第8話

 コイツはアゴ美に振られた腹いせに、仕返しでもしに来やがったのか。

 家の前の薄暗がりから、アゴ美に声をかけてきたのは、先日の見合い相手ザンダムのジャー好きだった。

「ストーカーっよ」

「違いないな」

俺とジャンプで、ソイツを威圧的に挟み、真上から睨みつけた。

「な、なご美さん、この方達はいったい…」

ジャーはおでこに冷や汗をかきながら、アゴ美に助けを求めた。

「何か御用でしょうか?」

怪訝そうに聞くアゴ美に、ジャーは必死な顔でうなづき、首を縮めて言った。

「じっ、実はこの前の事をお詫びしたくて…」

どうやら、誤りにきたらしい。俺とジャンプが少し下がると、ジャーは転がるように包囲網を抜けだした。ポケットからハンカチを取り出すと、ほっとしたように首の後ろを拭う。

「…できれば、どこかで、お話を…」

チラチラと俺たちを伺うように見ながらも、ジャーはアゴ美を近くの公園に誘った。

 もちろん俺達の監視付きだ。何事も無いように公園の入り口で待つ。姿を消す訳にはいかないので、近くには寄れないが、妖怪の耳を舐めてもらっては困る。ヒソヒソ話だって、普通に聞き取れるのだ。

「この前はすみません。失礼な事を言って…」

ジャーは営業のようにペコペコ頭を下げた。

「いいえ、気にしていません」

「あの時、貴方にジャーの事をけなされたような気がして、カッとなってしまって…」

「こちらこそすいません。私も言いすぎました」

アゴ美が頭を下げるのを、ジャーは慌てて止めた。

「いいえ。なご美さんが正しいのです」

車避けポールの上でしゃがんでいたジャンプが、

「ただ素直に謝りに来たんすかね?」

と、首をかしげた。

 そんな訳あるまい。何か、企んでいるのかもしれない。

「あれから、僕は考えたのです。何故腹がたったのか?それは本当の事を言われたからだと分かったんです」

ほら、と言うジャンプに、俺はしかめっ面をみせた。

「なご美さんの言うとおり、ジャーは弱いやつです。虚勢をはって、格好をつけているけれど、自分の復讐のためだけに生きるしかなかったダメな男なんです。それを、僕らは心の奥底で分かっていたからこそ、ジャーが好きだったんでしょう」

何が言いたいか、全然分からない。ジャーが好きな理由を述べてどうするんだ。

「分かりました!カミングアウトっすよ!」

そりゃなんだ?と聞くと、ジャンプは得意げに言った。

「コイツは女じゃなくて、ダメ男が好きなんすよ」

じゃあなんで見合いなんてしたんだ?

「世間体ってヤツっすよ」

したり顔のジャンプ。その間も、ジャーの話は続いている。

「そんなジャーを唯一理解していたのが、ララファでした。彼女はジャーを叱る事の出来るただ一人の人間でした」

ララファって、誰だよ?

「あれ?方向が変わったっすよ。ひょっとして。これは…」

訳のわからないことを呟くジャンプ。

 その時、ジャーの影がサッと動き、アゴ美の手を掴んだ。

 ヤバい。くそ、何をする気だ。

 飛び出そうとした俺をジャンプが止めた。

「これは、当たりっすよ!」

なにがなんだか、ジャーが何を言っているのか、俺には全く分からなかった。

「僕のララファになって頂けませんか」

って、何だよ?


「どうしましょう。こんなことは、初めてなので」

アゴ美が戸惑ったように言う。

 どうやら、僕のララファは愛の告白だったらしい。

「アゴ美サン、モテモテっすね。今回は二次元だけど人間だし」

訳知り顔のジャンプは、嬉しそうにアゴ美の肩をポンポン叩いた。

「僕のパーシーになってと、トーマスにいわれるのと、どっちをとるっすか?」

「どっちと言われても…」

「腐女子としては、トーマス?兄貴はどう思うっすか?」

俺としたら?どいつもこいつも気に入らねえ。トーマスって、誰だよ!

「選べないなら、まずはお友達からってのは?みんなでワイワイ楽しくやりながら、誰と付き合うか決めるみたいな」

「でも、そんな事して、宜しいのでしょうか?」

ライバルばかりだと、角突き合わせるだけだから、アゴ美の友達も含めて、遊びに行こうと、ジャンプは張り切っている。

「やっぱ、海水浴か、キャンプっしょ!」

「そうですね。お友達から始めるのは、いいかもしれません」

アゴ美なりに少しやる気がでてきたようだ。ふと、気が付いたように俺を見上げた。

「宜しいのでしょうか?少し、時間がかかりそうなのですが」

と、申し訳無さそうなアゴ美。

 仕方がないさ。俺の蒔いた種だ。アゴ美が申し訳なく思う必要はない。というか、俺が申し訳ない。

「がんばれ」としか、言いようが無かった。



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