第11話 好きなドラゴン発表おにーさん

「お待たせいたしました、追放に関してのご相談ですね。する方ですか? された方ですか?」


「……された方ッスね」


 なんつー嫌な確認事項なんだ……。


 ギルドで追放支援制度の証明手続きを行っている。

 制度の利用者には冒険者ギルドによる手厚いサポートが用意されているものの、それを受けるためには幾つか手順を踏まねばならない。

 予めパーティから申告があった内容と照らし合わせて、正しく追放が行われたかの事実確認をする必要があるのだ。


 なお、レンリさんは屋敷に置いてきた。一応誘いはしたが、ハッキリ言って彼女にとっては単なる地元。なのでこの周辺の探索にあんまり興味をお持ちでない……ってのはまあ冗談だ。具体的には半分くらい。


「それでは虚偽の申告や不正な点がないか精査いたしますので、マイ魔力カードの提示とこちらの申請用紙に記入をお願いします。代筆も可能ですが、ご希望なさいますか?」


「大丈夫だ、問題ない」


 マイ魔力カードはこの世界における、身分証兼パスポート兼キャッシュカードみたいな立ち位置の魔道具だ。ステータスはオープンしないが、対応する魔道具でしか読み取れない情報の書き込みが出来るのと、登録した魔力で本人確認が可能なのでとても便利。

 ……いや便利だけどさぁ。どこの誰だよ、こんな個人情報が流出しそうな名前を付けた奴。

 

 ともあれ眼鏡にクールな表情の、いかにも堅物な印象を与える受付嬢から書類を受け取り、上から順に書き込んでいく。

 明らかに文字の規格が違うのにも関わらず、普通に読み書きが出来てしまうのは……否、深くは考えまい。夜眠れなくなっちゃうぞ。


 えーと、何々……まずは名前と性別、これはぶっちゃけ自己申告と変わらない。冒険者になる奴の事情なんて様々だからな。ピクニック気分のお忍び貴族もいれば、自分の名前を知らない孤児だっているさ。

 次に追放元のパーティ名と、パーティ内での役割ね。どれも必要なことではあるが、意外と書くことが多いな……。

 後は──好きなドラゴンのタイプと、ドラゴンのどういった部分に魅力を感じるか。それと群れの許容人数……えっ何これは。


「あのー受付嬢さんや、この記入用紙ちょっと変じゃない?」


「そんなことはありません。これらの内容は王国で活動する冒険者にとって、どれも非常に重要な項目です。今後のサポート対応にも影響しますので、真剣な回答をお願いします」


 食い気味の早口でばっさりと切り捨てられてしまった。いくら同じ組織とはいえ、地域によって多少勝手が変わるのは理解出来るのだが……。おかしい、俺は申請用紙を書いていた筈が、何故か好きなドラゴンを発表させられている。逆だったかもしれねェ……。


 俺がどう書いたもんかと思案していると、頭の中にデフォルメされたイマジナリーレンリさんがひょこっと現れ、ずんたかたんとアイドルステップで踊り始めた。


『はいちゅうも~く! 今からこのおにーさんがぁ、皆の前で好きなドラゴンを発表しちゃいま~す♡』


 メスガキッッッッッッ!!!!!!!!!


 ──うむ、これでよし。ついでにドラゴンの魅力的な部分は、適当に分からせ甲斐とか書いとけばいいだろう。

 俺は脳内リアル彼女が齎した天啓に従い、無事に記述を埋めることに成功した。もしくは禁断症状の可能性もある。


 さて、次の問題は群れの許容人数だが……まずこの"群れ"って表現、恐らく冒険者パーティを指した王国風の言い回しではなかろうか? リーダーを頂点に各々が役割を持つ集団、野性味溢れる表現というだけで、実体は群れと同じだ。

 うーん、別に常時一緒に行動する必要があるでもなし、有能な仲間は多い方がお得じゃないか……? 俺はSRPGプレイヤーで言うところの、加入フラグがあるキャラは全員仲間にしないと気が済まないタイプの男。ってことで許容人数は『特になし!』──っと。

 他にも色々と奇妙な質問も多かったが、勢いで埋めてそのまま提出。


 ふいー、漸く書き終わった……。にしてもこれに似た内容、どっかで見たような記憶が──ああ、アレだ。暗黒企業時代に無理矢理連れて行かれた、風俗の待合室でこんな感じのやつを書かされた気がする。

 バキバキから素人へジョブチェンジする機会ではあったのだが、当時の俺は『メスガキ射精管理ASMR』を嗜んでいたからな。嬢に口裏合わせて貰って、上司の金でスマブラ大会開いたんだっけ。それがまさか本当に魔法使いになるとは……。





「確認の結果、特に不審な点は存在しませんでした。正しく追放処理が行われたことを、冒険者ギルド【オギャレイ支部】の名で正式に認可いたします。改めまして──追放おめでとうございます」


