第3話 助けた竜がメスガキだった

 ギルドを出ると、外は草木も眠る丑三つ時。

 ……いやまあ、時計なんて持ち歩いていないし、あくまでそんな感じってだけだが。


 宿屋に戻って寝ようと考え、既に引き払っていたことを思い出す。

 そうだ、確かキャロルが偶には高級宿に泊まりたいとか急にゴネて──その直後にギルドでの追放騒ぎである。なので結局どこの部屋も取れてない。ロイの野郎、なんてタイミングでイベントを起こしやがる。つーかあいつらも宿無しじゃん……あのまま朝まで飲み明かす気なの?


 まあ仕方ない。その内どこかで再会するにしても今ここで戻る勇気は流石にないし、公園でキャンプでもしよう。……そういや、野営用の装備って俺の【収納魔法】に突っ込んだままじゃないか? 宿を移す予定だったから、着替えや私物が入った背嚢は各自で持ち歩いていたけど。


 仮に女衆の下着を持ち逃げしようものなら、この世の果てまで追われてぶち転がされることになっただろうが……これは餞別ってことでいいのだろうか。


 そんなことを考えつつ、静まり返った深夜の公園に入ると──おや、何やら囲まれてしまったぞ。どちら様?


「──お前がオニキスだな? 我々と共に来て貰おうか」


 ご丁寧な確認。少なくとも人違いではないらしい。

  

「ふーむ、どうやら俺の門出を祝いに来たわけじゃあない様子」


 とはいえ強盗とは違うようだ。なにせ装備から金になる臭いがする。人影の数は四……個々の動きから見るに、恐らくはパーティ。……なるほど? アルコール漬けになった俺の脳細胞が冴え渡る。謎は全て解けたッ!


 失念していた──追放イベントを終えた俺は、近い将来に名を轟かせる推定Sランクパーティのリーダー様なのだ。つまりは勧誘。今のうちにパーティごと取り入って、あわよくば将来は甘い汁をチューチューしようと目論む卑劣な連中に違いない。


 刃物を持った奴しか居ないのも、つまりは近接職の売り込みと見た。俺が【攻撃魔法】を使えないってのも、知ってる奴は知ってる話だ。俺自身にネームバリューがなくとも、Sランクパーティに所属していれば自然とあいつは誰だってなるだろうし。


 それだけに残念だよ。俺は彼らに向かって溜め息をひとつ。


「──お前らじゃ駄目だな」


「……ッ、何だと?」


 代表っぽいのが返答する。短い言葉には侮りに対する苛立ちが含まれている。沸点低ぅ……。


「これじゃ足りないって言ってるんだが? おいおい……まさかとは思うが、お前らの本気はその程度だったりするのか?」


「ほう……【攻撃魔法】も使えない半端な魔法使いを相手に、この数では不足だと? 中々に面白い冗談を──」


「どう見てもその通りだろうが! そんな簡単なことも分かんねぇのか!?」


「……ぐッ!?」


 だって──だってお前ら、明らかに全員オッサンじゃねーか! 

 やだ! 小生やだ! わざわざ追放までされたんだから、ハーレムと言わずともせめて仲間に美少女が欲しい! こんなムサ苦しいパーティ絶対にお断りだわ! だったら枠開けてソロでやってく方が千倍マシだっつーの、バーカバーカ!


「俺が欲しいんだったらなぁ──せめて美少女になって出直して来いって言ってんだよ……!」


「クソッ、まるで話が通じないぞ……! だからSランク絡みの仕事は嫌だと言ったんだ……! もういい、全員で掛かれ!」


 黄金の意思を以て拒絶を言い渡す俺を前に、いきり立つ売り込み希望者たち。こうなっては仕方ない、さっさと力の差を分からせてお帰り願おう。俺は魔法を発動すべく懐へと手を伸ばし──、


『え~!? たったそれだけでいいんだ~? それじゃ、いただきま~す♡』


 ──どこか場違いな、鈴の鳴る声がした。


 意識に一瞬の空白。直後に突風。反射的に顔を庇う。墜星と見紛うほどの破壊が無音のまま拡散し、周囲の男たちを強かに打ち据える。


 自身が無傷である自覚を得ると同時、月明かりに浮かぶ影が己に被さっていることを遅れて理解する。

 ゆっくりと見上げた先には眩く輝く──白銀の鱗。


 竜だ。


 その体躯は細く小柄で、人の背丈でおよそ二つ分。竜モドキワイバーンよりも小さいその姿からは、若く幼い個体であることが伺える。


 突如乱入した強大な存在を前に取り乱さずに済んだのは、驚愕よりも既知が上回ったから。端的に言えば見覚えがあったのだ。


「前に闇オークションで助けた、ちびっ子ドラゴン……?」


 何故こんな場所に、とそこまで言い掛けて。ポン、と気の抜けた音。

 気付けば美しき竜は幻のように掻き消え、一糸纏わぬ少女の姿へと変じ──力尽くで俺を引き摺り倒した。


「え、ちょ、何で!?」


 俺の抗議は無視された。鮮やかな手並みでマウントポジションへと移行した少女は、小さなお手々に似合わぬ人外の膂力で両の手首を押さえ付け、砂糖菓子を思わせる甘ったるい声色で囁いた。


「はい、捕まえた~♡ これでおにーさんは私のモノに決定~♡」


「ひょ?」


 ──月の光を盗んだと錯覚するほどの美しさを放つ、鱗と同様の白銀の髪。首筋から除くインナーカラーは飛膜と揃えた、紫水晶アメジストの輝きで。

 期待、好奇心、そして歓喜。複数の感情が混ざり合った嗜虐的なその瞳には──極めて異質な特徴があった。


 少女が告げる。


「わたしはハートアイズメスガキドラゴン──おにーさんのつがいだよ♡」


 ……なんて?

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