第4話

 昨今の見合いは、複数でやるものなのか?これがジャンプのよく言う合コンとかいうやつか?王様ゲームが始まるのか?

 俺は首を傾げた。

 大きな窓から庭園を臨む和食料亭の座敷。

 主役のアゴ美は、でかい体に似合わない七五三のような赤い子供じみた着物に、顔を真白く塗りたくり、ちょぼんと真っ赤な口紅。稚児行列かよ?

 それを、父親そっくりの丸顔の伯母に色々文句をつけられていたが、どうしようもないと、早々に諦められたようだ。

 何をどういじればいいのか、誰にだって分かるまい。

 まあ、とりあえずそれは良しとしよう。見合いの場に、伯母と本人。父親は仕事を理由に来ていない。まあ、そこまでは理解できる。

 だが、テーブルに着くもう一組を見て、俺は首を捻った。いいのか?これは?こういうものなのか?

三人いる。

 一人はおばちゃん。これが見合い相手ではあるまい。こちらでいうところの伯母の役だろう。

 だがあとの二人は?

 俺の疑問をよそに、ホホホホと、形式上の挨拶をしていたおばちゃん達だが、ようやく始まるらしい。

 向こうのおばちゃんが言った。

「こちら春彦と秋彦。見ての通り双子で、気に入った方と付き合っていただいて結構です」

そんな見合い有りなのか?

「昔流行った、ねるとん、いや、今はバチュラーとか言われるやつですね」

と、ジャンプがしたり顔をする。

 双子が礼儀正しくペコリと頭を下げたのを見て、アゴ美の伯母がオホホと愛想笑いをした。

「まあ、お二人ともそっくりなイケメンじゃありませんか。うちのなご美は、まあ、器量は十人並ですが、心根の方はそれは優しくて」

十人並以下だろうが!俺は心中突っ込んだが、向こうのおばちゃんはオホホと笑うのみ。どちらが狸で狐やら。

 まあ、どちらにしても、三代目さえ生まれてくれれば、文句はない。しかし、ジャンプが顔に縦線を入れて、おどろおどろしく言った。

「こんなイケメンが見合いだなんて、なんかありますよ。人に言えない何か秘密が」

確かにアゴ美の半分まだはいかないが、かなり小さな顔。背はそれほど高くはないが、愛玩犬のような可愛い系の整った目鼻立ちご、スーツで凛々しく見える。女子に人気の芸能人にいそうなタイプだ。見合いしなくても、もてそうではあるが。

「この話には裏がある…」

ジャンプはアゴに手を当てて言った。そして、おもむろにテーブルに飛び乗ると、双子を指差し叫んだ。

「犯人はお前達だっ!」

ちなみに、こうやって何だかんだやっても、人には見えないし、聞こえない。

 俺はため息をついて、ジャンプの首根っこを引っ掴んだ。バカにはつきあってられない。

 この間も、おばちゃんらが意味もなく笑い合っているが、当の本人達は俯いて一言も喋らない。

「なご美さんのご趣味は?」

おばちゃんが聞く。

「本を読むが好きで、それが高じて図書館に勤めてますの」

と、おばちゃんが答える。

「お二人のご趣味は?」

と、おばちゃんが聞き、

「旅行ですわね。旅先で写真を撮ったり」

と、おばちゃんが答える。

本人不在かい。

 すると、今まで黙っていた双子の片割れが、おばちゃんの会話に口を挟んだ。

「鉄道です」

アゴ美が顔を上げた。

「趣味は鉄道です。俺は乗り鉄、弟はガレ鉄」

おばちゃんが、余計なことを言うなという目で、二人を睨みオホホと笑った。

「男の子は、いつまでも乗り物系が好きですからね〜」

「夢があっていいですわね〜」

おばちゃん同士、ホホホと笑い合う。

 そんな中、弟の方が、兄に耳打ちをした。兄はうんうんと頷くと、にこやかに言った。

「先ほどから思っていたのですが、なご美さんは、紀州鉄道の鹿よけガード車にそっくりですね」

鹿よけガード車?

アゴ美もわからないようで、首を傾げている。

「これですよ」

片割れが、スマホの写真を見せた。

 ようするに、雪かき機ならぬ、鹿よけ機がついた電車のようだ。ジャンプが覗き込みながら

「電車の前面って、人の顔にみえなくもないっすからね。えっと…この部分って…」

と口ごもる。俺は唸った。

「アゴだ」

おいおい!見合いでいきなり言うセリフじゃねーだろうが。

と、アゴ美がおずおず口を開いた。

「…それは、もしや褒めていらっしゃるのでしょうか?」

褒めてないって!

けなしてるよ!完全に。

俺のツッコミを当たり前だろうが完全に無視して、

「勿論です」

双子は真剣な顔で頷いた。

 アゴ美は複雑な顔で下を向く。

 電車そっくりと言われて喜ぶ女はいないだろう。この双子は…苦々しく思う横で、ジャンプがそれ見たことがと、自慢げに鼻を鳴らしやがった。

 この後、双子の片割れが、キハがどうだの、クモハがどうだのと、延々と電車について喋り続けた。もう片方は、時たま片割れに耳打ちするだけで、発言なし。

 あきあきした顔のジャンプと、頭を抱える双子側のおばちゃん、開いた口が塞がらないアゴ美の伯母。

 もう、一生分電車に乗ったような蘊蓄を聞かされた挙句、最後に

「私、乗り物酔いするので…」

とのアゴ美の一言で、見合いは終わった。


「あれは仕方ない」

慰めるつもりはないが、今後のことを考えて、アゴ美に言った。

「たまにはこんなハズレもある」

「でも、顔は腐女子好みだったっしょ?」

双子を犯人扱いしていたジャンプが、しれっと言いやがる。

 アゴ美の部屋で、今日の反省会だ。

「見ていらしたんですか」

と、恥ずかしげに俯くアゴ美。

「今日の服装はどうだろうな。もう少しなんとかならないものか?」

「次回は清楚系はどうっすか?ワンピースとか?」

「おっ、ひさびさにお前のまともなセリフを聞いたぞ」

なんとか雰囲気を盛り上げようと俺たちは、無理やり明るくでかい声をだした。

「次回も、あるんでしょうか?」

俺とジャンプは同時にアゴ美を振り返った。

「当たり前だ」

「当たり前っすよ」

「そうですか…」

アゴ美はまた俯いた。

「まあ、今回は相手が悪かった」

「そうっすよ。アゴで雪かきが出来るなんて、酷い事言うヤツらだったっすね」

酷いのはお前の口だ。俺はジャンプを小突きつつ言った。

「明日はもっとマシなのが来るはずだ。おばちゃんも今日のことは反省しているはずだしな」

「明日もですか?仕事があるんですが?」

「明日は夜だ。向こうも土日は忙しいらしい」

「そうですか」

驚いていたアゴ美だが、強く頷いた。

「そうですね!父のためですもん。へこたれちゃいけませんよね」

アゴ美のちょっと潤んだ目に、良心がちくちく傷んだ。アゴ美が心進まない事をしないといけないのも、今日のような嫌な目にあうのも、全部俺の都合の所為なのだから。

ジャンプがアゴ美に同情するように頷いている。

「大丈夫。次はきっといい奴っすよ」

本当にそうであって欲しい。いや、そうであってくれと、願うのみだ。

 





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