第5話 ガチ恋モンスター
もはや黒幕を釣るための仕込みを疑うレベルで盛られたフラグの数々に頭を抱える俺。そうこうしている間にミコトさんと手紙の共有を終えたジル氏が呟いた。
『ふむ……やはり君には、何としてでも一緒に来て貰う必要がありそうだ』
「ええまあ、こっちの中身にも暫くは竜王国に留まるようにとありますが……。えっと、ミコトさん? 様? 結局の所、そちら側にとって俺ってどういう扱いなんです?」
「のう婿殿よ。そのような堅苦しい態度を向けられては、こちらも肩が凝って仕方ない。出来ればもっとふらんくに接してはくれぬか? わしが疲れる」
転移魔法並の速度で距離詰めてくるじゃん。あるのか知らんけど。ロイが紹介状と言ったからには、少なくとも俺の売り込みに関する内容だとは思うのだが……一体何が書いてあったし。
あと、肩凝りの原因は間違いなくその主張の激しいデカパイだと思います。
「じゃあ前半無視して遠慮なく訊くけど、まず第一にハートアイズメスガキドラゴンって何なの?」
種族なのかい? 名前なのかい? どっちなんだい。
「え~!? おにーさんそんなことも知らないんだ~? なっさけな~い♡」
「出たなメスガキ……!」
自分の話題に反応したのか、我が意を得たりと水を得た魚の勢いで絡んで来るメスガキドラゴン。でも転生者の立場からすると、異世界の知識や文化に関してはまだまだ勉強不足の自覚はあるし、特に異論はないんだよな……。
わざわざ座り直して俺の耳元で講釈を始めたメスガキ先生曰く、一口に竜と言ってもその有り方は千差万別。これが火竜と水竜くらい差があれば簡単に区別も付くが、どうやらドラゴンって奴は同種であっても細かな性質の違いがあるそうな。それは生まれながらに持つ最強種としての個性、いわばアイデンティティに等しい。
極端な話、口から炎を吹いちょるだけの火竜とマグマの如きブレスを放てる火竜が居たとして、分類上はどちらも同じ火竜となってしまう。これが野良ドラゴン同士ならば前者が敗北者となるだけの話だが、今は平和な時代。国である以上は民を粗雑に扱うわけにもいかない。しかし区別は必要だ。
そんな事情から、王国に帰属する竜の呼び名は分かりやすさが重視されるのだとか。先の例に則るなら──仮にフレイムドラゴンとボルケーノドラゴンが居るとして、彼らは国内においては火竜さん家の焔くんと火山くんに該当するというわけだね。
実際のところ、人間文化にどっぷり浸かった彼らにとって竜化は単なる手段の一つくらいの感覚みたいだが。
「それに竜化すると折角買った可愛い服が破れちゃうし、おにーさんと遊べる
「そういやさっきまで全裸だったもんね、君。じゃあ結局そっちの姿の名前はなんていうの?」
「おにーさんが付けて♡」
「ええ……?」
『オニキス殿、公爵家の恋竜──ハートアイズドラゴンの方々は皆、己の伴侶に名を貰うのが憧れなのだ。今すぐとまでは言わないが、自分からもどうかお願いしたい』
「まず伴侶扱いされてる部分から突っ込みたいんだが……。そうだ! じゃあハートアイズ・メスガキ・ドラゴンの三節から取って『ハメゴン』ってのは──」
「ガブッ──!」
齧られた。とても痛い。
「……すみません、真面目に考えるので時間を下さい」
「婿殿のねーみんぐせんすは壊滅的だのう……。ああ、ちなみに先程伝えたようにわしは鋼竜種であるが、王国風の呼び名はムラクモドラゴンじゃ。わし自身は王国の生まれなのじゃが、祖母が別大陸から流れてきた移民でな」
止めて! これ以上俺の脳に情報をぶちこまないで! 正直、着物っぽい服装の時点で近い予感はあったから!
「ちなみにそこな鎧竜じゃが──」
『殺すぞ年増』
ひえっ……唐突な殺気。ジル氏から笑えない威圧が放たれる。
「おお、怖や怖や……。これこの通り、こやつは自分の性質がこんぷれっくすなんじゃよ。開き直って受け入れれば良いものを、己の
よく分からないけど、異世界にもキラキラネームの呪縛に苦しむ人が居るって理解でいいのだろうか。
ともあれここまでの話をメスガキ先生に当て嵌めた場合──、
「ハートアイズ家のメスガキって、それもうただの悪口では……?」
「まあなんじゃ、何事にも例外はあるということだのう。恋竜の生態はちと特殊でな、見初めたつがいに最適な姿へと後天的な自己拡張を行う、ガチ恋特化種族なんじゃよ」
「……え!? じゃああの無垢なちびっ子ドラゴンがちょっと見ない間に立派なメスガキにワープ進化したのって、俺が原因なの!? 別にロリコンじゃないんだが!?」
「もうちびっ子じゃないんですけど~♡ 昨夜に……成竜? したつよつよ可愛い新妻ドラゴンなんですけど~♡」
確かに竜の姿は数日前とは比べ物にならないくらい育ってたけども。勝手に籍を入れんでもろて。
「カッカッカ! お主の言うわぁぷ? とやらは知らんが、まあそういうことになろうな。──おうおう兄ちゃん、ようも公爵家の末娘をこのようなメスガキに目覚めさせてくれよったのう? 如何に恩人といえど、これはきちっと責任を取って貰わねばなるまいて」
「人をご令嬢を誑かした悪い男みたいに言うのは止めてくれませんかねぇ!?」
意気揚々と立ち上がっては机に片足を乗せ、膝に腕を置いた前のめりのヤクザスタイルで脅迫めいた台詞を吐くミコトさん。その表情は愉しげだが、あまりにも迫力のある彼女のそれを前にした俺は身動きが出来なかった。もちろん胸の話だ。
「あ~、おにーさんがミコトのおっぱいガン見してる~♡ ……ねえ知ってる? ミコトのおっぱいって張りがあるけどふわふわで、顔を埋めて枕にすると最高なんだよ♡」
助けて下さい! 耳元に取り憑いたメスガキがマウントを取って俺を虐めるんです!
