第15話 おいでよ絶林の森 そのに
何の成果も得られぬ悲しき戦い。人それを徒労と呼ぶものの、思いの外ティアちゃんはポジティブに受け止めた。どうやら自身の良い引き立て役になったと考えているらしい。
「強さよりも悪辣さに偏ってこそいるものの、あれでもBランク評価の魔物だ。即ち──これで私が腕っぷししか能の無い田舎ドラゴンなどではなく、優雅で可憐な都会派モテカワスタイルの今すぐお嫁さんにしたいレンタルドラゴンお姉さんランキング第一位(自分調べ)に相応しい女であることが、人間のオニキスにもよくよく理解が及んだことだろう」
「過剰装飾のせいで話が頭に入って来ないんだよな……。優雅さについては諸説あるとして、まあ見応えは抜群だったと思うぞ」
興行的な意味で。
「おっと、みなまで言うな。この通り、今は君たちと同じ人の姿だからな。竜たる私の本気がこの程度と思われてしまうのは、流石に困る。……それともまさか、君も愚弟と同じく『今はいわゆる守ってあげたくなるタイプの、文系草食ドラゴン女子の時代だよ』──などという戯言をほざく口か? ん?」
「会話のキャッチボールをしろよ……!」
自己主張する時だけ急に早口になるなぁ、このレンタルお姉さん……。あ、そういやドラゴンだったわ。
別に忘れてたわけじゃないんだけどな。高めに結ったボリューム豊かな髪と同じく、金ピカに輝く篭手と脚甲──よりもホットパンツの中で窮屈そうにしている太もも様の方が、明らかに活躍してたから……。
「この国の竜って人型がデフォだし、特に必要に迫られることもなかったから今までスルーしてたけど……そもそもティアちゃんって一体どこの何ドラゴンさんなの?」
「こ、こらっ! いきなり初
「自分の個体名なのに!?」
顔を真っ赤にしてぷんすかと抗議の声を上げるティアちゃん。おかしい……俺は味方の種族値を確認しようとしただけなのに、何故かスリーサイズを詮索するノンデリの如き扱いを受けている……。
レンリさんもミコっさんも、なんなら訊いてもないのに向こうから教えて来た気がするんだけどな。
そういやジルも鎧竜から先は嫌がってたし、今どきの竜ってキラキラネームが多かったりするのかね?
「そ、そんなことよりもだ! ほら、あちらの茂みに魔物が潜んでいるぞ!」
「そんな露骨な話題逸らしに釣られ──ってマジで何か居るクマね」
「ギブミーベアではないと思うが……先程は咄嗟に私が倒してしまったし、今度は君の手並みを拝見するとしようか。私に指示はあるか?」
「ならティアちゃんはひとまず様子見で。数が多い時は前衛よろしく」
ここらで俺も無双して、流石オニキス──略して"さすオニ"と洒落込みたいからな。レンリさんに言えばそれこそ無限に甘やかしてくれそうな気もするが、それはそれとしてチヤホヤされてえんだ……。
とはいえ、初めて踏み入った場所なので警戒は入念かつ慎重に。まあ森に入ったばかりのこんな場所でBランク相当の魔物に遭遇する──なんてのが続くとなれば、最早引きの良さを通り越して事故だろうが。
流石にさっきの熊公はイレギュラーであるとして、踏み慣らされた浅瀬で出てくるのなんて精々ウルフかゴブリンあたりが関の山だろう。
かといって油断はしない。何せ熊ですらアレだったからな……。はてさて、ウルフが出るかそれともゴブか──、
『ウルッ、ウルルァ……ウルブァリ──ン!!』
「だからって、そうはならんやろ!?」
イロモノは二度刺す。
冒涜的な雄叫びと共に現れたのは、ウルフのようなゴブリンのような……何だ、この……なに……?
