夏のふたり(文披31題2022)Day11~20

『Day11 緑陰』

 わぁ、と声を上げた君が水に手を浸して、結構冷たいよと笑う。空に雲が一つも見当たらず、暑さと眩しさに耐えられなくなって逃げ込んだ自然公園。木に囲まれたこの場所は随分涼しい。

 周りには同じように涼をとっている人たちがちらほらといて、小さな子供が裸足になって水をパシャパシャと蹴り上げていた。

 楽しそうだなと微笑ましく思っている目の前、君がさっさと靴を脱ぐ。えっ僕たちも?……そうだね、君がそう言うなら。

(2022/07/11)


『Day12 すいか』

 蝉の声が響く道を、じりじりと太陽に焼かれながら歩く。ようやくたどり着いた目的地、鍵を取り出すのに苦心していると、ドアが開いた。目を丸くしたあなたの視線が、私の顔から荷物に移る。

「すいか?」

「貰ったんだ。後で食べれるかな」

 頷きながら差し出された手に、荷物が持っていかれる。重たかったね、呼んでくれて良かったのに、なんて言いながら、あなたがキッチンに消えていった。

 大きなビニールでシンクが覆われて、蛇口からの水が溜まっていく。楽しみだねってあなたが笑う。

 どう扱えばいいか分からなくて、あなたならどうにかしてくれるって思って持ってきたのも理由の一つだったけど。だけどさ、何でもないことみたいに解決されちゃったら、惚れ直すしかないんだけど?

(2022/07/12)


『Day13 切手』

 電話が掛かってきた時に手が離せなかった僕は、出た方がいいかと聞く君にお願いと答えた。漏れ聞こえる声は楽しげで、それが少しくすぐったい。

 部屋に入るのと同時に電話を切った君が、僕に気づいてにっこり笑う。

「お母さんから手紙が届いてない?私宛なんだって」

 持ってきたままだった郵便物の中に、確かに母さんからの手紙があったので、そのまま渡す。受け取って視線を落とした君が、小さく笑い声をあげた。

「ねぇこれね、私とあなたなんだって」

 見せてくれたのは切手の部分で、デフォルメされた金魚が二匹、水の中で何やらポーズを決めている。大きくて黒いのが僕で、小さくて赤いのが君、ってことかな?

 ちょっと顔も似てない?なんて言いながら、君が僕の頬をつつく。うーん、何だか複雑な気分。

(2022/07/13)


『Day14 幽暗』

 痛みを感じる位強い力で抱きしめられる。苦しくなって吐いた息に、あなたの腕が緩むけれど、それを私が許さない。

「駄目、もっと、強くして」

 黙ったまま、あなたの腕に再度力がこめられる。

 どきどきと、あなたから響く早い鼓動は、私のそれと混ざり合って、すぐにどちらのものとも分からなくなった。

 きっとこんなに苦しいのは、急に降り出した雨で、暗くなってしまったせい。

 ざぁざぁと、雨の中に取り残されてしまったように思えるせい。

 そっと体勢を変えたあなたの体に、私はすっぽり包まれる。

 全身にあなたを感じているのにまだ足りない。恋ってきっと、底なしの穴。

(2022/07/14)


『Day15 なみなみ』

 楽に呼吸する。という感覚を、君に出会って初めて知った。

 抱きしめると、小さな君は、僕の体ですっぽり覆われてしまうけど、心は逆に、君に包まれているよう。

 君のくれる、溢れるほどの愛情に溺れてしまいそうで。僕は君に同じだけのものを返せているのかな。

 好きだよって言葉だけではきっと足りなくて。だけど嬉しそうにはにかんでくれる君の心に包まれて、僕は今日も息をする。僕の居場所は、きっとここ。

(2022/07/15)


『Day16 錆び』

 レトルト製品ばっかりの生活だった私が、あなたと付き合いだしてからは随分料理をするようになった。料理上手なあなたに並べるようになりたくて、選んでもらった鉄のフライパン。大事に使っていたつもりだったのに。

「あっ」

 しばらく振りに取り出したそれは、所々赤茶けていた。

「どうしたの?」

 小さな声に気付いたあなたがのぞき込んでくる。

「どうしよう、錆びちゃったみたい」

 泣きそうになりながらフライパンを持ち上げて見せると、あなたはぱちぱちと瞬いて、大丈夫だよと微笑んだ。

「きれいに洗ったらちゃんと使えるから」

 油が足りなかったのかもねぇ。なんて言いながら、フライパンを手に取ってくれる。

 素敵な人だなって惚れ直すのは、やっぱりいつものこと。

(2022/07/16)


『Day17 その名前』

 待ち合わせの時間ぴったりに現れた君が、僕の名前を呼んで駆けてくる。

「ごめん、ちょっと、遅れたね」

「ううん、時間ぴったりだったよ」

 少しだけ息の上がった君が、セーフだね。と笑う。

「花」

「うん?どうかした?……陸?」

 名前を呼んで黙っていると、君は首を傾げて僕を呼んだ。

「走って疲れてない?どこかで少し休もうか?」

「ううんへーき。でも早く涼しいとこに入ろ。暑いし」

「そうだね、行こうか」

 ただ好きなんだ、君が僕の名前を呼ぶ声が。

(2022/07/17)


『Day18 群青』

 澄み渡る青空って、こういう空も言うんだろうか。今朝の空は、雲が一つも見当たらなくて、どこまでも深く青い。

 こんなことを考えるようになったのは、あなたがよく空を見上げているから。

 今もちらりと視線を上げて、雲が全然ないね、珍しい。なんて言ってる。

 すぐに下りてきた目が、私を見つめて柔らかく笑う。

 今日は何ができるだろう。楽しみだなぁ。

(2022/07/18)


『Day19 氷』

 酔い覚ましに、と君が入りたがった喫茶店。

 ここのかき氷は絶品なんだよ、と笑う君に、店内の冷房が緩めの理由を知る。

 綺麗に飾り付けられた氷を一掬い、ぱくりと口に入れた君が顔を綻ばせた。

 ほんのり色づいた頬が柔らかくとろけて、どきりとする。

 にこにこ笑う君が、もう一掬い。それがそのまま差し出された。

「はい」

 固まる僕を笑う目が、悪戯っぽく輝く。

「ほら、溶けちゃう前に」

 お酒のせいだと言い訳して、覚悟を決めて口を開いた。

 差し込まれたスプーンは、キンと冷えていて口の中を冷やしてくれるけれど、顔に集まってしまった熱を冷ますにはまるで足りない。

 あぁ、本当に、居た堪れない。可愛い君と、下がらない熱。

(2022/07/19)


『Day20 入道雲』

 うだるような暑さに耐えられず、用事を済ませてそそくさと帰ってきた午後。

 ふと顔を上げたあなたが、外を指さした。

「あの雲、ちょっと犬みたいだね」

 空には確かに、ぴんと立った耳、くるりと巻いたしっぽの、犬に見えなくもない雲がある。

「ほんとだ。あ、舌出してるっぽい?」

「そうかもしれない」

 見てる間に雲は流れて形を変えて、今度は。

「ワニ、かな」

「あはは、確かにそれっぽい」

「雲の流れが速いから、夕立があるかもね」

「降ってほしいなぁ、暑いもん」

「そうだね」

 じわじわと形を変えながら雲は流れていく。雨の気配をまとわせて。

(2022/07/20)

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