第2話 ざまぁがまるで原型を留めていない件

 ──この世界の歴史において、後世に何らかの形で名を残した偉人には幾つかの共通項がある。


 建国の父たる竜、全てのドワーフを口説き落とし種族の融和へと導いた伝説のハイエルフ。荒唐無稽な彼らの逸話を辿った結果、その多くは無能の烙印や冤罪、思想の違いといった理由で元の居場所を追放された不遇の過去を持つことが判明。それと同時に、彼らに理不尽を強いた傲慢なる者たちが滅びゆく過程も詳らかになった。


 賢者に曰く、追放とざまぁは表裏一体。決して切り離すことの出来ない神の定めた運命の比翼。


 このトンチキ極まるお約束テンプレに目をつけたのが、大陸を股にかける冒険者ギルドのお偉方だ。


 なるほど? つまり有力パーティから追放された冒険者は大成するし、追放したパーティにはかつての所業に応じた報いがある、と。……じゃあ逆に、将来化けそうな新人にめっちゃ恩を売ってから追放すれば、上手いこと転がって高ランクパーティの増殖に繋がるんじゃね? 追放された王族とかただのカモだし、令嬢などは悲惨な末路待ったなしゆえ軽率に試すことは出来ないが、冒険者なんて最初は皆ソロだしイケるイケる!


 ──とまあそんな経緯で、冒険者ギルドには【追放支援制度】とかいう頭のおかしなシステムがある。


 伝え聞く実績は華やかなもので『追放されたら美少女だらけのハーレムパーティが出来ちゃいました!』なんて追放被害者の声から『あいつを追放してからというもの、その縁で大きな依頼にも恵まれて毎日嬉しい悲鳴が止まりませんよ!』と加害者によるざまぁの声まで、冒険者界隈だけでも枚挙に暇がない。もちろん俺はギルドぐるみでの広告詐欺を疑っている。ざまぁとは一体……。


 まあ一口に追放と言っても、本当に何の能力もない雑魚を野に放ってもしょうがないので、その辺は制度化に合わせて一定の基準が設けられているらしい。追放権を得られるのは社会的信用を持つBランク以上に限るだとか、リーダーは候補者の能力が追放に値することをパーティ全員の同意を得る必要があるとか、そんな感じ。


 ちなみに俺ことオニキスくんの追放に関してだが、どうやら先日受けた依頼──違法密売組織へのカチコミで大暴れした件が原因らしい。

 現在滞在している王国は法律で奴隷を禁じているのだが……。連中、人化出来るタイプの異種族の幼体を他国から攫っては、テイマー向けの魔物に偽装してオークションなんぞを楽しんでいやがった。そりゃあチタルム川の如く清らかな心を持つ俺はもう激おこよ。この怒りは貴重な宝石のひとつでも頂戴しないことには、決して収まることはないだろう……。


「くっくっくっくっ……」


「……アンタ、何一人で笑ってんの?」


 義憤に燃える俺がポケットに入れた広義の癒やし系グッズを撫でて心を落ち着かせていると、俺の追放に諸手を挙げて賛成した連中がやって来た。

 

 追放の際はかつての仲間の口から、自分が如何に追放されるに相応しい人間であるのか、ありがたいお言葉を賜るのが習わしなのだ。


「ふんっ! 結局アンタは最後まで【攻撃魔法】が使えない落ちこぼれのままだったわね!」


 身長の関係で俺を見上げながら見下ろすという愉快な態度で言葉を作ったのは、ローブに身を包んだツインテールの勝ち気な美少女──魔法使いのキャロル。


 彼女の言う通り、俺には攻撃魔法を扱う才能がまるでなかった。必要なかったとも言えるが。


「アンタに出来るのは精々、子猫みたいにコソコソ隠れてバジリスクに毒を盛ることくらいでしょうね! ……いやアンタね、実際それで殺れちゃうとかホントなんなの……?」


「いやぁ、その節はドン引きさせてしまって誠に申し訳ない。自分でも不思議なんだが、あの時は絶対に出来るって確信があったもので、ついうっかり……」


「うっかりで猛毒の王を毒殺するんじゃないわよ! このお馬鹿っ! はぁ……結局、その変に非常識なところは治らなかったわけね」


 心なしかツインテを萎れさせたキャロルが、呆れを含んだ半眼のままキレ散らかす。


 ……とどのつまり、これが俺の持つ才能なり特典なのだろう。

 

 この世界には魔法があり、ならばと俺も当然のようにそれを求めた。……が、結局かっちょいい【攻撃魔法】の才能は皆無。代わりと言ってはなんだが【状態異常】系の魔法に関しては異常なまでに適性があった。


 ……これは仲間にも言えないままだったのだが、特にバッドステータス系がヤバいのだ。ヒントはエロRPG。

 

 とても人前ではお見せ出来ない手札を秘匿しているせいで、目敏いうちのリーダーには真の実力を隠してるんだろ? みたいな訳知り顔をされる始末よ。あ、もしやこれが追放ポインツとして日々蓄えられていたのか!?


