第11話

海だ。

青い空、白い砂浜。

ごった返す人混み。

長蛇の浜茶屋。

車が溢れ出す駐車場。

しかも暑い。クソ暑い。如何にもこうにも暑い。

俺はパラソルの下で寝そべった。

狼頭なら、ベロンと舌を出したままになるだろう暑さだ。

「兄貴〜泳ぎましょうよ〜」

ビーチボールを持ったジャンプが張り切っている。なんだかんだ言いながら、みんなでワイワイ遊ぶのは大好きな奴なのだ。

「俺は熱射病だ。安静にしている」

片手を振って、ジャンプを追い払った。

 レンタカー屋で付喪神車を見つけたのは、ラッキーだった。

 ジャーが車を出すと言ったが、鉄ちゃん二人は車の免許を持っていない。2台で行くなら、俺又はジャンプが、勿論無免許で運転するしかないと思っていた。とりあえず、アスファルトの上を走ればいいだけだろと笑う俺を、ジャンプが青い顔して首を横に振っていたが。まあ、勝手に走ってくれる付喪神車はありがたい。俺は、形だけのドライバーとして、運転席に座った。

 女どもは、最初俺にせっせと話しかけようとしたが、そのうち、明るくて楽しいジャンプや、鉄ちゃん双子、ジャーに関心が移った。

 海に着いてからは、ジャンプ主導のもとこの人混みの中、ビーチバレーだの、バナナボートなど、みんなで楽しんでいる。

 女子が苦手な筈の鉄弟も、アゴ美友人達を人外とみなしたようで、雰囲気に馴染んであれこれ話をしている。

 それを俺は、パラソルの下で眺めていた。

 アゴ美一人がなんだか浮いているような気がする。あいつの為の集まりじゃなかったのか?

 鉄兄弟はヒラメや凶相と鉄道オタク話に花を咲かせているし、特にジャーは、車の中でアンパンにこてんぱにやられた癖に、ジュースを買ったりなにかれ嬉しそうに、下僕と化している。

 女の友情って、こんなものなのか?完全にライバルと化しているじゃないか。

 それをアゴ美は一歩ひいて、ニコニコと見ているのだ。

「ちょっと来い」

俺はアゴ美に手招きをした。

 アゴ美は黒地に花柄の水着の上に、Tシャツを羽織っている。最初コイツはスクール水着を用意していた。

「それは、マニア受けするでしょうけど、まずいっスよ」

ジャンプに止められ、一緒に水着を買いに行った。

 さいしょにアゴ美が自分で選んだのは、どう見てもスクール水着に毛の生えたようなやつ。

 ジャンプは頭の後ろを掻き、「俺が選ぶっス」と首を振った。

 アゴ美の意見は無視し、あれこれ試着させ、大ぶりの花柄で、背中が大胆に開いた黒い水着に決まった。

 しかし、その上からTシャツを羽織るなら、スクール水着でも変わらない。

「それを脱げ」

「いえいえ、そんな…お見せできるものではないですから」

アゴ美が赤くなって、両手と首を振る。馬鹿野郎。ここに何しに来たと思っているんだ。

「泳ぎにじゃねえ!男を悩殺する為だろうが!」

俺は拳で砂をドンと叩くと、アゴ美はびっくりして正座した。俺は起き上がって、斜め上から睨みつけた。

「男女の海水浴ってのは、その為にあるんだろうが」

「そうなんですか?!」

驚くんじゃねえ!

「やる気があるのか?どうもお前には真剣味が足りないようだ」

勘違いアンパンは別として、同じ不細工のヒラメや凶相に出来ることが、なぜ出来ないのか?俺に詰め寄られると、アゴ美は大きな体を縮めた。

 控えめにも程がある。男どもはお前の見合い相手だぞ。

「ひょっとして、男が苦手なのか?」

いや、違うジャーには言いたいこと言ってたし、鉄弟の話はきちんと聞いていた。

 どうやら、恋愛が苦手なようだ。

 そこを突くと、やはり図星だったようで、アゴ美は物言いたげな困った顔をした。

「なんだ?言ってみろ」

アゴ美は俺を見上げて逡巡している。

「どうせ俺は人間じゃねえ。気にせず、なんでも言え」

「実は…」

「ダメっスよ〜」

と、ジャンプが割り込んできた。ほんとに、間の悪い奴だ。

「せっかくアゴ美さんの為に来たのに、主役が居なくちゃ」

と、手を取り引っ張った。

「あ、アゴ美さんの同級生っスよ」

ジャンプがにこやかに手を振ると、小さな男の子を連れた美人が会釈をした。

「水着を買いに行った時、会った人っス。兄貴はベンチで寝てたっスけどね」

アゴ美も、あれくらいの子供がいてもおかしくない年齢なのだ。子供がいれば、俺もこんな苦労をする必要も無かった。顔見て祟らねばならんのか現代は。

と、隣でアゴ美が体を硬くした。

「なんだ?嫌な奴なのか?」

アゴ美は首を振る。人の耳なら聞き取れなかっただろうが、俺の耳にははっきり聞こえた。そんな小さな声で、アゴ美は言った。

「それは、私の方です」


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