第3話
夜、娘の枕元に立った。寝てる姿もブサイクだ。おちょぼ口に、長いアゴ。なご美じゃなくて、アゴ美だこいつは。
「ピンク色のキラキラ可愛い部屋じゃなかったっすね」
ジャンプががっかりしたように言う。
六畳の和室に布団。ぎっしり本の詰まった棚。小さめのアニメのポスターが貼られている。ぬいぐるみが何個か棚にのっている所を見ると、可愛いものが好きなようだ。なんとなく落ち着く感じがする。
それにしても、見れば見るほどブサイク。これをなんとか、結婚させないといけない。
俺は意を決して、咳払いをし、厳かな声を出した。
「娘よ。起きよ」
だが、ピースーピースーと色気のかけらもない寝息をたてたまま、うんともすんとも言わない。「起きんかい」と、アゴ美の頭を軽く蹴飛ばすと、ようやくパチリと目を開けた。
「我は犬神大明神なり」
犬神大明神には縁もゆかりもないが、此処はいっぱつかましておかないと、胡散臭く思われてしまう。なにしろ、三代祟る為と言って、協力するバカはいない。
とりあえず、アゴ美を結婚させないといけないのだ。
「お前は結婚せねばならない」
アゴ美は何も言わずに俺を見ていたが、ため息をついて目を瞑った。
まてまて、二度寝する気か?人ならぬものが枕元に立ったというのに、その態度はなんだ?
「起きよ!」
大人しく起きるかと思いきや、アゴ美は不快そうに頭をさすりながら、布団を被りやがった。
何様だ?!
お前、俺様に楯突いてただで済むと思ってんのか?
「起きんかぁああああ!」
俺はアゴ美の布団を剥ぎ取り怒鳴った。
途端、
「きいゃああああああ!」
アゴ美がでかい悲鳴をあげた。
「まずいっすよ。寝込み襲ってるみたいっすよ」
ジャンプが後ろから小声で言う。
誰が襲うか!
こんなブス!
いきなりの悲鳴に驚いたのはこっちだ!
親父が起きてきたらどうする?いや、どうするもこうするもないが、ややこしくなるだろうが!
「やかましい!黙らんか!」
「きいゃああああああああああ」
埒があかない。俺はアゴ美の頭を一飲みに出来そうなぐらいの大口を開けた。
「がああっ!!!」
尖った歯が並ぶ口を見て、ようやく本当に怯えたのか、アゴ美は黙った。だが、すっと手を伸ばし、俺の鼻先に触って一言。
「ホントに狼頭…推せる」
おせる?
何を?
俺の問いかけに、ジャンプが複雑な顔で話を続けるようにと促した。
俺は咳払いをし、仕切り直した。
「娘よ。お前は結婚せねばならない」
「えっ?貴方と?」
アゴ美が少し頬を染めた。
「そんなあ…狼頭は尊みが深すぎ。毛深マッチョなのがちょっとだけど…いや、それも含めて推せる〜」
コイツは何を言っているんだ?
ジャンプが耳元でヒソヒソ言った。
「これは多分腐女子って奴っすよ」
「こいつは紛れもなく婦女子だろうが」
ジャンプが首を振った。
「行き過ぎた妄想をする女子の事っすよ」
ジャンプが俺に耳打ちしているのを見たアゴ美は、
「嫌ぁ。狼頭と小姓。それもアリよね」
と、頬に両手を当て嬉しそうだ。
なぜか、ジャンプは後退りして、両手と首をブンブン振る。
訳が分からない。
が、そんな事はどうでもいい。俺の願いはシンプルだ。
「お前は1ヶ月以内に結婚しなければならない」
「それは無理っすよ」
ジャンプが手を振った。
「いくらなんでも、急すぎるっすよ」
「では、1ヶ月以内に結婚相手を見つけなければならない、ではどうだ?」
「まあ、順当っすね」
俺たちのやり取り見ていたアゴ美は、ようやく自分の置かれている状況をつかんだようだ。
「夢にしては、すごくリアルだわ」
「夢ではない。お告げだ」
俺は重々しく言った。
「お前が1ヶ月以内に結婚相手を見つけられなかった場合、父親が大変な目にあう」
「大変な目に?」
「そうだ。大変な目にだ」
ここで詳しく言ってしまうと、「祟る」の二の舞になってしまうので、色々誤魔化しようのある「大変な事」で止めておく。
「それは無理です」
「親の一大事なのにか?」
「でも…」
アゴ美は心底困った顔をしている。
「じゃ、3ヶ月?」
ジャンプが軽く言う。俺はジャンプを睨みつけた。アゴ美は首を振る。
「無理です。あたしに結婚相手だなんて…」
「不細工だからか?」
「狼頭さんから見てもそうですか」
アゴ美は半笑いした。
「男子にはこの顔でずっといじめられてきましたから」
ジャンプが肩をすくめる。
「だから、二次元男子が好きなんすよね」
アゴ美が頷く。
「じゃあ、その二次元男子とやらと結婚すればいいだろうが」
「二次元男子って、絵に描いた餅の事っすよ」
「錦絵のことか?」
「古いっすね〜」
ニヤニヤするジャンプを小突きつつ、俺は考えた。
まあ、その気持ちは分からないでもない。嫌な目に遭わされ続けたのだ。
「お前、ぶっちゃけ男に興味ねえのか?」
「て、いうか、好きになった男子とかいないんすか?」
アゴ美はありますけどと、口を濁した。
大体予想はつく。ブサイクを理由に結局酷い目にあったのだ。
「だが、ガキの頃の話だろう?大人の男はそんなことねえ。なあ」
「そうっすよ」
ジャンプが調子よく頷く。
「そうでしょうか」
ようやく俺を神と認めたのか、アゴ美の口調は丁寧だ。
「まあ、婚活っての?明日からやってみ?」
「婚活…」
「とりあえず、見合いをしてみようや」
手筈はもうついている。
親父の姉、アゴ美の伯母の耳元に、見合いの件を吹き込み済みだ。
「解りました。3ヶ月以内に結婚相手を見つけないと、父が大変な事になるのですね」
「お、おう。そうだ」
「解りました」
「う、うむ。ゆめゆめ疑うことなかれ」
これでもう安心だ。見合いさえすれば、オッケーだと、俺は思っていた。
ジャンプの物言いたげな顔に、一抹の不安も感じてはいたのだが…。
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