夏のふたり(文披31題2022)Day21~31

『Day21 短夜』

 滲むように、朝が広がっていく。

 藍色の空が、紫に。それから赤みを増して、じわじわ白く明るくなっていく。

 今日の予定を思い浮かべながら、昨日の君の姿を思い出して少し笑う。

 何で用事なんか入れちゃったんだろう、なんて嘆きながら帰っていった君。用事を済ませたら速攻で行くからね!って宣言が、何だか可愛らしかった。

 僕たちにとっての夜は別れの時間だから、いつだって少し寂しい。

 やっぱり早く君に会いたいと思ってしまうんだ。どれだけ夜が短かったとしても。

(2022/07/21)


『Day22 メッセージ』

 次の連休は旅行にでも行こうかってあなたが言うから、私は一も二もなく頷いた。行きたい所はある?の言葉に、希望を告げる。

 やりたいことと、行きたい場所と、決めていくのは楽しいね。

 意外に旅が好きで、楽し気なあなたを見るのも好きなんだ。

 大好きの気持ちを込めてぎゅうと抱きつく。一瞬固まったあなたから、好きが返ってくる。これだって、私達には大事な会話。

(2022/07/22)


『Day23 ひまわり』

 『手料理をご馳走します。お腹を空かせて来てください。』というメッセージを受け取って、僕は君の家を訪ねる。

 招待のメッセージを受け取ったのは初めてで、珍しいなと思っていたけれど、ドアを開けた瞬間に理由が分かった。

 懐かしい匂いと、自慢げな君に迎えられる。

「この前の手紙で、お母さんから教えてもらったんだよ」

 好物ばかりが並んだテーブル。驚く僕に、君は胸を張って見せた。早く早くと急かされて、二人揃ってテーブルにつく。

 どれもこれもが知ってる味で驚いた。すごく練習してくれたんだね。

「私の味も教えたいけど、あなたの味も知りたかったんだ」

 また作るからね、と言った君は、満開のひまわりのような笑顔だった。

(2022/07/23)


『Day24 絶叫』

 「いぎゃー!」としか形容できないような声が、私の口から飛び出す。

 むりむりむりと叫んで指さすしかできない私の代わりに、さっと立ち上がったあなたの方から、バン!と音がした。


「むりむりむり、ほんと無理」

「うん」

「信じられない、ちゃんと掃除してたのに」

「外から迷い込んできただけだと思うよ」

「一匹いたら三十匹いるって」

「たまたまだよ。大丈夫」

「変な声出ちゃったし」

「んっ……」

 ぎゅっとしがみついた体勢から顔を上げると、あなたは堪え切れないように笑っていて、私は頬を膨らます。

「ねぇ笑ってるー」

「ごめん、だって、可愛かったなって」

 言いながらあなたが私を抱きしめる。

 明るく笑うあなたが珍しくて、こんなあなたが見られるのなら奴に感謝しても……。なんてナシ、今のナシ。絶対ナシ!

(2022/07/24)


『Day25 キラキラ』

 疲れたぁ!と、君がソファに倒れこむ。両手に持った荷物が、抗議するような音を立てながら床に落ちていく。

「買い物するのは楽しいんだけど、やっぱりすごく疲れるね」

「確かに、そうかもね」

 君の目は輝いていて、あんまり疲れているようには見えないけれど。

 楽し気な君につられて、僕は少し、買いすぎてしまったかもしれない。自分では絶対に選ばないような服まで買ってしまった。

「あの服は、次の旅行の時に着てね!」

 僕の心を読んだように君が言う。少しだけ怯んだ気持ちになって、だけど結局僕は頷いた。

 惚れた弱み、って言うのかな、僕が君のその、期待に満ちた輝く目に弱いのは。

(2022/07/25)


『Day26 標本』

「もし、あなたが猟奇的な殺人犯で、殺した人間をマネキンみたいにして取ってるとしてさ」

「……本か何かの話?」

「うん。でね、そうだったとしても、綺麗にして愛でてくれるなら、殺されるのも悪くないかもなぁと思うのって、大分やばい思考だと思う?」

「……うーん」

 くだらない質問に、あなたが困ったように考え込む。

 物語の中、恋人だと思っていた男が殺人犯だと分かったとき、主人公は泣き喚いて拒絶した。コレクションは嫌だけど、たった一つの愛しいものなら、なんて考えてしまったのは、暑さに脳が茹だってたせいかな。

