第12話 レンタルドラゴンお姉さん

「──説明は以上となります。折角ですし、何か依頼を受けて行かれますか?」


「そうですね……この近辺の主要な狩り場について教えて貰っても?」


 頷いたアンジュさんがカウンターに地図を広げ、順繰りに示していく。


「承知しました。まず──賢い魔物は大体ドラゴンにビビっているので、基本的に領都には寄り付きません。代わりにスライムの楽園と化しています」


「でしょうね」


「なので郊外へ向かうにつれて、ゴブリンのような中途半端に知能を持った魔物が住み着く傾向があります。周囲に強力な魔物が少ない分、縄張り争いが起きにくいのでしょう」


 竜の威を借るゴブ。定期的に間引きを行う必要はあるものの、所詮は何の変哲もないただのゴブリン。新人向けの仕事だ。

 スライムは益虫……益魔物……むしろ液魔物? とにかく無害かつ有益なのでヨシ!


「この大きな川は?」


「そこはサーモンクイーンの縄張りですね。そこらの水竜よりも余程強いですよ」


「いやサーモンクイーンて」


 しかも下手なドラゴンよりも強いのかよ。


「まあ彼女は自分の卵のことにしか興味がないので、川辺の魔物や魚を狩ること自体に問題はありません。ただ襲って来た男性冒険者を全員パパにしたという逸話がありますので、敵対はお勧めしません」


「先に手を出した方が悪いにしても、近所にそんな化け物を野放しにすんなよ……」


「積極的に人を襲う訳でもないので、無害と言えば無害ですから。それに彼女、商業ギルドの上役と繋がっているからデメリットの方が多いんですよ。毎年時期になると魚卵を売りに来るんです」


「汚いな、流石商業ギルド汚い……」


 素材を高く売りたい冒険者ギルドと、安く買い叩きたい商業ギルド。両者の関係はバチバチであった。

 つーか卵にしか興味ないって商品価値そっちの意味かよ。怖いから近付かんとこ。

 でも公爵家っていう味噌と醤油のツテが手に入っただけに、新鮮な魚はマジで魅力的なんだよな……。仮に新鮮な鮭を手に入れるにはクイーンのお子さんを誘拐するしかないのであれば、レンリさんに守って貰うことも辞さないぞ、俺は。


「少し話が逸れましたね。ともあれオギャレイで最も魅力的な狩り場となると、やはり領都周辺に広がる【絶林の森】でしょう。この森は常に領都中のドラゴンの影響に晒されているため、真夏に吹雪が発生したりと生態系が乱れに乱れておりますが……。その分、特異個体やレアな魔物も多く大変旨味のある場所なのです」


「結局のところ林なのか森なのか……いやまあ森林か」


 ダンジョン都市や鉱山都市など、他国や他領からもを目当てに人が訪れるような、いわゆる都市の名物。それがオギャレイにおける絶林の森なのだろう。


「森への侵入は厳しく管理されており、特にドラゴンは必ず人間の方と一緒に入ることが義務付けられています。──なので薬草と一緒に地殻をぶっこ抜くバカドラや、魔物と一緒に森を火の海に変えるドラカスによる環境破壊の心配もありません。なんと素晴らしいことでしょう」


「つまり前にあったんですね」


 これはレンリさんが一緒に来れなかった理由の、残り半分にも繋がっている。

 なんでも王国ではアンジュさんが言ったように、加減を知らないドラゴンが色々とやらかしたせいでギルドに出禁を食らった時期があるらしい。


 結果今ではドラゴンが人間さんと一緒に冒険者ごっこをするためには、ギルドの試験に合格する必要があるらしく……。貴族パワーで捩じ込もうとした結果、マジ叱られたレンリさんは泣く泣く机に向かってお勉強中なのだ。

 試験は月に一度。チラッと過去問を拝見した限り、試験内容も魔物や探索の知識問題というよりかは、


 問1:下等な魔物が身の程知らずにも敵意を向けて来た場合、根絶やしにしてもよい。

 ◯か✕か。

 

 ……みたいな頭ドラゴン極まる設問が大半を占めていたため、どちらかといえば下等生物寄りの種族人間である俺に教えられそうなことは何も無い。


「何にせよ、ソロで潜るには中々に危険そうだな……。俺の場合は未知の場所だし、やっぱり誰か土地勘のある前衛を雇うべきかな、これは」


「──ここで追放されたばかりのオニキス様に朗報が。なんと今なら代金は冒険者ギルド持ちで、レンタルドラゴンお姉さんのご紹介が可能です」


「れ、レンタルドラゴンお姉さん!?」


 レンタルドラゴンお姉さん……?





