ふたり暮らしで迎える、はじめての夏(文披31題2023)Day26~

『Day26 すやすや』

 私たちの生活リズムは、ちょこっとだけはみ出す部分がある。

 寝るのも起きるのも早いあなたと、どちらも遅い私。だからおやすみを言い合った後、私はもう少し起きている。

 明かりをつけてたりごそごそしてたりするから寝室を分けた方がいいんじゃないかって話したこともあるけれど、眠れなかったりはしないから。と言われて。

 だから今も、あなたは私の隣で眠っている。

 去年までと比べて、ほんの少し長く処理されるようになった髪の毛にそっと触れる。いつもよりあどけなく見える顔に愛しくなる。

 今日が終わって、また、明日が来る。

(2023/07/26)


『Day29 名残』

 鍵を取り出すのに手間取っていると、横から手が伸びてきて解錠してくれた。

「ありがとう」

「いーえ」

 笑った君が僕の隣をすり抜けるようにロビーに入っていき、僕はすぐ後ろをついていく。

 去年の今頃は、まだ一緒に住んでいなかったなとふと思い出して、まだ一年も経っていないというのに懐かしい気持ちになった。

 もう、まだもうちょっと大丈夫だって、ぎりぎりまで帰宅を伸ばしたり、わざとゆっくり歩いたりすることはない。別れを惜しむような気持ちは、去年に全部置いてきた。

 鍵を開けて二人、同じ家に帰る。

「ただいまー!」

 君の声に少し遅れて、僕も同じ言葉を言う。

 当たり前のそんなことが、僕の幸せ。

(2023/07/29)


『Day30 握手』

 あなたの手は大きくてちょっと分厚い。思ったより手が大きいねと言われることの多い私の手を、すっぽり包み込んでくれる手。

 この手が案外繊細に動くことを、私はよく知ってる。

 この手が見た目通りに力強いことも、私はよく知ってる。

 この手がとっても優しいことを、私はよーく知ってる。

 えい、と突撃した私の手を、あなたの手が柔らかく包む。

 目が合う。

 笑う。

 あなたの手は、あなたは、とっても優しい。

(2023/07/30)


『Day31 遠くまで』

 思えば遠くへきたもんだなんて、そんなことを考えるのは、空が青くて遠い気がするからだろうか。

「ねぇ、陸」

 あなたのことを、ほんの数年前までは知らなかっただなんて、信じられないんだ。はじめましてのあの時に、次また会うなんて考えてなかったことが、信じられないんだ。それくらい、あなたと会えなくなる可能性を、想像できないんだよ。

「出会ってくれて、ありがとうね」

「……僕こそ、ありがとう」

 ほんの少し赤くなったあなたが笑う。昔はもっと真っ赤になってた気もするけど、私とこうしていることが、日常になってきたのなら嬉しいな。

 変わることも変わらないこともあって、うまくいくことばっかりじゃないけど。

「これからも、よろしくね」

 どうかこの当たり前の日常が、ずっと続きますように。

(2023/07/31)

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