第5話
レストランで、見合い相手と差し向かいに座っているアゴ美を見て、前回の服装よりは全然いいと俺は思った。
ジャンプの見立てで、アゴ美は白いワンピースを着て、赤いベルトを締めた。デカい体が少しはこじんまり見えるようにと、青い短ジャケットを羽織り、黄色いスカーフで華やかさをだした。
「妙にしっくりきますよね」
ジャンプがなぜか顔をしかめる。
「なんか、これしかないっていう色合いっていうか…」
似合ってるというのに、何が不満なのか、ジャンプは奇妙な言いまわしをした。
相手は仕事用のダークグレーのスーツ姿。顔は、団子に団子をくっつけたような、どちらかと言うと面白い顔。だが、一番のポイントは、どうやら、向こうがアゴ美を気に入ったようなのだ。早々に付き添いを帰して、二人きりで食事にと誘ってくるなんて、あまりのとんとん拍子に、こちらが不安になるくらいだ。蓼食う虫も好き好きと言うし…と、俺は無理やり理屈をつけて頷いた。
今回も俺たちはアゴ美の横のテーブルに腰掛け、二人を見守っている。すでに座っているカップルの隣だが、まあ、構わない。別にワインや食事をつまみ食いしても、人には気づかれない。
注文を終えた団子は、アゴ美の上から下までにこにこしながら眺めた。
言っちゃ悪いが、そんなに見て嬉しげになるような面相ではない筈だ。いやいや、デブ専とか、アゴ専とかあるのかも…?
団子はテーブルに身を乗り出して、小声で言った。
「それ、ザンダムでしょ」
隣で芋をつまんでいたジャンプが手を叩いた。
「そう!白いモビルスーツ!」
「なんだそれ?」
「めちゃ有名なアニメっすよ!その等身大模型がお台場に立ってたっす。あーそうかー。しっくりくる筈っすよ」
うんうんと一人頷くジャンプ。
要するに、アゴ美は、今回は巨大ロボットとして、相手に気に入られたのだ。前回は電車だし、どちらにせよ人外。あまりの不憫さに目頭が熱くなる。
「意識しなかったのですが…」
アゴ美が恥ずかしげに小声で返した。
「よくお似合いですよ」
団子がにこにこと頷く。
「僕も何か、そうですね、ネクタイが赤かったら、トムカラーでしたか?」
アゴ美が微笑んだ。
「結構いい感じですね」
通りかかったウエイターの持つ皿から、チキン一つつまみながらジャンプが言う。
ロボの話とはいえ、確かに盛り上がっている。
「ザンダムって、そんなに面白いのか?」
「赤い彗星のジャーって、聞いた事ないっすか?」
無いと言うと、
「コンビニでジャー専っていう、赤いグッズみたことあるっしょ?そうそう、兄貴は、ザンダム豆腐食べてたっすよ」
「あの、奇妙な形の豆腐か?」
子供の玩具になるだけでなく、豆腐にまでなるとは、ザンダム恐るべし。
俺がザンダム話をジャンプから聞いている途中で、アゴ美がいきなりテーブルから立ち上がった。
「貴方とはこれ以上お話することはありません」
目を丸くする団子をテーブルに残し、ひとりレストランから出て行くアゴ美。
ちょ、ちょっと待て、さっきまでのいい雰囲気はなんだったんだ?
レストランの前の歩道で、つかつかと歩調を早めるアゴ美の肩を掴んで止めてた。
振り向いたアゴ美は目に涙を浮かべていた。泣いているとは思ってもなかったので、俺はちょっと慌てた。
「ど、どうしたんだ?なんか、されたのか?」
「大丈夫です」
「いや、泣いてるじゃねーか」
アゴ美の肩に手を置き、俯くアゴ美の顔を覗き込んだ。
ちなみに、俺たちの姿はアゴ美以外の人間には見えないようになっている。他の人間にはアゴ美がただ立ち止まったようにしか見えない。
「邪魔だ。どけよ」
後ろからぶつかってきた男が、怒声を浴びせた。
「すっ、すいません」
アゴ美がぺこぺこ頭を下げると、横柄な面の若い男が、
「どブスが」
と、吐き捨てた。
ムカッとした。
確かにこいつはブスだ。だが、お前なんぞにバカにされる筋合いは無い。
俺はそいつの首根っこをぐっと掴んだ。そいつには何が起こっているのかわからないだろう。びっくりして、足をバタバタさせている。辺を見渡すと、ちょうど良い枝ぶりの木があったので、ちょっと反省するがいいと、襟を木に引っ掛けてやった。
周りの人間達にも何が起こったかわからないだろう。そいつが一人で飛び上がって、木に引っかかったとしか見えないからだ。
そいつは声も出せずに口をパクパクさせている。
「さあ、いいお仕置きだ」
俺が満足げにニヤリと笑うと、アゴ美はオロオロと、下ろしてあげてください、などと言うのだ。
「お前、腹が立たないのか?」
「そうっすよ。人が良すぎるっす」
アゴ美は困った顔をした。
「だって、本当の事ですから」
ついと、目を上げると俺の目を見て、
「本当の事を言われて、怒ってはいけません」
と、きっぱり言った。
「確かにそうっすね。立派っす」
ジャンプがアゴ美の手を握って頷いた。
「兄貴もアゴ美さんの爪の垢を煎じて…」
俺はジャンプの頭をポカリとやった。確かに身につまされる台詞だが、ジャンプに言われると腹が立つ。
「好きにすればいいさ」
吊るした男を下ろしてやると、そいつはあたふたと逃げて行った。
周りの人間達は俺たちを、いや、アゴ美を遠巻きに見ている。どうやら一人でぶつぶつ言ってる、危ない人と思われているようだ。俺達はそそくさとその場を離れた。
そして、アゴ美の部屋での反省会で
「だって、あの人ジャーのファンだなんて言うんですよ」
と、アゴ美が深刻そうに顔をしかめた。そんな答えは、俺の眉間に皺が寄るだけだ。それが、見合いが上手くいかなかった理由なのか?
「これは、人間性の問題なんです。
ザンダムなら出てくる人々は、生き延びる為のみならず、国や、愛する人や、何かを守る為に戦っているんです。でも、ジャーだけは違うんです。彼はただ、自分の復讐の為だけに戦争を利用して、人殺しをしていただけなんです」
とりあえず、アニメの話だろ?
「いいえ、それだけじゃ無いんです」
アゴ美の鼻息は荒い。
「私はジャリアブルが好きなんです。ミュータイプの中では珍しい大人なんです。ジャーやナムロみたいなエキセントリックな子供は全然駄目です。そしたら、オタク女子はこれだからって…」
そもそも、アニメの話だろ?現実とは違うだろ?
「いいえ。ジャーに憧れるような子供は、嫌です」
…ため息をつくしかなかった。
「次、いってみよ?っす」
ジャンプが明るく俺の肩を叩いた。
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