりするのだが……シンプルに面倒臭いんよな。

 いっそのこと公爵家に依頼を出して貰って、令嬢の護衛と称してレンリさんとゴロゴロしてればワンチャンいけんじゃねえかなと思わなくもないが、バチクソに叱られる予感しかない。


 そんなわけでチート持ちのオニキスくんは、手っ取り早く魔物の討伐で済ませることにしたってわけよ。

 Bランク以上の適当な魔物を魔法チートでコロコロして持ち帰る──以上。多分これが一番早いと思います。


 アンジュさんが俺にティアちゃんを勧めて来たのも、単なる追放特典やガイド役というだけでなく、試験官的な意味合いも含んでいるのだろう。多分断っても何かしらの理由を添えて同行させたのではなかろうか。


 なんて風に俺は考えていたのだが──そんな当のレンタルドラゴンお姉さんは、森の中で出会った熊さんを足蹴にしている真っ最中であった。


 ──事の起こりはほんの数秒前。芝生のような毛皮の不気味な熊が、木々の合間を縫って凄まじい速度で突っ込んで来たのだ。


『ハチミツクダサ──イ!!』


「キェェェェェェアァァァァァァシャァベッタァァァァァァァ!!!」


「オニキス、まともに相手をするな。それは単なる鳴き声だ」


「ええ……?」


 俺が死角からの襲撃に対処するよりも先──小型のダンプカーを思わせる勢いの突進を足裏で雑に受け止めたティアちゃんが、未知の魔物を解説してくれる。


「この魔物はギブミーベアといって、獲物を模した鳴き声で油断を誘う狡猾な森のハンターだ。臆病な性格ゆえ、普段は巣穴に隠れていることが多いのだが……時折このように、人間の持ち物を目当てに商人や冒険者を襲うことがある」


『ヤクメデショッ!』


「あまりにも悪意に満ちた生態……!」


 もう魔族の類だろそれは。いや、この世界に魔族が居るのかは知らんけども。

 あとハンターっていうか、どちらかと言えばふんたーの方だと思うぞ……。


 自身を軽々と受け止めたティアちゃんを前に、喧嘩を売ってはいけない相手であることを悟り慌てて逃走を試みるゆうた……もとい、ギブミーベア。

 しかし高い腰の位置からムッチリと伸びた彼女の長い脚が、容赦なくその頭を踏み付ける。


『リ、リューハワナキカナイ!?』


「ギブミーベアはBランク帯の魔物として扱われこそするが、ゲンチアナでは害獣指定を受けている。すまないが、逃げられる前にこのまま私が仕留めさせて貰う。──はぁっ!」


 鋭い声と共に、軽やかにギブミーベアの首裏へと飛び乗るティアちゃん。すると彼女ははち切れんばかりの見事な太ももで側頭部を挟み込み──そのまま天へと向かって宙返りを放った。

 

「フランケンシュタイナー!?」


 しかも背面リバース


 それはまさしく、竜が空を舞うかの如く。悠々と数メートルの高さを一回転させられた魔物の巨体は、重力の奴隷となって墜星の如く大地へ沈む。体幹が強いとか、もうそんな次元の話じゃないな……。


「──終わりだ」


『メ、メープルシロップ……チョウ、ダイ……』


 ダメ押しとばかりに首元へ圧力を掛け、小枝のようにポキリとへし折るティアちゃん。木々のざわめきの中を致命的な音色が通り過ぎ、ギブミーベアの力ない断末魔が蒼穹へと溶けて消えた。


「……クレクレのグレードが高い分、厚かましさはこっちの方が上な気もするな」


 いや、具体的に誰と比べてってわけじゃないんだけどもね? まあ秘薬も大概か。


 しかし最期まで太ももに挟まれながら逝くとは、なんとも天晴な熊公である。これが種族人間だったら、宙返りの時点で首から上がポポポポーン! ってすっぽ抜けて小文字の『i』みたいになってるところだ。


 話を聞くにとんでもなく邪悪な魔物のようだが、この大きさだ。肉や肝はもちろんのこと、毛皮の使い道を考えるだけでもワクワクしちゃうぞ。

 一種の迷彩色なのか、ギブミーベアの毛皮は鮮やかな芝生色。ラグマットにすれば、芝生の上で寝転がるやれやれ系主人公ごっこが出来るかもしれん。あれ実際に真似すると、土は付くわ虫は居るわチクチクして地味に痛いわで不快指数半端ないんだよな……。

 素材の旨味を加味すれば、害獣呼ばわりは些か過剰であるように思えるが……実は食えないとかいうオチだったりするのか? 


 俺そんな感想を抱いていると、何故か徒労感を背負った表情のティアちゃんが物言わぬ素材と化した熊さんの首根っこを掴んでズルズルと……ってあれ?


「なあティアちゃん、質問いいかな。……ギブミーベアの死体、どこに行った?」


「……ギブミーベアは『森の悪熊あくま』の異名を持つ魔物で、三つの命数を持っているんだ。奴らは命のストックが尽きない限り、安全な巣穴の中ですぐに復活する」


「まさかの残機制。いやでも考えようによっては……」


 一匹で三度美味しい……ってコト!?


「ざん……? 何を考えているかは想像付くが……見ての通り、命数の残る個体を何度倒したところで死体はおろか、毛先のひとつすら残すことはない。故に肉や毛皮が手に入るのも、討伐実績として数えられるのも、運良くラストストックに遭遇するか巣穴を見つけた時だけなんだ……」


 なるほど、それは確かに議論の余地なく害獣だわ。ドロップアイテムのひとつもないとは、マナーのなっていない魔物もいたもんである。

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