 ともあれ、完全に普段のノリと化してしまったキャロルさんだが、一通りツッコミを入れたところでようやく自らの役目を思い出したらしい。


「こほんっ……ま、まあどの道アンタ一人じゃ心配──じゃないし! そう、だからアタシ見ててあげないと──でもない! と、とにかくアンタは貧弱なもやし君なんだから、仲間になってくれる奇特な奴が見つかるまでは【収納魔法】で荷物持ちでもやってればいいんじゃない? ……え、じゃあアタシたち明日からは自分で大荷物担いで移動するってこと? 嘘でしょ……?」


「面倒見の良さが隠しきれてないどころか、既に心が折れ始めてるじゃん……」


 皆大好きアイテムボックス。そこそこ以上の魔法使いなら大体使えるのだが……悲しいことにSランクと名高いキャロルさんの魔法の才能は、破壊と攻撃と殲滅にリソースを全振りしてしまった模様。尖り具合で言えば俺と似たようなものである。


「まあまあ、そう嘆かずとも。これまでオニキスさんに支払っていた分が浮くのですから、そのお金で荷物持ちポーターを雇えばいいだけじゃないですか」


「それは確かにそう」


 敗北者キャロルに代わって、次鋒。酒瓶片手に修道服を纏う豊満な女性──ヒーラーのミュリエル。 


「そもそもオニキスさんのポジションは代わりが利くものです。パーティによっては不要とすら言えるでしょう。……強いて挙げるのでしたら、料理上手なオニキスさんが抜けることで野営の食事が硬いパンと野菜の塩スープ、それと焦げたお肉らしき炭の塊になることで──ぐすっ」


「当たり前のように限界飯で乗り切ろうとするの止めない?」


 ロイなどは顔だけはオサレな一皿でも拵えそうなルックスをしているが、その実中身は野生児寄り。なのでニク、ヤク、クウ、の男飯。

 頭魔法使いのキャロルは何をするにも魔法で済ませようと横着して、食材全てを消し炭にするポンコツ焜炉。

 修道院務めの経験があるミュリエルが多分一番マシだが、こいつはこいつでとにかく酒を入れればいいと思っている節があるので始末に負えない。


「おや、二人の話はもう終わったのかい? それじゃあ、次は僕の番かな」


 もはや思い出話の領域に達しつつある追放芸人シスターズはさておき、真打ち登場。光のイケメンこと、リーダーのロイがやって来た。


「ねえオニキス。元の形と言えばそれまでだけど、君が抜ければこのパーティに男は僕だけだ。……この意味が理解出来るかい?」


 ニヤニヤとした笑みを浮かべたロイは、勿体ぶるようにジョッキを揺らしてワインを回し──そのまま膝から崩れ落ちた。


「僕の肩身が狭くなるってことだよ! こん畜生ッ!」


「俺を追放するのはお前なんだが!?」


 悲しいかな、心までイケメンである彼は故郷の幼馴染みに操を立てる男の中の男であった。

 この世界には一夫多妻も一妻多夫も存在するので、やろうと思えばハーレムも可能なのだが……話を聞くに、どうも件の幼馴染みとやらは決して怒らせてはいけない類のお方らしい。


 他二人と恋愛関係にないのは俺とて存じているのだが、それはそれとしてこの三人って固定パーティっぽいんだよな……。偶に幼少期のエピソードが出てくるし、同郷なのだろう。むしろ何で俺なんかを入れようと思ったのか全く以て謎である。


「ふっ……よ、よし、もう少し……! はぁ、はぁ……さて、そろそろいい時間だね。じゃあ、はいこれ」


 生まれたての子鹿のような動きで立ち上がったロイが、懐から二通の手紙を取り出し俺へと押し付けた。


「お前もう休んでろよ……。それよか、俺は郵便屋になった覚えはないぞ」


「ははは、どうせ行く当てもないんだろう? それなら一度、僕の──否、僕らの故郷に行ってみるといいよ。ほら、こっちが紹介状。……もう一通の方は、後で落ち着いた場所で開けてくれたまえ」


「……この際色んな場所を見て回るのも面白そうだと思ってたし、まあ行くけどさ」


 追放ってのは要するに独り立ちだからな。これまでは彼らにくっついて生き方を学ぶのに忙殺されていたが、これを機会に異世界見聞を楽しむ予定なのだ。


 俺の返答に満足そうに頷いたロイが柏手を二つ打ち、皆の注目を集める。


「さあ皆! 僕のパーティから追放した男の門出だ、盛大に見送って欲しい!」


 彼の音頭で、酔っぱらった冒険者共が口々に俺へと言葉を投げる。復活して酒瓶を旗のように振り回すミュリエルの目元は真っ赤で、キャロルに至ってはギャン泣きしているのを隠そうともしない。


 前世の記憶を持つ俺にとって、その光景を追放と呼ぶにはあまりにも馬鹿馬鹿しく。

 同時にそれは、この世界で否応なく付き纏う孤独感を忘れてしまうほどに温かな何かで──。


 俺は目尻に浮かんだものを隠すように、深く頭を下げ──追放される者に相応しい台詞を吐き捨てる。


「お前ら……いつか絶対わからせてやるからな、覚えてろ!」


 皆から受けた恩は必ず返すぜ。クソお世話になりました……! でもこれやっぱり追放とは違くないかな!?

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