第8話 あの親にしてこの娘ありけり
領都に着くなり、すぐさま公爵様との面会が組まれることとなった。
これが馬車での移動なら街の景観を眺める余裕もあったのだろうが、なにせ今は空輸される身。領主館まで一直線だ。
地上と空との両方に検問所があるのは興味深い。移動手段に空路という選択肢が当然の如く存在する、王国特有の要素なのだろう。
そんなわけで先触れの竜騎士を待ってる間に、予めフォーマルな格好へと着替えておく。こちらは以前、歳下のキャロルさんに買って頂いた品である。
Sランクともなれば貴族の依頼をこなす機会もある。そんな中で一人だけ貧相な格好をしていると、メンバーに不遇を強いる落ち目のパーティであるとの誤解を受ける恐れがあるのだ。賢者は
まあ俺に関してはどうでもいい。実際のところ、夜会や社交界でもなければ鎧とローブが正装です! で大抵の場はゴリ押せるのが冒険者だ。
──問題があるとすれば、むしろ眼の前にいるメスガキの方だろう。
「……ちょいとお嬢さん、その衣装は一体何処から湧いて出た物なんだい?」
「どーお? 可愛いでしょ~! ……っていうかおにーさん、さっきからわたしのことガン見してるのバレバレなんですけど~♡ やだぁ、こっわ~い♡」
確かに見てはいるけど、今俺の中で渦巻いているのは極めて純粋な『こいつ正気か?』って感情だけだよ!
クルッと回ってポージングを披露する彼女の本日の髪型はツインテール。そこに隙だらけのトップキャミと太ももが眩しいミニスカート、ニーソックスを組み合わせたメスガキコーデだ。
まるで神が彼女のために誂えたのではと思える程にマッチした服装であるし、名は体を表すと言わんばかりの姿であることもまた事実。……だが、親とはいえ領主との面会に赴くにしては余りにも大人を舐めた格好である。
「そりゃあお前からしたら自分の家だし、何を着ようと自由かもしれないけどさあ……」
「何言ってんの? そもそも成竜した姿をママに見せるために、こうして正装に着替えたんだよ? ……あ、そっかぁ♡ ドーテーのおにーさんじゃ、女の子の着る服なんて分かんないもんね~♡」
「そ、そんなことないが? 誰も童貞だなんて言った覚えはないんだが!?」
「──は?」
甘い砂糖菓子の声色が、一瞬で氷点下の温度へと変貌した。下から伸びた細腕が俺の襟を掴み取り、恐ろしく丁重な動作で互いの息が届く距離まで引き寄せられる。
「何それ、わたし知らないよ? だっておにーさんの心臓からは、他の女の匂いなんてしないもん。……でもおにーさんが言うならそうなのかな。じゃあ相手は誰? パーティメンバー? それとも商売女? まさかミコトだなんて言わないよね?」
ちょ……怖い怖い怖い!
感情を失ったかのような抑揚のない口調で、矢継ぎ早に言葉を捲し立て詰め寄るメスガキの闇。超至近距離でガン開いた瞳に浮かぶハートが徐々に光を失い、深淵に眠る底なしの病みがゆっくりと鎌首をもたげ始める。
や、やばい……。何が起きているのはよく分からないが、俺の中のSランクの才能がかつてない勢いで危険信号を発している……! かくなる上は──、
「すみません、話盛りました! 彼女いない歴=輪廻転生の、レンリさんが初めての交際相手であります!」
「レンリ? 誰そのメス。……それとも、もしかしてわたしに向かって言ってるの?」
よ、よし食いついた。へへっ、俺が毎回わからされるばかりだと思ったか? このまま完璧にリカバリーをして見せるぜ……!
「も、もちろんでさぁ! あっしの故郷には比翼連理って言葉がありやしてね、二人で一つに見えるほどに仲睦まじい男女──つがいを意味しているんですわ! で、実はその連理の『連』って部分がハートアイズさんの『恋』と同じ音を持っていまして、こりゃあ縁起がいい! お贈りするお名前に相応しいものと──」
名前を贈るって何だか結納みたいで照れ臭い──っていうか完全に退路を失うし、そのうちエモい機会やシチュエーションが訪れたらと先送りにしてきたが、命には変えられねえ。押し寄せる圧にビビって三下みたいな口調になってしまったが……結果は如何に?