『行儀が悪い! お嬢様が真似をしたらどうする!』
「のじゃっ!?」
とかやってる内に、ミコトさんがジル氏に蹴り落とされた。飄々とした余裕のある振る舞いに騙されたが、そういや立場的にはこっちが上役か。……ついでにそのお嬢様にも注意をして欲しい所だが、多分駄目なんだろうなぁ。情報を整理するに、こいつのメスガキムーブは飛竜が空を飛び、火竜が火を吹くのと全く同じ現象。大変恐ろしいことだが、今が竜として最も正常な状態なのだと思われる。狂ってやがるぜ。
「そもそもの話、何がどうなって俺はこんなにも矢印を向けられてるの? 恩返しにしても、鶴や亀ですらもうちょい控えめだったのに……」
いやまあ鶴とか実質押しかけ女房だし、亀も亀でやってることはお見合いの斡旋だから割と同類な気はするけども。
『そ、その例えはよく分からないが……。しかしオニキス殿、自分の知る限り恋竜種の伴侶選びに間違いがあったことはないんだ。抽象的な話になってすまないが、どうも自分が絶対に幸せにしなければという強烈な庇護欲と使命感を抱くらしい。……何か心当たりは?』
「うーん、そりゃあ助けた後は一緒に暮らしてたけど、まだ人化も出来ない子供だと思って接してたからな……。鱗を掻いたりヘソ天マッサージしたりと、なんなら公爵令嬢を小動物扱いしてたことになるぞ俺は」
一応本人は身を守るため、あえて無知な幼竜を装っていたっぽいけど。恋竜種は進化に使う魔力を蓄えるため、成人前は何年経っても貧弱なクソ雑魚ちびドラのままなんだそうな。そりゃあっさり攫われるわ。
「うう……腰をぶつけたのじゃ……。であれば婿殿、お主──誰にも言えぬ秘事を小娘と共有した覚えはないかえ? それは大きければ大きいほど、重ければ重いほどに価値がある。人の姿になったとて、宝に魅せられるのは我らの本能であるゆえな」
急にそんなこと言われましても。秘密らしい秘密なんて俺の【状態異常魔法】がどう見てもエロバステなことと、強いて言えば自分が異世界出身なことくらいな……もの……で……。
「あっ──」
ギギギ、と壊れた人形のような動作で首を向ける。──ハートアイズの名の如く、恍惚に満ちた瞳がガチ恋距離で己を映す。桜色をした少女の唇から溢れる甘い吐息が、囁きとなって脳髄へと染み渡る。
「世界に独りぼっちのおにーさん♡ 自分にはどこにも居場所がないと思ってる、お馬鹿でダメダメなおにーさん♡ でもこれからはわたしが守ってあげるから、もう泣かなくてもいいんだよ~♡」
「は? 泣いてないが? 檻の中でピーピー鳴いてたのはお前の方なんだが!?」
……で、でも似たようなことは言ったかもしれない。
いや違うんですよ。トラウマというか、多分俺から少しでも離れたらまたどこかに攫われると思ったんだろう。保護した直後は何もかもにも怯える痛々しい有り様だったんだよ、こいつ。だからとにかく安心させてやらねばと日頃から話しかけまくった結果と言いますか。もうすぐ家族に会えるからなーって励ます内に、ついポロッと。俺なんて異世界人だから家族もいないし、本当の意味でぼっちなんだぜー的な事を言ってしまっただけで。……ええ、別に大層なことは何も。
正直に言うと、あの時の俺は闇オークションで人間の汚さをガッツリ見せられた直後なのもあって、独り暮らしのアラサーOLが飼い犬相手に仕事の愚痴を零すあの現象に極めて近い心理状態だったのだ。まさか言葉が通じてると思わなかったし。
「よしよし♡ おにーさんが寂しくならないように、わたしがいーっぱい家族を作ってあげるからね~♡」
「う、うぐぐ……ぐわぁあああああ──!?」
──その日、俺はメスガキの放つ圧倒的母性を前に敗北した。
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