第6話 竜のシマでは常識
「知らない天井だ……」
よもやこの言葉が自分の口から発せられる日が来ようとは。……そんな転生者の嗜みを毎日のように繰り返した結果、当初抱いた感慨深さは既にちょっとした虚無感へと変わりつつある。
ゲンチアナ竜王国の大使館に転がり込んでからおよそ数日。彼女たちの出国と共に出荷された俺は今、空の上の人となっていた。
オニキスくんが積み込まれたのは、剣と魔法の世界においてまさかの飛空艇──ではなく、その名も飛竜邸。野宿の必要もなく、馬車とは比較にならない速度を誇る王国独自の移動手段の実態は、拠点ごとドラゴンに持ち運びされるという種族値の暴力によるゴリ押しであった。感覚的には前世で移動するホテルと呼ばれていた大型キャンピングカーの亜種に近い。分乗しているため、文官やその護衛は別のお家に。こちらは大使館の時の四人だけなので実に広々としたものだ。何にせよ、日々酷使されている竜騎士の方々には頭が下がる思いである。
普通に全員で飛んで行くんじゃ駄目なのかとも思ったが、絵面がこの世の終わりみたいな事になるのでやっぱり駄目なのだろう。乗り物部分がなかったら、パッと見は野生のドラゴンと区別付かないし。
なお、一般的に竜騎士とは
ともあれ水場と食事を求め、与えられた個室のベッドから抜け出すべく起き上がろうとしたところで──今日も今日とて、不自然に膨らんだ白いシーツが侵入者の存在を告げていた。
「んん……さ~む~い~……」
「あっ、こいつまた勝手に人の寝床に……!」
言わずもがなのメスガキである。
ちびドラ時代と同じように、もぞもぞと懐に潜り込んで来る令嬢ドラゴン。……このメスガキの何が恐ろしいって、小生意気そうな愛らしい外見をしながらも、しっかりと起伏のある侮りがたい身体つきをしているところだ。
手触りの良い紫色のベビードールは、少女のあどけなさと大人びた色気をカクテルのように混ぜ合わせ。押し付けられた胸元から伝わるほのかな柔らかさは、油断出来ない膨らみの存在証明に他ならず。上質な下着に包まれた張りのある桃尻は、小振りながらも瑞々しさに溢れんばかり。寝相悪くこちらの脚を挟み込まんとする太ももなどは、その滑らかな肌の弾力が健康的な肉付きを教えてくれる。
このまま身を任せ、ぬくぬくと貪る惰眠の味は如何程のものか。そんな抗いがたい誘惑を前にして、俺は毅然とした態度で立ち向かう。
「くっ、こんな性癖破壊生物と同じ空間にいられるか! 俺は一足先に部屋の外へと出させて貰う!」
「むにゃ……ざぁ、こ……♡ ざぁ、こ……♡」
「……寝息の癖強すぎない?」
息をするようにって表現はよく聞くけど、文字通り呼吸レベルで煽ってくる奴とか初めて見たわ。
▼
「何か起き抜けから無駄に疲れた気がする……」
爆睡中のメスガキさんがベアハッグの如く離してくれなかったので、シャツを身代わりにしてどうにか脱皮に成功。ドアを開けると──そこには全身鎧の不審者が壁に張り付いて聞き耳なんぞを立てていた。
『あっ』
ジルティアである。盗聴現場を目撃されたでっかい騎士様は、まあ待てとばかりに手甲に覆われた手のひらをこちらへと向け、
『……オニキス、違うんだ。自分はただ、朝食を知らせに来たところ何やら室内から荒い息遣いとベッドの軋む音が聞こえたため、お嬢様にお仕えする騎士として息を潜めて見守っていただけで──』
「どう言い繕ってもただの出歯亀じゃねえか!」
……この中身が男か女か未だに良くわからないままの鎧竜さんは、一見堅物そうに見えて割と天然寄りのお方なのだ。ロイとの血の繋がりを日に日に実感するばかりである。
なんやかんや空の旅路で共同生活をする内に、竜王国のお二人とも大分打ち解けられたように思える。俺がメスガキお嬢様の恩人かつ、彼女の所有物と見做されているのも大きな要因なのだろう。
「あのさ……騎士の立場で言うなら、まずお宅のお嬢様が男の部屋で一夜を明かそうとするのを止めるべきでは?」
『うん? 竜がつがいを抱いて眠るのは、別に普通の事だろう。我らは生来的に寒がりでもあるし、喜ばしい事じゃないか』
変温動物共め……。そんなさ、でもうちはそういう種族でやってるんで~みたいな言われ方したらどうしようもないじゃん。禁止カードだろそれ。
「つーか毎晩ちゃんと鍵掛けてる筈なのに、何で起きたら隣で寝てんだよあのメスガキは……」
『この移動邸は公爵家の所有物なんだ。我々の最上位であるお嬢様がマスターキーを扱えるのは、当然の話であるように思えるが』
客分とはいえ、居候の身では権力に勝てなかったよ……。
「それにしても、本当にずっとその格好で生活してるんだな。臭くな……疲れない?」
『今何を言い直した!? し、心配せずともちゃんと毎日風呂には入っている! ……君は人間の鎧と同じに考えているようだが、これは竜としての外殻──我々の種族にとっては自分の一部みたいな物なんだ。だから疲れなどしないし、身体と一緒に綺麗になるし、臭くもない! 分かったか!?』
「ごめんて……。いやほら、ジルって飯も一緒に食わないし、兜くらい外せばいいのにと思って」
『ぐぬぬ……。いいか、そもそも鎧竜というのは代々王家の近衛を輩出してきた、由緒正しき一族なんだぞ。騎士の中の騎士と呼ばれるくらい、すごく凄いんだぞ。陰に日向に対象をお守りするためにも、迂闊に素顔を知られるわけにはいかないんだ』
騎士ってか、忍者か変身ヒーローみたいな生態してんね君ら。
「……あれ? じゃあ何でロイヤルガードの常連さんが、公爵家とはいえ末っ子のメスガキの護衛に収まってんの?」
『それはもちろん出奔──ん゛ん゛っ゛! む、無論のこと、か弱いお嬢様をお守りするためだ。まあ、少し目を離した内に異国の地で立派な成竜となってしまわれたが……』
ああ、うん。流石にあのちびっ子ドラゴンが、迎えに行った先でメスガキ(成体)に覚醒するとか誰にも予想出来ないよな。何かごめんね……。
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