「やばい、かどうかは分からないけど。君は生きて笑っていた方がずっと綺麗だから、マネキンにはしたくないかな」

 答えになってないね、と謝るあなたに、私はううんと首を振る。それからあなたに頭を押し付けた。

 あなたの言葉に比べたら、こんなのどうでもいい、くだらない話。

(2022/07/26)


『Day27 水鉄砲』

「ねぇねぇ、見て」

 水に沈んだ君の手が、何かを中に隠しているようにふわりと握られていて、魚でも捕まえたのかなとのぞき込む。

 途端に勢いよく飛び出した水が、僕の顔を濡らした。

「うわっ」

 思わず目を閉じる。小さな笑い声の後に君が立ち上がる気配がして、目を開くとハンカチを手にした君が前にしゃがみ込むところだった。

「ごめんごめん。でも結構上手になったと思わない?」

「あぁ、まっすぐ飛ばせるようになったんだね」

 でしょ?と君が、嬉しそうに笑う。手を使った水鉄砲の方法を教えたのは、去年のことだった。君は中々コツがつかめなくて、歪な噴水を作っていたっけ。

 練習したの?と尋ねると、ものすごくね!と返事が返ってくる。できるようになりたいって思ってくれていたんだね。本当に、君といると楽しい思い出が増えていくなぁ。

(2022/07/27)


『Day28 しゅわしゅわ』

 がやがやとした喧騒の中に、カチリと食器のぶつかる音が響く。暑さから逃れるように入った喫茶店は、それなりに賑わっていた。あなたはいつもの通りにアイスコーヒー、私はちょっと悩んでクリームソーダを頼む。

 運ばれてきたコーヒーに、ほんのちょっとシロップを加えてストローをくるくる。いつも通りのあなたの仕草。こんなことにも、いつも、を感じてしまう。なんて。

 つんつんと、浮かんだアイスをつつく。抗議するように弾ける泡たちを見つめながら、私の心はなんだかそわそわ。

(2022/07/28)


『Day29 そろえる』

 つま先が、色とりどりに塗られていく。緑、赤と、見ようによってはクリスマスカラーのようでもある。

 靴を履くからいいよね、と足を取られて、君の手で僕の爪は色づいていった。

 真剣な表情で手を動かし続けていた君が、できた!と笑う。

「すいか?」

「夏だからね!ほら、お揃い!」

 ぱっと開いた手の爪に、鮮やかに描かれた果実。形容しがたい思いに駆られて君の腕を引いた。

 楽し気に笑う君がそばにいる。それがきっと、僕の幸せ。

(2022/07/29)


『Day30 貼紙』

「敵は多いと思うんだ」

「て、敵?」

「そう。敵」

 あなたは人目を惹く容姿じゃないけど、穏やかで優しいから、惹かれる子はそれなりにいると思うんだよね。

「そんなことはないと思うけどなぁ」

「現にここに一人いるじゃん」

「反応に困るよ……」

 困り顔を赤くしたあなたが、もしそうだとして、と続ける。

「僕が好きなのは君なんだけど。それは勝利条件にはならない?」

「……なる」

 何があったって私の一人勝ちだ。

 でも、だからこそ、さ。背中でもどこでも構わないから、私のものです。他の誰のものにもなりません。って、書いた紙でも貼っておきたいんだ。

(2022/07/30)


『Day31 夏祭り』

 ルーレットを回して本数を決められる、という屋台で大当たりを引き当てた君が、やった、と明るい声を上げる。その手元で、袋に入れられた金魚たちが、ゆらゆらと揺れた。

 今日はこれが目的なんだからと、真っ先に向かった金魚すくいの屋台で、あれだそれだと指示をされながら僕が掬った三匹だ。

 花火は君の実家で見ることになっているから、あと少しの間だけ、狭い袋の中で我慢してもらおう。

「すごくない?私」

 パックを手にした君が嬉しそうに僕を振り返る。

 うん。すごい。


 やっぱり僕は、君が好きだよ。

(2022/07/31)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る