「……ふ、ふーん♡ まあ? おにーさんにしては悪くないセンスなんじゃない? ……レンリ、レンリかぁ~♡ えへへ♡」
グッドコミュニケーション!
「もー、変な見栄張らないでよね♡ ダッサぁ♡ 大体、おにーさんはわたしの
「……その情緒でハーレム容認派なの、逆鱗の位置おかしくない?」
「だってわたし、つよつよな良妻ドラゴンだもん♡ それに家族いっぱい作ってあげるって言ったでしょ♡」
あ、家族ってそういう……? 何やら肩書きがグレードアップしてる気がするが、そういや竜って怪物の中の怪物だったわ。え、じゃあ俺将来的にこれを多頭飼いする可能性があるんですか? ……よし、聞かなかったことにしよう。
「それはそれとして、マジでその格好のまま公爵様に会いに行くの? 怒られない?」
「おにーさんってばホント無知♡ 鱗を脱いで人前に出る竜とかいるわけないじゃん!」
ちなみに護衛の二人は最初の段階でスタコラと脱出していた。クソ手慣れてやがる。
▼
──部屋に通されると、そこには護衛の他に二人の男女が立っていた。貴族の中にはわざと客を待たせて己の威厳を誇示しようと考えるアホもいるが、どうやら種族ドラゴンには当て嵌まらないらしい。あるいは、一刻も早く娘に会いたくてそれどころはなかったか。はたまたその両方か。
「パパ、ママ、ただいまっ!」
「お帰り、辛い思いをさせたね。無事に帰って来てくれて本当に良かったよ……」
「手引きをした人たちは見つけることが出来たのだけれど、うっかり消し炭にしたせいで貴女の行方が掴めず……。それがまさか、こんな立派な姿になって帰って来るだなんて……!」
涙を浮かべて抱き合う三人。微妙に無視出来ない言動もあった気がするが、概ね感動の再会である。しかし無事はともかく、立派な姿(メスガキ)とは……?
無論、俺とて雰囲気に水を差すような真似をするつもりはない。……ないのだが、でもちょっと待って欲しい。
ハートアイズ卿はいわゆる女公爵であり、当然ながらドラゴンでもある。うちのメスガキを大人にして背丈と胸囲を盛った、二十代後半くらいの容姿に安心感のある穏やかな声。おっとりとした所作のぽわぽわとした女性だ。……これはまあいい。人型になった長命種が若作りなのは今更の話だ。
俺が違和感を覚えたのは、隣で涙を浮かべて喜んでいる男性の方。否、男性であるとか以前に──どう見てもただの子供である。十歳を越えたかどうかといった具合の、線が細い気弱そうな少年だ。
この世界におけるドラゴンは、元々は精霊なんかと同じ自然発生するタイプの生き物であったため、雌雄はあれど繁殖という概念を持っていなかった。彼らが生殖行為による増加を始めたのは、竜王国の誕生以降──人類と関係を持つようになってからであり、つがいを求める文化もそこから始まったとされている。
故に竜種にとってのつがいとは、常に同族以外の生き物を指す。なのでこのパパと呼ばれている少年も、俺と同じ種族人間である筈だ。
「あっ、いけない! 私ったら、娘を助けて下さった恩ある方に挨拶もせず……。えっと、貴方がオニキス君ですよね? 私はハートアイズ家当主、マーマレードと申します。そしてこちらは夫のジョナサン」
縦セタにロングスカートを身に纏った、貴族というよりも近所のお姉さんといった風貌の女性が優しげに微笑む。……そして心配していた大切な娘をジョナサンと呼ばれた少年から引き剥がしてポイッと放り投げ、あまりにも自然な動作で彼を抱っこした。
娘と瓜二つの瞳が桃色に輝く。
「──ハートアイズおねショタドラゴンです♡ 気軽に
ああ……なるほど。要するに、ドラゴンにとっては自らの属性(性癖)に合わせた服こそが正装であるとの認識なわけか。そして娘が娘なら、親も親であると……。そうかそうか、つまり君たちはそういう種族なんだな。
俺は考えることを止めた。
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