第10話
あれほど落ち込んでいたジャンプだが、次の日には復活。ワクワクとあれこれ買わねばならないと言い張った。俺は、アゴ美と共に、ショッピングセンターに連れ出されたが、もう水着だけで辟易した。あーでも無いこーでも無いに、付き合ってられるか。後は二人に任せて、俺はベンチに寝っ転がった。
賑やかに買い物をする人々が行き交う中、目を瞑った。いかにアゴ美を結婚させるか。考えただけで眉間に縦皺が寄る。
「そこ、独り占めする気?」
目を開けると、婆さんが不機嫌そうに席を譲れと言う。
昔は美人だったのだろうが、かなりキツそうな顔つきの年寄りだ。いわゆる、だいひょうてきな嫁いびりをするきつい姑顔。どかっと俺の隣に座ると、ポケットを探って顔をしかめた。
「タバコもってる?」
首を振ると、役立たずと言わんばかりの表情で、ため息をつく。
よく見るとあまり顔色はよく無いし、悪い病気特有の匂いもする。
「なんだ、あんた死ぬのか?」
驚いた顔でこちらを見た婆さんは、俺の頭の上を見てくくくっと笑った。
「もう、みんな知ってるのね」
何のことかわからない。婆さんが指さす方を見ると、大型テレビにワイドショー番組が映っていた。
大物女優が舞台降板?!というテロップ。
「俳優の長谷川月子さんが、入院していることが判明し…」
テレビ画面に映る婆さんは、目の前の婆さんと同じく顔をしている。
「あれ、あんたか?」
「あら、驚かないのね。結構有名人だと思ってたんだけど?」
「本物なのか?入院してるって言ってるぞ」
「してるわよ。ちょっと、抜け出してきただけ」
骨と皮だけのような手をさすりながら、
「ああ、タバコ欲しいわね」
と、ため息混じりに呟いた。影がひどく薄い。
「あんた、死ぬぞ」
俺の言葉に、月子は口の端をきゅっとゆがめて笑った。
「人間誰しも死ぬのよ」
そうだ。だから、彼女は俺に声をかけた。
そもそも、姿を現していない俺は、普通の奴には見えないのだ。そして、狼頭にわざわざ話しかける筈がない。
「言っておくが、俺は死神じゃ無いぞ」
「なにそれ?」
月子は可笑しそうげらげら笑う。
「ここんとこ、いろんなものが視えるのよ。お迎えが近いせいなのかしらね」
と言いながら、
「あんたも、なんか、悩みがありそうな感じね」と聞いてきた。
「まあな、色々あって、人の婚活手伝ってるんだが…何かうまくいく秘訣はないもんかな?」
「3回離婚したアタシに聞くセリフかい?」
と、大笑いした。顔に似合わず結構ゲラな婆さんだ。
「まあ、どの結婚も本気だったのよ。でもねえ、役の続きで恋をして、役が終わったら終わるような結婚だったわね」
名女優だからね、
「素のアタシと結婚した人は居ないのよ」
まあ、女優ったって、人それぞれだけどね。
そう言って、寂しそうに微笑んで、遠くを見つめた。
視線の先には大勢の人々。たくさんの家族連れが楽しげに買い物している。後悔しているのだろうか。あの、人々の笑顔のなかに、あったかもしれない自分の未来を…。
と、思っていると、月子が俺の背中をバンバン叩いた。そして、げらげら笑いながら言った。
「ほら、騙されたでしよ?」
無い無い、と手を振りながら
「男ってバカなのよね。ほんと、すぐ表面に騙される」
月子は俺に向き直って、真面目な顔で言った。
「言ってることや、やってる事、顔や形も、全てが本当では無いのよ。パーセントの問題。色んな役やる時は、自分の中の数パーセントを増幅して役になりきるのが、アタシのやり方。だから、アタシの本当の姿、素のアタシなんて無いの。全部がアタシ」
そこから騙されていたのか。愕然とする俺に
「まあ、それをちゃんと自覚してなくて、色々悩む人はいるけどね」
と言う。ということは、思い込みで結婚して、思い込みだったのが分かって離婚したのか?
「アタシなんて、生活力ないし、ズボラだし、なんでもマネージャー任せだったけど、ま、相手も相手で、お互い様よ。離婚なんてね」
愚痴を言いつつ、俺の顔をみてまた、げらげら笑った。
「婚活がうまくいくかどうかとかは、その人の全てを受け入れられる人かどうか、見極めるってことかな。3回離婚して学んだことよ」
さすがは、結婚を何度もできた人間だ。アゴ美は一回ですら難しいのに。
「なかなか考えさせられる意見だ。礼を言う」
と、顔を上げて見たものは、両脇から抱えられ、看護師達に連れ去られる月子の姿だった。
アンタみたいに、変わったのに出会えて面白かったよと、月子は手を振りつつ去って行った。
その人の全てを受け入れる…か。
鉄ちゃんであろうと、ジャーであろうと、きっとアゴ美にはできる筈だ。できる子だと信じたい。
人間は誰しも死ぬ。
俺は死なない。
だが、三代祟らねば消えてしまうのだ。
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