第4話 知らない所でフラグが建ってる
事の顛末を端的に纏めてしまうと、このような言い方になるだろう。
【悲報】俺氏、追放初日からお持ち帰りされる。
自らメスガキを名乗るドラゴン少女に取っ捕まった俺は、ご機嫌な彼女にお姫様抱っこされ抗議の声も虚しく強制的にエスコート。
きゅん……。
いやまあ呑気にときめいている場合じゃないとは分かっているのだが。なんか記憶の中の姿よりデカくなってはいたものの、知ってるドラゴンだったし。状況的に助けてくれたっぽいので抵抗よりも説明はよの精神の方が上回ったんだ。
……なお、吹っ飛ばされてしまったおっさんパーティは見覚えのない騎士たちの手で簀巻きにされ、どこかに連れて行かれた模様。どうやら彼らはオニキスくんのファンでもなければ、未来のSランク様に売り込みに来た冒険者パーティでもなかったらしい。
彼らの正体は誘拐から強盗までなんでもござれの裏稼業に身を窶した、いわば闇の万屋さんだった。……見たままやんけと怒られそうだが、俺が見抜けなかったのにはアルコール以外にもちゃんとした理由がある。なにせこの世界、殺し屋としての職業暗殺者や冒険者崩れの盗賊団が跋扈しているにも関わらず、剣士や魔法使いといった冒険者の役割としてのアサシンとかシーフが存在するのだ。ややこしくて仕方ない。あ、結局俺に何の用だったのか聞いてないや。
そんなこんなで俺が連れてこられたのは、高級な家具が並ぶ上品な内装の応接室。壁を飾るインテリアには竜の鱗や爪といった本来なら貴重な素材が豊富に活用されている。少なくとも、先程まで居た小国では絶対にお目にかかれない類のものだろう。
この場所はもう既に小国の首都ではない。否、地理的な意味では間違っていないのだが、しかし法律の上では他国の領土として扱われ──つまりは一般に大使館と呼ばれる施設の一室であった。
室内には自身を含めた四人。まず上等なソファーへ導かれた俺。正面には愉快げな笑みを作った妖艶な美女が堂々と腰掛け、その隣では全身鎧の騎士が窮屈そうに座っている。……ここまでなら一触即発と言わずとも多少は緊迫した場面に見えないこともないのだが、
「ん~、久しぶりのおにーさんだ~♡ すりすり~♡」
俺の膝上を我が物顔で独占するロリっ子のせいで、シリアスな空気が続きやしねえ。一度、見兼ねた騎士様が引き剥がそうと試みたのだが、物凄い眼光で睨まれて以降は誰も触れようとしない。可哀想に、長身の全身鎧がビクってなっちゃってたぞ。
……もうね、一連の仕草が世話をしていた頃にそっくりで、この少女があの時の幼竜と同様の存在であると否応なく
保護した直後は人間不信に陥っていたのか、現場でヤンチャした俺にしか気を許さなかったため暫く面倒を見ていたのだ。当時──といってもほんの数日前でしかない筈なのだが──はちょっと大きいぬいぐるみサイズのコドモドラゴンだったし。
土下座で許しを請う金髪イケメンの姿を思い返していると、眼前の女性が言葉を作った。
「さて……細々とした話の前に、まずは自己紹介といこうかの? わしは鋼竜のミコトじゃ。お主の膝で蕩けておる小娘の生家に雇われた、まあ食客のようなものと思うてくれればよい」
『自分の名はジルティア──鎧竜だ。ジルと呼んでくれて構わない。ハートアイズ公爵家に仕える竜騎士の一人で、此度はお嬢様の護衛を仰せつかっている。どうかよろしく頼む。……それと、お嬢様が強引で本当にすまない……』
あ、よかった。同じドラゴンでもちゃんとしたお名前があるんですね。なんならこの世界のドラゴンって、全員がメスガキのやべー種族なのではと疑い始めてたまである。言わなくて正解だったな。
「この度お持ち帰りされました、一般追放冒険者のオニキスです」
ミコトと名乗った女性は着物に似た衣装を着崩し、肩や胸元を露出したどエロい格好をしているものの、妖艶さよりも稚気を含む表情と快活な雰囲気の方が印象深い。
鎧に覆われくぐもった声が意外と高くて少し驚いたが、こちらを気遣うような所作で挨拶するジル氏も厳つい外観とは裏腹に中の人は穏やかそうだ。
……ところで今聞き捨てならない言葉が含まれていた気がするのだが、もしや君らの言う公爵家のお嬢様とやらは、人様に対して
『オニキス殿、君の事は弟から聞いている。あらためて──お嬢様の身柄を救っていただいたこと、感謝の念に堪えない。もちろん公爵閣下からの礼はあるだろうが、自分に出来る事があればなんでも言って欲しい』