「では候補者をお連れしますので、こちらの部屋でごゆるりとお待ち下さい」


 レンタルドラゴンお姉さん──それは王国政府と冒険者ギルドが提携した、冒険者向けのパーティ婚活マッチングサービスだ。


 ──冒険者となった皆様は、このような経験をしたことはありませんか?


 とある新人冒険者『初めて討伐依頼を受けたけど、勝てない相手だったらどうしよう……』


 とある中堅冒険者『なんてこった! 依頼の期限が間近だってのに、ジョニーの奴がヘマして入院だって!? 前衛不足でどうしろってんだ、冗談はベッドの上だけにしてくれ!』


 とあるソロ冒険者『このダンジョンの攻略には複数人による対策が必須……しかしSランクであるこの俺に付いて来れる者など、そう簡単には見つかるまい。やれやれ、困ったものだ』


 そんな貴方に、冒険者ギルドはレンタルドラゴンお姉さんをご提案いたします!

 万が一の保険に、欠員の穴埋めに、井の中の蛙に。

 レンタルドラゴンお姉さんは全ての状況に対応が可能です!

 

 ──でもドラゴンって人を選ぶし、気性難なんでしょう?


 ご安心下さい! 我々冒険者ギルドは事前にいただいたアンケート結果を元に、王国全土の登録者ドラゴンの中から貴方に最適なお相手をご紹介しております! ※マッチング結果には個人差があります。

 

 国内登録者数最多!

 大陸最大戦力保証!

 パーティつがいの成立実績多数!

 なんと今なら、初回利用費は無料!

 女性の冒険者向けに、レンタルドラゴンお兄さんも取り揃えております!


 ではここからは、利用者から届いた喜びの声を──、


 …………。

 ……。


 渡されたパンフレットを一通り読み終えた俺はゆっくりと天を仰ぎ、そっと両の瞳を閉じ──そして力の限りツッコんだ。


「あの胡散臭い広告の出どころはこの国かよ!!」 


 追放制度の時にも見かけたアレである。


 ……顔合わせのためにと個室へ通された俺は今、上等なソファーなんぞに座らされていた。

 室内の照明は妙に薄暗く、壁際に設置された魔道具からは何故かパリピが聞くようなアップテンポの音楽がズンドコ響く。

 魔道具っつーか、要は音楽プレイヤーだな。音ってのは空気の振動だから、風属性の魔石を使ってなんやかんやすれば出来上がりだ。


 俺が場違いな魔道具の原理に思考を逃避させて過ごしていると、扉からノックの音。

 ガチャリと、


「ご指名ありがとうございま~す! 本日のお相手をさせていただく、レンタルドラゴンお姉さんのティアで~す☆」


 金髪のギャル? のような何かであった。

 喉から絞り出したかのような高音域のアニメ声に、露骨なまでの乳袋。彼女はやたらと爆乳を強調しながら、俺の隣にドカッと勢いよく腰掛ける。……にしては全く揺れる様子がなかったが、体幹が強いのだろうか。


「お隣失礼しま~す☆ 実は前からぁ、冒険者さんのお仕事に興味があってぇ~……ん゛ん゛っ゛!」


「今何か汚い声出なかった?」


「え、え~? なにそれティアわかんなーい☆ と、とにかく絶林の森への同伴を入れてくれたら、ティアすっごく嬉しいな~☆ ……ってうん?」


 一瞬で挙動不審に陥ったレンタルドラゴンお姉さんが、プルプルと震える指先をこちらに向けて呟いた。

 

「オ、オニキス……?」


「そうだけど……。でも何で俺の名前──」


「くっ、拙い……! や、ヤだな~☆ そんなのギルドにプロフィール見せて貰ったからに決まってるじゃ~ん☆ じゃなきゃ要望通りのマッチングなんて出来ないでしょー?」


 それもそうか……って俺の個人情報もう流出したんかい!

