第13話
帰りの渋滞でくたくたになりながらも、夜の帷が降りる頃には家に着いた。ジャーが女子どもを自分の車に乗せて送って行った。
俺達はレンタカーを返し、暗くなる空の下ぶらぶらとあご美の家まで歩いた。もちろん落ち込んでいるジャンプは喋らないし、疲れているのかあご美も俯いたままだ。俺も一人ベラベラ喋るタイプではない。3人とも黙って家の前まで来た時、ジャンプが足を止めた。
「俺、情けないっスよね」
何言ってやがる。お前が弱いのは傘だからだろうがと、俺が頭をこづくと、ジャンプは唇を歪めた。
「兄貴みたいになりたかったっスよ!ジャンプ傘なんかになりたくなかった!」
「ジャンプ傘だからこそのお前だろう?言ってることがおかしいぞ」
するといきなりジャンプが殴りかかって来た。俺は軽く払い除けただけだが、ジャンプは派手にぶっ飛んで、コンクリート塀にぶつかった。
「何するんですか!」
あご美が非難の目で俺を見る。おいおい、手を出して来たのはジャンプだろ。しかも俺はずいぶんと手加減したつもりだぞ。
塀に寄りかかり、ずるずると座り込んだジャンプはポロポロ涙を流している。
「お、おい、大丈夫か?」
そんな痛かったのか?骨でも折れたか?オロオロする俺とあご美を見て、ジャンプは泣きながら笑った。
「実は俺、ヒーローになりたかったんスよ」
ジャンプが恥ずかしげに俯く。
「こんな、弱弱なのに…馬鹿っスよね」
俺とあご美は顔を見合わせた。俺がため息をつくと、あご美はしゃがみ込んで、ジャンプの膝に手をおいた。
「そんなことないですよ」
と優しくうなづく。
「俺、元々は子供用のレンジャーヒーロー傘だったっス。持ち主は毎日、雨も降らないのに、俺をさして、大きくなったらヒーローになるんだって。ぜったい、ヒーローになるんだって」
ジャンプの声がだんだん細くなり、小さく嗤った。
「馬鹿っスよね。持ち主と一緒にヒーローになれると思ってたなんて」
俺は捨てられていたジャンプを思い出した。雨の日に、傘なのに、誰にもさされず、ゴミ捨て場で唯濡れているだけの存在。
人間の子供はすぐに大きくなる。
ヒーロージャンプ傘なんて、すぐにお払い箱だ。
捨てられて、他の傘にいじめられていたジャンプを、俺が拾ってやったのだ。
「でも、いつかはヒーローになれるって、ほんとに信じてたんスよ」
何も言わずに、話を聞いていたあご美が、ジャンプの手に、そっと手を被せた。
「私を助けに来てくれたじゃないですか」
「ただ、のされただけっス」
「それでも嬉しかったですよ」
ジャンプはとまどった様子で顔を上げた。
あごみの手と、顔を交互に見比べ「すいません。役立たずで」と頭をさげた。
「俺、何のためにいるんスかね」
と、自嘲気味につぶやいた。
「ヒーローになれもしないのに」
「そんなもん知るかよ」
なんのためにいるかとか、俺たち妖怪にわかる訳がない。きちんとした来歴のある妖怪の方がよっぽど少ない。
何らかの念、思い、時間、そんな何かモヤモヤしたものが、何らかのものを媒介して凝り固まったものが妖怪だ。
俺様だって、祠に祀られるまでの事は、全く覚えてない。多分、人間が狼に似た石を祀っているうちに、凝ったものが俺様なんだろう。ジャンプだってそうだ。
「俺たちは、唯、そこに居るだけのモノなんだよ」
「そうっスよね」
ジャンプがため息をついて、あご美の手を取りたちあがった。しゃがんで汚れたあご美のスカートをはらってやり、
「しょせん役立たずなんスよね」
と、諦めたように微笑った。
どうせ何も生み出さない、何も作らない存在だ。気まぐれで、ご利益だの祟りだのするだけ。重く考えても仕様がない。
ところが、あご美はシーサーにでもなったつもりか、門柱の隣で、顔を顰めて突っ立ったまんま。
「ほら、行くぞ」
俺の声に、ハッと顔をあげ言った。
「違います」
おいおい、突然なんの話だ?ジャンプも首をかしげる。
「何のために生きてるかなんて、人間だってわからないんです」
だから、一緒なんです。
妖怪だって、人間だって。
だから。
「諦めないでください」
真剣なあご美に、ジャンプは頭を掻き苦笑いをした。
「無理っスよ〜」
いいえ。あご美は首を横に振って、強く言った。
「ジャンプさんはもうヒーローですよ。半分だけですが」
「半分だけ?」
「そうです。駆けつけてくれた心意気はヒーロー。でも、腕っ節が伴ってないから、半分です。まだ」
「まだ…?」
あご美は大きくうなづき、ガッツポーズをとりながら言った。
「強くなれば、完璧ヒーローです」
「俺…強くなれますかね?」
ジャンプは恐る恐る聞いた。
「勿論です。なにか方法がある筈ですよ。そうだ、図書館に何か文献があるかもしれませんよ」
「まじっスか!」
あご美は大きくうなづき、人差し指をジャンプにむけた。
「それに、ジャンプさんは妖怪なので、ヒーローに最適ですよ。ヒーローは影がないとかっこよくありませんからね」
飛び上がらんばかりに喜ぶジャンプ。
俺は眉間を抑えた。それは有り得んだろうが。なのに、
「一生ついていくっス!なご姉と呼んでもいいっスか?」
ときた。やれやれだ。
一緒に探しましょう、と言うあご美の手をとってぴょんぴょん跳ね回るジャンプ。ジャンプの影があご美の周りをくるくる回る。
にこにこ微笑むあご美が、いつもより不細工に見えないのは、まあ、月明かりの所為かもしれない。
やるべきことは婚活で、目的からは完全にそれでいやがるのだが。
まあいいかと、俺も笑ってお月様を見上げた。
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