ふたり暮らしで迎える、はじめての夏(文披31題2023)Day7~13

『Day7 酒涙雨』

「今年は雨っぽいね」

 空を見上げた君が言って、僕も上向く。薄い雲に覆われた空は、きっと夜には雨を落とすだろう。

「天の川が氾濫しちゃうんだったっけ」

「あぁ、そう言ったりするよね。でもこの感じだと、雨が降るのは随分遅くなってからになりそうだなぁ」

「てことは、二人で会った後に帰れなくなるのかな?」

 そうだとすれば。

「仕方ないからお泊りして、二日は離れずに済むね。もっと降ったら、もっと?」

「何だか雨が止まない方がいい気がしてきた」

「そうだね」

 くすくす笑う君がくっついてくる。

 空の上、今のうちにと彦星は急いでいたりするんだろうか。

(2023/07/07)


『Day8 こもれび』

 遮るものがあるのとないのとでは、太陽の熱の感じ方が随分違う。

 木々の間を歩くと、汗が引いていくのを感じた。

 隣のあなたの汗も随分ましになったみたい。

 そっと腕に触れてみると、ぺたんとした感触で、あなたがぎょっとしたように振り返る。

「あの、汗、かいてるから」

「うん、ぺたってしてる」

 笑ってみせると、あなたは瞬いて、困ったように微笑んだ。

「花が嫌じゃないなら、いいけど」

「ちょっとヒヤッとして癖になる感触だよね」

「それは何だか複雑だなぁ」

(2023/07/08)


『Day9 肯定』

 僕の腕に君の掌が張り付いて、湿った音を立てる。

 汗かきな性質の僕は、夏はあまり人に触れないように気を付けていたから、人とくっつくのは他の季節以上に慣れていない。

 それを分かっている君は、夏になるといつもより沢山触れてくる。

 あまり汗をかかない性質の君のさらりとした肌を、なんとなく汚してしまうような気になってしまうけれど、君はそんなの問題になりませんよというように、嬉しそうに笑う。

「今くらいしかないからね、ある意味お得!」

 僕の全部を受け入れてくれる君を、僕はいくらでも好きになる。

(2023/07/09)


『Day11 飴色』(虫注意)

「あっすごい」

 声を上げた君が、思わずといった風に数歩駆けて、手を握られたままだった僕はよろめいてしまう。

「っと」

「あ、ごめん」

 振り返った君はそう言ってそれから「あれがね」と指を差した。それからそっと歩を進める。

 まず目に入ったのは真っ白な体だった。すぐ隣に飴色の抜け殻があるから、おそらくはここから出てきたのだろう。

 もう翅はまっすぐになっていて、黄緑の線が入っているのが見える。

「蝉ってこんな時間に羽化するもの?」

「普通は夜が多いんじゃないかなとは思うけど」

「すごい。レアだね」

 控えめに君がはしゃいだ声を上げる。僕たちは二人、しばらくの間真っ白な体を見守った。

(2023/07/11)


『Day12 門番』(虫注意)

 真っ白な体が黒く硬くなるまでなんてとても見守り続けられないから、そろそろ行こうか、と立ち上がった。

 本当は最後まで見守って、敵が近寄らないように守ってあげたいくらいだけど!

 私とあなたとで番人よろしく周りの生き物たちを追い立てる図を想像して笑う。

 蝉の声はうるさくて嫌になっちゃうけど、生まれるものは守りたくなるのは不思議だな。

(2023/07/12)


『Day13 流しそうめん』

 騒がしい声が聞こえてきて、何事かと覗いてみたら、どうやら流しそうめんのイベントのようなものがあっているらしかった。

 長い竹の周りに親子連れらしい人たちが集まっていて、楽しそうな声を上げている。

「ねぇ陸」

「うん?」

「お昼はそうめんにしよっか」

 上目遣いに笑ってしまう。

「流れるやつ?」

「そこまでは求めてないけどね!」

(2023/07/13)


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