可能な限り無難な表現を絞り出そうと必死に言葉を探す俺を他所に、絶林の森有識者であるティアペディアちゃんが空気を読まずに語り始めた。
「ウルフそっくりの濃い体毛に鋭い爪、しかし姿形はゴブリンそのもの……このタイプは私も初めて見るが、ほぼ間違いなくゴブリンの特異個体だな。ふむ──差し詰め、ウルブリンと言ったところか」
「名前はともかくとして! ……つ、つまりアレか? 何らかの要因でウルフとゴブリンの力関係が逆転して、最終的にゴブリン主体でウルフに子供を産ませちゃったと」
「そう考えるのが妥当だろう。しかし言うのは容易いが、実際にゴブリンがウルフに勝つ姿というのは、どうにも想像するのが難しいな……」
「まあパワーもスピードも、なんなら知能に関しても余裕でウルフに軍配が上がるよな」
敢えてゴブの強みを挙げるとすれば、道具を使うって点だが……それを込みでもチワワの方がよっぽど賢いと思うぞ、俺は。
繁殖力だけは目を見張るものがあるものの、集団で家畜を襲う知性を持ちながら、その家畜が自分より強いことを勘定に入れない程度にはアホだからな、この世界のゴブって。
いやまあ、どちらかといえば動植物ベースの魔物が強すぎるだけな気もするが……アンジュさんが言う通り、まさに中途半端な知能なのだ。
「個体としてゴブリンが進化すること自体はそう珍しくもない。しかしウルフとゴブリンの実力差が明確な分、このパターンは非常にレアだ。もしかすると、冒険者ギルドも把握していない新種かもしれない。その場合、Bランクの実績としては十分過ぎるほどの案件であるように思うが……捕獲してみるか?」
『ウルブァリィィィン……!』
俺たちが攻撃して来ないのを見て、己が優位に立っているとでも考えたのか。舐め腐った表情の仮称ウルブリンが、鉤爪の生えた両腕をクロスしてこちらを威嚇する。
…………。
……。
ふと、レンリさんが四苦八苦していたギルドの過去問を思い出す。
問1:下等な魔物が身の程知らずにも敵意を向けて来た場合、根絶やしにしてもよい。
◯か✕か。
「──よし、こいつは今すぐ絶滅させよう」
答えは◯だ。
なーにがウルブリンじゃい! こんな危険生物、俺が一匹残らずこの世界から駆逐してやる……!
▼
いやぁ、ウルブリンは強敵でしたね……。
諸々を一行で済ませた俺は、変わらずティアちゃんを伴い散策を続行なう。
「私もゴブリンは好かない──そもそも好きな者はいないと思うが、調査のために死体のひとつくらいは持ち帰ってもよかったのではないか?」
「いいんだよ、あれは存在すること自体が世界に喧嘩を売ってる生き物なんだから。……ゴブリンからもウルフからも孤立してたのは幸いだったな」
おかげで繁殖した様子もなく、森を虱潰しにする手間が省けた。なんていうか、ちょっと引くほど弱かったからな……。
脚はウルフに近い形状をしていたものの、骨格がゴブリンなせいで二足歩行に縛られていたし、爪が邪魔になって手先も上手く扱えていない様子だったな。これならリーチの分だけ棍棒の方がマシというか、むしろ通常のゴブリンよりも弱体化してないか……?
耐性も皆無だったし、魔法で動けなくしてからナイフで〆て一丁上がりってなもんよ。
まあ精神的な負荷って意味では、非常に恐ろしい魔物であったのは事実だけども……。
おまけにただ珍しいだけで、素材としての価値は皆無と来た。所謂、捨てるところしかない魔物ってやつだ。うーん、シンプルにゴミ。
あくまで体毛が濃いだけであって毛皮になるレベルじゃないし、ゴブリンを食うなんぞ論外である。そもそもウルフの肉からして、筋張ってて美味くはないしな……。
ボールドのおっさんが『強い』じゃなくて『変な』魔物が多いって言い方したのはこういう意味だったか……。
次に遭遇するのはせめてまともな魔物であれと心の底から願っていると──微かにはであるが、森の奥から剣戟の調べが俺たちの耳に届いた。こう、キンキンキンキン! って感じのやつ。
「オニキス、どうやら近くに戦闘中のパーティがいるようだ。このまま通り過ぎるか、それとも迂回するか……どちらを選ぶ?」
「いや、念の為様子だけ確認しておこう」
「私は構わないが……こういうのは後々トラブルの種になったりするのではないか?」
「そりゃ横殴りはマナー違反だけどな。武器のぶつかり合いってことは、人間同士が争ってる可能性もあるだろ。盗賊とか……後は密猟者的な」
まあこんなけったいな森を根城に出来るような盗賊なら、今すぐにでも冒険者に転職した方がよっぽど稼げるだろうけど。ああいや、都市に入れない犯罪者って可能性もあるか。
懸念があるとすれば密猟者……否、正確には人身売買系の連中だな。
レンリさんを攫った連中は公爵が炭にしちゃったって話だし、オークション会場にいた連中は俺がもれなく感度3000倍漬けにしておいたからいいとして……。規模にもよるが、似たような下請け組織が他にないとも限らない。
「確かに……森への入口は幾つもあるが、周辺を囲ってあるわけでも、見張りを置いているわけでもないからな。道が開拓されていないというだけで、入ろうと思えば何処からでも森に入れるのが実情だ」
「……つまり言い換えると、人化すればギルドに無許可のドラゴンも入り放題と」
「と、時には
実は暗黙の了解になってたりするのか? もしかしたら領都──というか公爵の方も、変に荒らさなければ目を瞑るよってスタンスなのかもしれない。なんせご本人様がドラゴンだし。
気の抜けた会話をしつつも、シリアス顔を崩さず激突音が聞こえる方向を二人で目指すと、次第に開けた場所へと辿り着く。俺たちは木々に隠れるようにして、こっそりと様子を伺うとそこには──、
「こ、今度はジャガイモがオーガの群れを相手に無双してるぅ──!?」
もうヤダこの森、風邪引いた時に視る悪夢の類だろこれ……。
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