「ありがとうございます……?」

 

 いやこれ本当におめでとうで合ってる? そしてありがとうでいいのか、俺よ。もう訳が分からないよ……。


 正しい追放とはなんぞや? と思うかもしれないが、ギルドも万能じゃない。制度が出来たばかりの頃なんかは、色々と不正な追放も多かったみたいだ。

 認可した後になって、実は問題を起こして本当にパーティから追い出されただけの奴だと発覚したり、他にも職員を買収して不正に優遇措置を受けていた──なんて事例が過去に何件も存在あったそうな。


「つきましては、只今よりオニキス様個人はBランク冒険者として扱われることとなります。なお、新規にパーティを組んだ際は活動実績によるランク査定となるため、最低ランクからのスタートになることはご留意下さい。──ギルド一同、ご活躍をお祈りしております」


「う゛っ……」


「おや、何かご不満な点でもありましたか」


「いえ、お祈りにはちょっとしたトラウマが……」


「アンデッドか何かですか?」


 生きる屍って意味では概ね当て嵌まるんだよなぁ、現代人。

 就活……面接……週休二日……アットホーム……くっ、滅せよ! 人の未来を食い物にする闇の企業め……!

 義憤を燃やす俺を華麗にスルーしたセメント受付嬢が説明を続ける。 


「追放対象の方は向こう一年の間、ギルドによる優遇措置を受けることが可能です。──ただし期間中に元のパーティが没落した場合、その時点で追放は失敗であると見做します。罰則などはございませんが、以後は通常の冒険者と同じ対応になってしまいますのでご注意下さい」


「その話を聞かされたところで、俺に一体何をどう気を付けろと?」


 恩を仇で返すんじゃねーぞ、的な理解の仕方でいいのだろうか。


 この優遇措置ってのは、例えばギルドと提携している宿屋に通常よりも安く泊まれたり、一部の買い取りで査定を少し上乗せしてくれたりとか、まあそんな感じだ。追放したりされたりすると専属の担当が付くので、相性の良さげな依頼を優先的に斡旋してくれたりもする。


「それとオニキス様は初めての追放ですので、当面の間はギルドが全面的にサポートいたします。つきましては、わたくし追放担当のアンジュが専属を務めさせていただきます」


「ありがたいですけど、追放に初心者とかいう概念要る?」


「今は追放にも品格が求められる時代ですから。それに熟練者ともなると、日に複数のパーティから追放されることも珍しくはありません」


「それは人間関係に致命的な問題を抱えた、ただのモンスター冒険者だと思うぞ……」


 でも追放が受理されてるってことは、相当優秀なんだろうか……。まあ高ランクの冒険者って大抵がクセ強だし、その手の融通が利かないやべー奴らの終着点がSランクみたいなトコはあるんだよな実際。


 にしてもこの時間、地味に嫌だな……。

 悪目立ち感が半端ない。


『……今の聞いたか? あいつ追放されたんだってよ』

『へっ、他所じゃあどうだったかは知らねーが、この国で無事にやっていけるとは思えねーぜ』

『うむ……追放されたての元Sランクパーティなど、行き遅れドラゴン共にとっては婿が結納品を背負って来たも同然であるからな。仮に他国の冒険者と同じノリで、ハーレムパーティを結成しようものなら──』


 具体的な内容までは聞こえないが、まあ多分俺の話なんだろうな……。冒険者ってのは暇を持て余している時は本当に暇なので、新顔が現れたらちょっとした話題の種になるのはギルドの様式美みたいなトコあるし。


 ……でも商業ギルドと違って冒険者ギルドは地域密着感が強いから、常連しかいない居酒屋に近い空気があるんだよな。

 だからぁ、そのぉ……ね? 新参者が生意気言ってんじゃね~って感じでさぁ。そっちから絡んで来てもいいのよ、みたいな? チラッチラッ。


『……おい。何かアイツ、さっきからこっち見てるぞ』

『馬鹿ッ、目を合わせるんじゃねぇ! 巻き込まれてーのか!? ……見ろ、アニキなんてもう既に目が虚ろに……!』

『フッ……オレも昔は彼のような追放者だったのだが、妻にドラゴンを貰ってしまってな……』


 残念、目星を付けていたパーティがそそくさと出て行ってしまった。どうやら真面目なタイプの冒険者だったらしい。


 冒険者ギルドは呪われているのか何なのか、どれだけ風紀を維持しようとも『親切なベテラン風を装った初心者狩り』や『余所者をカモにするチンピラ風』みたいなのが、タケノコ派みたいにニョキニョキと生えて来る。


 そういう連中は逆に身包みを剥いでも許されるから、俺の懐を暖めてくれる大変有益な歩くアイテムボックスなのだ。

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