助けた竜がメスガキだった件。円満追放から始まる異世界『わからせ』ライフ。

外なる天使さん@【カクヨムコン8特別賞】

第1話 俺の知ってる追放となんか違う件

追放──それは単純な卒業や解雇とはまるで違う、極めて特別な意味を孕んだスペシャルイベント。


 王族、令嬢、冒険者。如何な立場の人物であっても逃れることは決して能わず、所属コミュニティからの除外を余儀なくされる。追放を告げられた者は時に無様に騒がしく、時に涙を流し粛々と、立ち会った人々の記憶に残る形で去ることが望ましい。


 後の顛末については語るまでもない。

 追放された人材には隠された、あるいは秘匿していた稀有な能力や才能があると相場が決まっている。きょとんとした面を浮かべた彼らの手には、誰もが羨む美姫や美丈夫が当然の如く転がり込み、やがては富と名声まで恣にすることだろう。追放実行者はそれを契機に何事も裏目裏目の悪循環に陥った挙句、ざまぁ見ろと言わんばかりの結末を迎えることになる。


 即ち追放とは、いわば成り上がりに必要不可欠な登竜門。未来の英俊豪傑を生むために、不遇の苦渋と逆転の甘露を贄と捧げる魔女のサバトに他ならない──。


 暗黒企業限界社畜俺氏残業帰宅爆睡貨物自動車突撃フルコースにて、転移だか転生だかを果たしテンプレの流れで冒険者となった俺はその日──とある小国の首都にある冒険者ギルドで、所属パーティからの追放を言い渡された。


 ギルドに併設された食堂もとい酒場のど真ん中。リーダーである輝く金髪に甘いマスクの青年、ロイが高らかに謳い上げる。


「本日を以て、オニキス──君をSランクパーティ【ディモカルプス】から追放する!」


 オニキス、つまり俺のこと。この大陸では珍しい黒髪が由来だ。

 前世の名前は虫食い状態。まあこの世界、種族人間で姓を持つのは貴族くらいなもので、覚えていても迂闊に使えなかっただろうけど。


 ……どうにも派手に轢き肉DEATHしておっ死んだ自覚があるためか、はたまた精神崩壊を避けるために神なる者の配慮でもあったのか。前世に対する執着は薄く、記憶と知識はあれどパーソナルな部分がぼんやりとしているのだ。でもスマホは欲しい。あれは現代人の本体なので。


 まあスマホはさておき。突然始まった追放劇に、胡乱な瞳で言い出しっぺを眺めるオニキスくんこと俺。そして暫しの沈黙を経た後──周囲で歓声が爆発した。


「うおおおお! 数年ぶりの追放者が現れたぞおおおおおお!!」


「しかもSランクパーティからの追放だと!? お、俺は今伝説の一ページを目撃しているッ!」


「よーし今夜は祭りだ! ありったけの酒持って来い!」


「「追放だ! 追放だ!」」


 表彰でもするかのような堂々たるうちのリーダー様の宣言に、見物していたガラの悪い冒険者連中が一斉に沸き立ち酒盛りをおっ始めた。


 早速寄って来た顔見知りのアホが、俺の持った木製ジョッキへと安ワインを下品に注ぐ。


「やったじゃねえかオニキス! へへっ、面と向かって言うのは照れ臭ぇけどよ……初めて会ったあの日から、テメェはいつか必ず追放されると思ってたンだぜ~?」


「おいヤメロ、馴れ馴れしく肩を組むな。つか、お前はただ登録初日の俺に難癖付けてボコられただけだろ! 美談みたいに言うなや!」


「あンなモンただの通過儀礼じゃねぇかよ~。売られた喧嘩で殴り返せないような奴が冒険者になっても早死にするだけだろ~? 命が勿体ねぇよ~」


「言ってることは間違ってないのが本当に気持ち悪いなぁこいつ……」


 男泣きで命の大切さを語る、泣く子も逃げる悪人顔の先輩冒険者。解釈違いの塊を尻目に酒を流し込んでいると、他の冒険者共も乾杯を求めて続々とやって来る。俺への第一声は皆決まって『追放おめでとう!』だ。


 追放のご利益にあやかろうと行列を作る知らない人たちに愛想笑いを浮かべつつ。俺は誰にも聞こえぬよう口内にて内心を吐露した。


「もうやだ、ホント何なのこの異世界文化……」

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