第9話 郷に入っては業に従う

 メスガキの実家でハートアイズ式マナー講座を受けている。


 とりわけ貴族にとって、礼儀作法の習得は必須事項だ。

 行儀のなっていない身内の素行は家全体の評判を落とすことに繋がるし、仮に召喚された平民のガキが『よう、おっさん!』などとテンプレった翌朝には、似合いの柱に首が吊るされていても不思議はない。連中にとって、メンツは命よりも重いのだ。


 まあ余程に礼を欠いた行いでもなければ、平民や冒険者に本格的な作法を求めることなどそうはない。大事なのは相手に不快感を与えないよう心掛けること。親しき仲にも礼儀ありってな。


 とはいえ、国が違えば常識もまたガラリと変わる。ましてここは異世界だ。

 それこそ地球の食事マナーひとつ取っても、出された物は残さず平らげるのが礼儀と豪語する国があれば、食べ切れないほどの料理で持て成すことを美徳と考える国もある。


 俺もまた醤油と味噌に釣られてあっさりと進退を決めてしまう程度には食に執着を持つ、由緒正しきJソウルの持ち主。自分が何代目であるかは定かじゃないが、ウェルカム・トゥ・イセカイした今だからこそ、無用なトラブルを避けるためにも『郷に入っては郷に従え』という言葉を意識した立ち振る舞いをせねばなるまい。


 ……なので前提として、俺ことオニキス君が王国で暮らすにあたり彼らの文化や風習を尊重することそれ自体に否はないし、自分の相棒が国民的電気ネズミでも二足歩行のあざといネコでもなくドラゴンタイプのメスガキである以上、そのコネを活用するなら公爵家の関係者に相応しい所作を身に付けるよう申し付けられるのも納得の流れではある。……あるのだが、

 

「はい、おにーさん♡ あーんして~♡」


 だからってこれは絶対におかしいと思うんですよ……!


 ──ぴったりと隣席に張り付いたメスガキが、トヨスめいたマグロ包丁の如き大ぶりの刃で切り分けられたロースト謎肉を、うっとりした表情で俺の口内へと捩じ込む。……食いごたえの塊みたいな存在を腹に収めた俺は促されるまま、交代とばかりに眼前の皿に積まれた肉をフォークでぶっ刺してレンリさんの口元へと運ぶ。


 これぞハートアイズ公爵家心得、第八条──成竜とそのパートナーは共に食卓を囲む際、お互いの手で食べさせ合いっこするべし!!


 数日の洗脳もといレクチャーの成果によって、すっかりハートアイズ家に適応してしまったマイボディ。内心のツッコミとは裏腹に、今となっては無意識に身体が動くレベルだ。……この世界に来てからというもの、魔法なんかの習得速度や効果範囲がちょっとおかしい自覚はぶっちゃけあったわけだが──だからといって、こんなことで自分のチートスペックを実感しとうなかった……。


「あーん……ぱくっ♡ おにーさん、次もお肉にする? お魚にする? それとも~♡ ド・ラ・ゴ・ン?」


「レンリさんや、共食いジョークはお止めなさい」


 まあ自然界じゃそんなに珍しくもないけどさ。


 ちなみに王国だと、当たり前のように竜の素材が市場に出回っていたりする。なんなら特産品扱いすらされているぞ。鱗とか抜け毛感覚だしな……。流石に肉はダンジョン産の、自我を持たない魔竜だが。


 そんな極めてハートアイズ的な食事を続けていると、ニコニコとこちらを観察していたおねショタ公爵様からダメ出しが飛んできた。


「あらあら、レンリちゃんは流石に私の娘なだけはあるけど、オニキス君はまだ少し照れが残っていますね。でも大丈夫、すぐに私たち夫婦みたいになれますから! ──さあジョナサン、次はお野菜を食べましょうね~? はい、あーん♡」


「……あのね、マーマレード。凄く言い辛いんだけど、こんな見た目でも僕は百歳超えのお爺ちゃんなんだし、そろそろこういうのは減らした方がいいんじゃないかなって──もごごっ」


「もう、娘のお婿さん(確定事項)の前だからって格好付けちゃって♡ いつもみたいに、お姉ちゃんって呼んでくれないの~?」


 何やら気になる物言いをするショタ旦那であったが、問答無用とばかりに料理で口を塞がれてしまった。

 ちなみにジョナサン氏の座席はこの食堂には存在しない。念の為に言っておくと、それは決してこの国における種族人間の扱いが悪いとかではなく……まあつまり何だ、彼は公爵のお膝の上に座らされていた。貴族のマナーとは……?


