第7話
「うひゃぁ!かっこいいっっ!200系に北斗に…」
どうやら、ジャンプにも鉄の血が流れているらしい。
十畳程の部屋一つ丸々、電車が走り回っている。山あり谷あり浜辺あり、街あり村あり、これがジオラマというやつらしい。この中をちっちゃい電車が縦横無尽に走り回っている。よくこんなものを、家の中につくったものだ。
「あっ、江ノ電っすよ」
大仏の周りをぐるぐる廻る短い電車を見て、ジャンプが嬉しそうに言った。
「俺、乗ったことあるっすよ。あれは、アジサイの頃でしたかね」
と、遠い目をする。元主人と一緒に行ったのだろうか。
「ケーキの美味しい店があると、女郎蜘蛛サンに誘われて行ったんすよ。店に入った途端、後から後から女郎蜘蛛サンの子供がゾロゾロとやってきて、支払いは俺に…。デートだと思ってたのに…」
……。
無言の俺に「騙されたんすかね?」と、涙目ですがりつくジャンプ。
こんなバカは放っておこう。
それよりアゴ美だ。
鉄ちゃん弟が、カシオペアいう電車を止めて手に取り、アゴ美にみせている。屋根を取ると、アゴ美が、わぁ!と声をあげた。感嘆している様子なので、横から俺も覗き込んだ。
小さな座席やテーブルやらが、きっちり電車に詰め込まれているいる。食堂車のようで、内装も細かく作り込まれており、テーブルの上には豆粒のような小さな食器も並んでいる。怒涛の蘊蓄は右から左へ聞き流しても、確かに、これはすごい。コツコツ作る忍耐、細かな作業、賞賛に足る男だと、ちょっと鉄弟を見直した。
アゴ美はといえば、嬉しそうに鉄弟が、何やら長々と述べるのを、ニコニコしながら聞いている。
地蔵か?お前は。と、思わずツッコミたくなった。
途端、腑に落ちた。
気に入ったって、ただの話し相手、いや、聞き手が欲しいだけだ。
「どうしたっすか?いい感じっすよね?」
俺のむすっとした顔を見て、ジャンプが言った。
「アゴ美は女として見られてない」
あの扱いは、俺にとっての地蔵と同じだ。
「まあ、そういう関係もあるっすよ」
と、ジャンプの癖に、訳知り顔で、オトナ気発言をしやがる。
「兄貴は、アゴ美サンを結婚させるのが目的っすよね?」
「当たり前だ」
「選んでられないって言ったのは、兄貴っすよ。本人同士が良ければ問題ないんじゃないんすか?」
そのとおりだ。
俺に後は無い。
だが、なんだか割り切れないのだ。
部屋の入り口で、アゴ美達を見ている鉄兄のつくり笑顔も気に入らない。
「何か、企んでやがる」
「えええ…?」
ジャンプの呆れたような顔を尻目に、俺は鉄兄と直接談判することにした。
「お友達でしたよね?結構、過保護なんですね」
完全に警戒している。笑顔の裏で、俺のことを推し量っているのがみえる。
俺は玄関からわざわざ入り直した。人間の振りをしなければならないのは、中々に面倒くさい。ジオラマ部屋の入り口から、それとなく中を伺うと、アゴ美の隣でジャンプがVサインをした。鉄弟の動きも気になるので、姿を表すのは俺だけにしたのだ。
「いい感じですよね。お見合いは成功ではないですか?」
俺を客間に通し、鉄兄はコーヒーを運んできた。
「あれがいい感じにみえるのか?」
鉄兄は涼しい顔で、対面のソファに座りコーヒーを啜る。
「気に入らねぇな」
と、鉄兄を睨みつけだ。
狼頭ではないが、普通の人間なら怯える程度には凄みを効かせた筈だ。だが、鉄兄はつくり笑顔を全く崩す事なく言った。
「正直、貴方はなごみさんの何なのですか?唯の友人?ですよね?」
保護者みたいなものだと、答えると、鉄兄は笑った。
「何が気に入らないと?」
「あいつを女として見てない」
鉄兄は丸い目を一段と見開いたのち、ケラケラと笑い始めた。俺の憮然とした表情に気づくとより一層笑い続ける。いったいこいつは何がおかしいのか。
「ああ、可笑しい」
ようやく笑うのをやめて、涙をふいた。
「そこまで可笑しいか?」
「可笑しいですよ。正直、なごみさんを、女性として見れる人なんているでしょうか?」
貴方はどうです?と、言われて、躊躇した。
ここで、あいつが女に見えると言えば、俺がアゴ美に惚れてるって事になる。それは、ありえん。しかし、女に見えないというと、鉄兄に同意した事になる。それは面白くない、というより、絶対に嫌だ。
一体何と答えるべきか?
逡巡した挙句、俺は無様な回答を絞り出した。
「せっ、生物学的に女だ」
子供の言い訳だ。いや、小学生でもこんなことは言わない。鉄兄は気の毒なモノを見る目をしている。俺は冷や汗をかきながら、しかたなく正直に言った。
「あいつを、女として見てやって欲しいだけだ
」
ちゃんと女性として見ていますよ。
鉄兄は、気持ち悪いほど優しく言いやがった。
「どうっすか?このまま一気に結婚とか?」
調子に乗って言うジャンプ。
アゴ美はまた来て欲しいと言われた。次は、トワイライトエクスプレスをみせたいからだとさ。
俺の苦い顔を見て、ジャンプが、
「まあ、子供が遊びに誘うようなもんっすけどね」
と、言い訳がましく呟く。
「弟は、女性の扱いを知らないのですよ。そもそも女性を知らない」
鉄兄は言い聞かせるように、俺に理由を語った。
「僕は外で働いています。このビジュアルですから、多少はモテます。鉄ちゃんであろうとね」
鉄兄は謙遜しているが、もっとモテるのだろう。そっくりな弟も、通常であればモテる筈だ。
「弟は高校の時、女子と色々あって、引きこもるようになったんです。女性恐怖症とでも言いましょうか。
そんな弟が、なごみさんを気に入ったんです。まだ恋愛とは言えないかもしれない。でも、僕は、何としてもこの関係を成就させたい。
ああ、弟の仕事ですか?家でガレージキットを作ってネット販売していますよ。この世界では結構有名なんですよ。心配しなくても、普通の会社員以上に稼いでますよから。安心して下さい」
女が怖いなら浮気の心配も無いし、儲けているならお金の心配も無い。ジャンプや鉄兄の意見は正しい。その通りなのだ。アゴ美の為にも、俺の為にも、この見合いがうまくいけば言うことは無いのだ。
俺は何度もうなづいて、自分を納得させた。鉄弟と、アゴ美の門出を祝おう。
そう思っていたのだが、アゴ美の家の前で、意外な奴が待っていた。
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