特別有事防衛隊〜怪物少女はなに思う〜

猫柳渚

村に蔓延る影

追われる男

 夕焼けで赤く染まる田舎道をスーツを着た男は必死になって走っていた。夏にも関わらず暑さはなく、寒気すら感じる中でも男は全身から汗を流しながら、時折り後ろを振り返り先を急ぐ。


 ポケットから取り出した折り畳み式の通信端末は圏外を示していた。それを確認して舌打ちし、再び走ることに集中する。


 いつもは騒々しい蝉たちの声が、全くしない。それどころか鳥や動物、人の営みの音さえも消え失せ、自分の発する荒い息遣いと足音だけが、妙に大きく響いていた。


 走り続けること数分、山と田んぼに挟まれた細い道にボロボロの、廃棄されているのかまだ使われているのか微妙なラインのバス待合小屋を発見する。

 男は飛び込むように待合小屋の影に身を潜め、通信端末を拝むように両手で握り締めながら電波マークを見つめる。

 同時に示されている現在時刻は十三時過ぎ。それなのに空は夕焼け模様から変化はない。異様な状況の渦中で、男は悪態を吐き出さずにはいられなかった。


「俺は化け物退治に来たわけじゃねぇんだぞ。くそったれ。頼む、頼む。繋がってくれ……!」


 番号はすでに入力済み、あとは発進ボタンを押すだけの状態で震える手を必死に抑えつけながらひたすらに待つ。祈りが届いたのか電波が一つ、立った。瞬間に発進ボタンを押して向こう側に呼び掛ける。


「MG部隊の派遣を要請! 黒い影みたいな化け物がうようよと……俺が来た時にはこの有様で、この村はもう駄目だ! すぐに迎えをよこしてくれ!」


『――……――……――……』


 雑音交じりに落ち着け、という声が聞こえるが、焦りもあって男は聞く耳を持たない。


「お願いだ。助けに来てくれ……もう悪いことはしないから、心を入れ替えて仕事をするから、頼むよ、見捨てないでくれ……!」


『当たり前……とに……き残ること……ぐに部隊を……』


 ブツッ、と唐突に通信が切断された。唯一の救いの糸が切れてしまったかのように、男は顔を真っ青にして通話口を怒鳴りつける。


「おい! 冗談はよしてくれよ! おぉい!」


 それで状況が改善するはずもなく、通話口からはうんともすんとも応答はない。


 ふと、気配を感じて男は顔を上げた。


 山と田んぼに挟まれた舗装もされていない道の真ん中を、人影があるいていた。夕日で姿が見えにくくなっている、とか比喩表現などではなく、全身真っ黒な人型の”何か”がこちらに向かって歩いて来ているのだ。


「うわああぁぁぁ!」


 大袈裟なほどに錯乱して男は元来た道を戻ろうと待合小屋から飛び出して、反対側からも数人の人影が歩いて来ているのが目に入る。


「勘弁してくれよ、チクショウ!」


 退路を塞がれた男は躊躇なく田んぼに飛び込んだ。初夏の田んぼには青々とした稲が立ち並び、根元には水が張られていた。ぬかるみ柔らかくなった土に足を取られながらも、男は稲をなぎ倒しながら必死の形相で人影から逃げる。


 ピピピ、と控え目な呼び出し音が鳴り、即座に男は通話ボタンを押した。


『今、部隊……かわせまし……なんとか……のびて……』


「あぁ!? 聞こえねーよ!」


 苛立ちに任せて男が叫ぶと同時に前に転んでしまう。盛大に泥水へ顔を突っ込ませ、むせながら顔を上げた。


『大丈……!? ……!』


「くそったれ……! なんだって俺がこんな目に……」


 男は立ち上がろうとして、足に何かが絡みついているのに気が付いた。反射的に足元を見て、恐怖に顔を引き攣らせる。


 足首をがっしりと人の手が掴んでいた。手首の先にある腕は異様な長さで稲の中へと伸びており、あるはずの体はどこにも見当たらない。

 その手を振り解こうとしたが、足は凄い力で引っ張られて引き摺られる。


「おわっ!? あ、ああぁぁぁ――!」


 抵抗しようにも周りには泥水と稲しかなく、男の体は止まることなく稲の森の中へと呑み込まれた。


「い、嫌だっ! た、助け、助けて――!」


 という言葉を最後に、辺りには静寂が訪れた。

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