「弟……?」
『うん。君をパーティに迎え入れ、そして追放したロイは自分の弟なんだ。と言っても腹違いだから、あの子はドラゴンではなく人間だが』
故郷に残した幼馴染みといい相変わらず主人公みたいな背景抱えてんなぁ、うちの元リーダー。その割にはヨゴレ芸が板に付いてる気がするが……。
「場所で察して貰えたと思うが、今のわしらはゲンチアナ竜王国の大使としてこの国を訪れておる。理由は言わずもがな──覚えたての竜化に調子に乗って、一人抜け出しあちこち飛び回った挙げ句にあっさりと攫われてしもうた跳ねっ返りと、その恩人を連れ帰る事。あとは賠償金の巻き上げと、報復──のためにも密偵からの報告待ちじゃな」
ゲンチアナ竜王国は大陸の東側にある、文字通りドラゴンが女王をやってる国だ。あくまで国に帰属した竜が居るってだけで、実態は他種族共存を謳うサラダボウル国家らしい。ロイたちの故郷でもある。
……うん? このお二人は攫われたちびドラ令嬢を迎えに来た偉い人……竜? で、俺は恩人という認識。裏稼業の方々を蹴散らしたメスガキの関係者で、この大使館は竜王国領扱いでつまりは安全な場所。ってことは、ロイの奴はこの状況を見越して紹介状なんぞを用意したのか?
「あのー、実はロイの奴から手紙を預かっていまして。一つはまあ俺宛に、もう一つは竜王国宛の紹介状なんですが……ご家族の方が居るなら、今ここでお渡ししちゃってもいいですかね?」
『弟から……? 拝見しよう』
ジル氏に手紙を手渡す。俺も一言断ってからナイフで封を開け、自分宛の便箋を読む。
────。
──。
やあ! ようこそ、ゲンチアナ竜王国領へ。
この手紙は事後説明のための物だから、まず読んで落ち着いて欲しい。
うん、『計画通り』なんだ。本当に済まない。
必要に迫られたという側面もあるけど、謝って許して貰おうとは思っていない。
簡単に言ってしまうと、僕たちのパーティ【ディモカルプス】は竜王国所属の諜報員だ。
主な任務は冒険者として名を上げて有望な人材を勧誘することと、人化系種族を狙った奴隷市場の調査及び被害者の救出。そう、君とも縁が深いあの闇オークションだよ。
実はあの一件の被害者──恐らくは今オニキスの側に居るであろう彼女は、さる高貴な家のご令嬢でね。その事に気づいた僕はストレスで三回吐いた。
それで今の状況だけど……予想通りというか、まあ背後に貴族が居るのは確実として、王族もちょっと怪しい。なので本当に申し訳ないが、本格的に潜伏するためにも君の追放を利用させて貰おうと一計を案じ──るまでは考えたんだけどね。……君さ、僕らの知らない所で何かやらかしてないかい? 何か、裏の連中が血眼になって君を探しているんだけど……。まあそのお陰で、雇い主から貴族の方を辿れそうだからこっちとしては万々歳だけどね。
パーティから追放した君を縛る権利は僕にはないが、一先ずはご令嬢の恩人ってことで君を竜王国に案内させることにしたから、ほとぼりが冷めるまでは我が祖国でのんびりして欲しい。
それと本国に迎えを要請したのは僕だけど、君がつがい認定された事については一切関わりがないのであしからず。幼馴染みに誓うよ。
さて、この手紙をここまで読んだ時、君はきっと言葉では言い表せない『戸惑い』みたいな物を感じたんじゃないかと思う。
その感情は、君が僕らの事を心から仲間だと思ってくれた証だ。
殺伐とした冒険者の世界で、そういう気持ちを忘れないで欲しい。
そう思ってこの手紙を書いたんだ。
何せ僕らは今回任務が終わったら、本国へ凱旋してパーティを解散する予定だからね!
女王陛下は働きに報いて下さる方だ。……これは男同士の秘密にして欲しいのだけれど、戻ったら僕は幼馴染みに想いを伝えようかと考えている。
ミュリエルは酒飲んで遊んで暮らすんだって豪語してるけど、キャロルはちょっと分からない。彼女は冒険者生活を楽しんでいたし、君に対しても……まあ、うん。積もる話は後の楽しみに取っておくとしよう。
その時は、君が作ったパーティと会えることを楽しみにしているよ。
じゃ、本国の幼馴染みによろしく! ロイより。
…………。
……。
あ──、
「あんのクソボケフラグ建築士ィ──!?」
つーか密偵ってお前らの事かよ!
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