 まあでも今は、そんな事はどうでもいいんだ。重要な事じゃない。

 

「それで、ティアさんだっけ? 依頼の話をする前に、ひとつだけ気になることがあるんだけどさ」


「ん~? なになに~☆」


「君、メスガキとはちょっと違くない……?」


 彼女はドラゴンらしく顔が良くて、ドラゴンらしく容姿も若々しい。──ただその身長は俺よりも高く、尻はどっしりとした安産型で、何よりその太腿は説明不要なまでにデカくてむっちむちであった……。

 あと、口調がイマドキの若者感を出そうとして逆に不自然になってるし、声に至っては何かもう凄く辛そう。

 俺がそのことを指摘すると、


「はぁ~!? 何も違わないが!? ドラゴンにとっては160歳程度、まだ幼い少女と変わらないんだが!?」


「はい出た、ドラゴンお得意のいつものやつ。正体見たりって感じだな……!」


 四捨五入すると200歳になるドラゴン女子が、ハリボテの声と口調を投げ捨てて俺へと食って掛かる。


「いいだろ別に、私が少女を名乗ったって! 第一、それならレンリお嬢様はどうなんだ。仮にあの方が見た目通りのお子様であるのなら、君が住むべきは牢の中というべきになるのだが?」


「ぐぬぬ、確かにそこを突かれると弱いな……」


「ふふん。そうだろう、そうだろう」


「ああ──曰く、神は細部に宿ると言う。ならばメスガキもまた同じ──つ姿形に囚われず、心に秘めたメスガキ性を見誤るなと。つまりそういうことか」


「え゛っ……いや、別に私そこまでは言ってない──」


「ん? やはり御年160歳のドラゴン女子はメスガキではない……?」


「いや、全然メスガキだが? 『0』を一つ滅ぼすだけで人間換算16歳の、育ち盛りのメスガキなんだが? 理解したな? しろ」


「お、おう。ほなメスガキか……」


「よって以後、私のことは"ティアちゃん"と呼ぶように。いいか──純潔の女騎士を手中に収めた悪徳領主が獲物を前に舌舐めずりするように、粘度高めで親しみを込めてだぞ……!」


「やたらと注文が細かい上に、シチュエーションが薄汚いのは何なの?」


 ティアちゃん(ねっとりボイス)は俺の疑問をそのまま無視した。


「それに君は前衛を求めているそうじゃないか。私は知っての通り騎士──じゃなかった、見ての通り近接職だから、すごく凄いぞ!」


「ちなみに剣とかはお持ちでないようですが、具体的な戦闘方法は?」


「ドラゴンパンチとドラゴンキック……!」


「トンファーかよ」


 いや、トンファーすら持ってなかったわ。頭ドラゴンがよ……。

 俺の中から急速に期待値が下がって行くのを察したか、彼女は慌てて持ち技を追加した。


「も、勿論ドラゴンスープレックスにドラゴンスクリュー、ドラゴンツイストだって使えるぞ!」


 ……成る程、確かにさっきよりかは正しくドラゴンが使われている。でも最後のはコブラじゃねーか!


「──はい、お疲れ様でした。結果はギルドを通してお伝えしますので、本日の面談はここまでということで……」


「待て、話は最後まで聞け!誰も素手とは言っていないだろう!? ほら見ろ、私くらいになれば、こんな風に篭手や脚甲だって作れちゃうんだぞ。凄く格好いいんだぞ。……な? それに私と君の仲じゃないか。だ、だからどうか──どうかチェンジだけは~!」


「いやどんな仲だよ──ってああもう分かった、分かったから! 一緒に連れて行くから!」


 そういうことになった。


 いやまあ、俺も書けって言われたから書いただけで、この際仕事さえしてくれれば何でもいいんだけどさ。

 何だか篭手に見覚えがある気がするけど──まあ、単によくある王国風のデザインってだけかな。


 ……あれ? でも何でティアちゃんが俺とレンリさんの関係を知ってんだ? もしかして、既に領都中に広まってたりするのだろうか……。










※大切なお知らせ※


 本作品【助けた竜がメスガキだった件。円満追放から始まる異世界『わからせ』ライフ。】は現在、冬頃の刊行を目指しての書籍化が進行中でございます!


 レーベルはKADOKAWA『ファミ通文庫』様。

 担当イラストレーター様は『nima』先生です。


 他、情報が解禁され次第こちらやTwitter等でお知らせいたします。


 更には同時連載中の作品【求ム】貞操逆転世界の婚活ヒトオスVTuber【清楚系】

 https://kakuyomu.jp/works/16817139558545989267


 こちらもKADOKAWA『電撃文庫』様にて、秋冬頃の刊行を目指し書籍化の準備中でございます!


 改めまして、これもひとえに皆様の応援のお陰でございます。

 無事に世に射でた暁には是非ともリアルスパチャで8585万部ほどお手元に取っていただき、ご家族やご友人、お知り合いの石油王などに布教してアニメ化なんかもさせて貰えれば幸いです。

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