 一見どころか二度見しても理解に困る食事風景だが、さりとて家や土地で代々続く掟というのは案外侮れない。この手の言い伝えは概ね、過去の教訓から成り立っているのである。

 ……つまり恐ろしいことに、どう考えても色に塗れたクソボケがノリで作ったとしか思えない公爵家の家訓にもまた、ハートアイズ一族が今日こんにちまで積み重ねた経験に裏打ちされた、目を背けたくとも出来ない実績があるわけで。


 ドラゴン共の生態を言語化するのに便利なあまり、多用しすぎてそろそろ過労死する勢いの火竜さんで例えると──火山地帯で育った火竜さんと、水辺で育った火竜さん。双方を比較した場合、前者の方が火竜として強力な個体に育つ。もちろん何事にも例外はあるが。


 ゲーム的な表現をすると、要は育成論の一種だ。

 簡単に言ってしまえば、竜は自分と親和性のある要素を取り入れることで経験値を獲得し、より強大な存在へと成長していくのだとか。


 さて、ここで問題です。


 Q:では恋竜さんの経験値足り得るものとは、一体何が当て嵌まるでしょうか?


 A:そうだね、俺達だね。


 雷竜は嵐が来るとテンション爆上がりで落雷ガチャを始めるし、ミコトのような鋼竜などは、魔物の討伐や人間文化の習熟によって自己を高める。……そして恋竜は、パートナーとのスキンシップを繰り返すことで経験値をモリモリ稼ぐ。


 育成ゲームで例えるなら、彼女ら恋竜はレベルではなく特定条件下でのみ進化するタイプの貧乳バスト──略して貧バス的なアレである。しかも進化前の能力値が不遇な分、つがいをゲットしてからは日常的に経験値が稼ぎ放題とかいうチート種族なのだ。

 ……そりゃあ公爵にも任じられるわ。他がコツコツとレベリングに勤しむ最中、こいつらだけ放置ゲーやってんだもの。


 良い機会なので作法(強弁)と一緒にこの国の歴史なんかも学んでいるのだが……どうも王国における貴族的なマナーは、色物ドラゴンが増えたあたりで時代の変化と共に形骸化。代わりに育成論を組み込んだ、長命種特有のゆるふわな自分ルールが流行ってしまったようだ。


 俺が歴史に内包された業の深さに胸焼けしていると、うちのハメゴンが食後の経験値を強請りに来た。


「くすくす、おにーさん食べるのおっそ~い♡ 咬合力弱すぎ♡」


「種族値でのマウントはルールで禁止だろうが……!」


「ただの忌憚のない意見で~す♡ 文句があるなら、わたしのこと分からせてみたらどうですか~?」


「上等だメスガキめっ! 今日は転生者の嗜み、リバーシで勝負だ!」


 ……忘れてはいけない。貴族であろうが何であろうが、彼女たちの本質はどこまでも欲望に忠実なドラゴンであることを。

 そしてこの地は竜の女王を戴く国──民の個性に理解がある故に、果たしてツッコミは不在であった……。





 ──深夜。尿意に起こされ、お手洗いへと向かった帰り道。

 水洗トイレならぬ、水スライム式トイレの存在に感謝しつつ廊下をテクテク歩いていると、扉の隙間から明かりと微かな声が漏れているのを発見。


「流石に盗人とかではない、とは思うが……」


 念の為確認だけしておくべきかと中を覗くと──室内には豪華なベッドの上に腰掛け、授乳プレイに勤しむ男女の姿が。……つーか公爵夫妻だ。どうやらこの部屋はお二人の寝室だったらしい。


 ……まあ夫婦なんだし、そういうこともあるわな! 

 小声で何かを囁いている様子だが、ともあれ夫婦の情事を盗み見るのは倫理的によろしくない。俺がクールに去ろうと身を引いた瞬間──激しい声色に合わせて眩い光が迸り、ジョナサンの全身を包み込んだ。


「全くもうっ、なーにがお爺ちゃんですか! だったらオギャればいいでしょ♡ オギャれっ、この老骨めっ♡ オギャれってんのよ♡」


「むぐっ!? もごもご──うっ……オギャああああああ!!」


「ふぅ──この手に限るわね♡」


 光が収まると、心なしかジョナサンのショタみが増していた。物理的に。より具体的に言うと、ジュニアスクールの高学年から低学年に進化した。……どうやらこの世界にBボタンは実装されていなかったらしい。俺はそっと扉を閉め、何も見なかったことにした。


 さーて、休暇は今日で終わりにしようっと。そして明日にでも冒険者ギルドに行って、なるべく早くに宿を移そう。ハートアイズ流の夫婦生活を目の当たりにした俺は、心の底からそう誓うのだった。


「すやぁ……ざっこぉ~♡ ざこざこっ、ざぁ~こ……♡」


「雑魚だけでこんなにバリエーション豊かなことある?」


 最早当然のような顔で同じベッドに入り込んでいるレンリさんだったが、ご飯を食べたらすぐに眠くなってしまうこのメスガキは、もしや恋竜種の中でも非常に温厚な部類なのではなかろうか……。先程の光景が脳裏に焼き付いてしまっただけに、尚更そう思えてならなかった。


 ──ちなみにリバーシは大人気なく四隅を取ったのにも関わらず、初心者相手に惨敗した。

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