第6話
次の見合い相手が見つかるまで間があったので、俺達は偶然の出会いとやらを、探しに出る事にした。
「ロマンチックですよね〜」
ジャンプが言う。
足取り軽く、歩道をくるくる回りながら歩くジャンプを女子高生達がちらちら見ている。
今日は、わざわざ人間にも見えるようにしている。いい女を連れている男は、価値があると見られて、モテる場合が多い。ということは、イケメンを連れている女も価値が高くなる筈。
アゴ美をチヤホヤしていると、男がやってくるかもしれないという、ジャンプの案なのだ。軽そうなジャンプと、精悍な俺、そしてアゴ美。
アゴ美はいつになく高いヒールを穿かされている為、よろよろ千鳥足だ。
「お嬢様お手を」
と、手を差し出すと、アゴ美は真っ赤になった。
「本当にお姫様になったみたい」
照れながら手を取ろうとしたアゴ美だったが、
「邪魔」
との声に手を止めた。
小さなパン屋の店先だ。ショーウィンドウの横で、長めのフランスパンを、凶器のように片手に持った男が、俺とジャンプを訝しげに眺めている。
「誰?こいつら」
と男に低い声で言われて、アゴ美は口籠った。
そこを、ジャンプが、アゴ美の肩を抱いて、
「誰〜?こいつ?」
と、明るく無邪気そうに聞いた。
「え、あ、同級生の、パン屋の、修ちゃん、です」
しどろもどろに答えるアゴ美の肩をポンポン叩き、ジャンプが「ふーん」と笑った。
「僕、アゴ美ちゃんの彼氏そのに」
下からえぐるように、にこやかに、
「で、こっちの兄貴が、アゴ美ちゃんの彼氏そのいち」
と、ジャンプが自己紹介する。
この修ちゃんとやらは、俺と同じくらい背がある。がっちりした体つき、毎日パンを捏ねている筋肉だ。顔は無骨ながら整っているし、無口な彼が好きという、女子も多いだろうと思われる。そいつが、「俺たちがアゴ美の彼氏」と聞いて、ムッとした。これは、脈があるかもしれない。ジャンプもそれに気がついたようだ。
「あれ?むっとしたね?いま、むっとしたよね?ひょっとして、君もアゴ美ちゃんが好きなの?」
パン屋は眉間に皺を寄せると、
「振られた」
と一言。無表情のまま店の中に戻って行った。
な?
なんだと…???
「ふ?振られたぁ⁈」
お前、何様のつもりだ。あれを振るなんて、どうかしているぞ。
俺たちに詰め寄られて、アゴ美は、泣きそうに言った。
「アレルギーなんです。小麦粉の」
ばかやろう!
アレルギーぐらい、根性でなんとかしろ!
無理っよ、死んじゃいますよと、ジャンプに止められ、俺はがっくり膝をついた。
希望は絶望につながる最短の道だ。
俺はもうお終いだ…。
「兄貴、なんとかなりますって」
「落ち込まないでください。私、頑張りますから」
と、ジャンプやアゴ美に励まされ、俺はいよいよ落ち込んだ。
ふらふらと、家に帰ると、鉄ちゃんその一が、門の前で待っていた。
「こんにちは、なご美さん。いや、もう今晩はかな?」
前回同様、濃いグレーのスーツ姿にリュック。三脚用のバッグがリュックについている。仕事帰りかと思いきや、電車の撮影帰りなのだろうか。
「あれ?君は?断られたんじゃなかったっけ?」
ジャンプがずけずけ言うのを無視して、鉄ちゃんその一は、アゴ美ににっこり笑いかけた。
「家に来ていただけませんか?」
家にって、嫁に来いって事か?ジャンプが二人の間に首を突っ込んだ。
「おやおや、ひょっとして、未練があるんすか?」
鉄ちゃんその一はようやく俺たちにチラリと視線を向けた。
「この方達は?」
だが、話す方向はあくまでもアゴ美だ。
「彼氏その一と、その…」
余計なことを口走るジャンプの口を塞ぎ、俺は急いで、唯の知り合いだと言った。アゴ美を気に入ってくれているなら言うことはない。
「弟が貴方に会いたいそうなのです」
「私に?」
アゴ美が躊躇すると、
「電車酔いをすると断られたのは、僕、ですからね」
と、ジャンプを牽制するように言った。
「弟の見合いはまだ終わっていません」
「弟は、こいつを気に入ったというのか?」
「はい」
「じゃあ、なんで来てないんすか?」
「家で、なご美さんを迎える、準備をしているんです」
張り付いたような笑顔で鉄兄は言った。
なにか違和感のある兄弟だが、嫁にもらってくれるというなら、渡に船だ。
俺はアゴ美の背中をドンと押した。
アゴ美が不安げに俺を見上げる。今まで男に気に入られることなど、ほとんどなかったのだから、二の足を踏む気持ちは分かる。まあ、あの見合いの席で、人外としては気に入られていたようだが。
「行って来い」
ついて行ってやるから。
俺の言外に気づき、アゴ美が頷いた。ジャンプもワクワクした目をしている。
「分かりました」
鉄ちゃんの家に向かう二人を見送ってから、オレ達はすぐに姿を消し後を追った。
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