特異事件調査
「特別有事防衛隊の安藤
玄関先で乾と赤羽、その両親に迎えられながら安藤は恭しく敬礼してみせる。今日は軍服ではなくスーツ姿だ。初夏の蒸し暑い中、かっちりと着込んだ上着の下には拳銃が仕込まれていることを乾は知っている。
そんなことを夢にも思っていないだろう赤羽一家は「いえいえ、こちらこそ」とペコペコお辞儀して迎えながら、安藤をリビングへと案内した。
広いLDK型の室内は突然の来訪者にも対応できるほどに片付いている。乾と赤羽はテレビ前のソファーに並んで座り、安藤は四人掛けのテーブルに赤羽両親と向かい合う形で座った。
洒落っ気のある母親と眼鏡をかけた真面目そうな父親が不安げな面持ちで安藤を見つめている。
「事情は乾から聞いていると思いますが、かなりマズい状況です」
そんな一家に対し、安藤はさっそく本題に入った。
「えぇっと、特異体……? っていうのが、この家に取り憑いていると……」
父親が半信半疑、と言った風に口を開く。
「はい、みなさんは特異体について知識は?」
「あまり。幽霊や妖怪みたいなモノだとは聞いたことがありますが」
「広義的に言えばそうですが、厳密には違います。特異体とは、明確に人類に対して脅威となり得る存在のことを我々は特異体、と定義しています」
「じ、人類の脅威って……」
「まあ、危険な存在ということです」
「それが家に取り憑いてるってことですか?」
「はい、これを見てください」
安藤は胸ポケットから手のひらサイズの機器を取り出した。スマホと同じくらいの厚さと大きさの機器は下半分に操作盤が、上半分には扇状にメモリが付いたメーターになっている。
そしてメーターの針は右側に振り切れていた。
「これは霊的なエネルギーやら、敵意やら……まあもろもろと検知して特異体が近くにいるかどうかを確認する器械です。で、この針が右に行くほど危険度が高い、ということになります」
「振り切れてますね……」
「普通、街中の民家でここまでの反応が出ることはあり得ないはずなんですが、少し家の中を調べてみてもいいですか?」
「もちろんです。むしろお願いします」
家主の巨かも得たということで、安藤は父親に案内されながら順番に家の中を探っていく。
一階はさっきまでいたLDKの他にトイレと風呂場。仏間に物置と、調べてみたが特に問題はなさそうだと安藤は判断する。
「しかし、特防隊って一般的な依頼も引き受けてくれるんですね。こういうのって、あまり関与してくれなきイメージがあったんですけど」
一階の確認を一通り終えた頃、父親は言った。この状況に少し慣れたのだろう。だから敢えて、安藤は言った。
「本来であれば、余程のことがない限り個人的な依頼は受けないんですけどね」
「……余程のことが起きていると?」
「そう認識していただければ」
世間話程度の軽い気持ちで話を振ったであろう父親は、キュッと唇を引き締める。
必要以上に恐怖を与える発言は控えるべきだが、最低限の危機感は持ってもらおう、という判断だった。あまり呑気に構えられても、もしもの時に反応が遅れてしまう。
認識の甘さ、それは仕方のないとだ。いくら怪異の存在が認知されたと言っても、多くの人間にとっては無関係な事象である。街中で発せした特異体については発生した事実と大まかな被害程度はニュースとして発進されるが、それでも人間は危機感を感じない。
大厄災が発生する前からそうだった。自分の住んでいる地域以外で悲惨な事件が発生したとしても、結局は”画面の向こう側の出来事”として片づける。それが悪いとは思わない、全ての事件や事故に意識を割いていたら生活すらままならなくなってしまう。
怪異事件、なんて言われたらなおさらだろう。だとしても、もう少しだけでもいいから危機感を持ってほしいと、安藤は密かに願っていた。
そんなことを考えながら、二階の探索へ移るため階段を上がる。まずは一番怪しい赤羽瑠璃の部屋を開けようとしたところで、バタバタと階下から誰かが登って来る音がして二人は振り返る。
「安藤さん! 待って待って!」
ちょうど部屋の扉に手をかけていた安藤をぐいぐいと押し戻し、乾は侵入を拒む。
「おい、なんだ」
「女の子の部屋に入るなんてダメだよ!」
「あ? そんなこと言ってる場合じゃ……というか娘さんには許可貰って」
「ダメったらダメ! デリカシーが足りないって。そんなんだから自分の娘にも嫌われるんだよ?」
「はぁ!? それは今関係ないだろ!」
「とにかく、この部屋は私が調べるから、安藤さんは他の場所を探して!」
無下もなく拒絶され、それならと渋々安藤たちは引き下がり、残りの部屋を調べることに。二階には両親の寝室と小さな書庫があるものらの、問題が発生している気配はない。念のため、屋根裏を調べてみたが怪しい物は発見できなかった。
赤羽の部屋を調べ終えた乾と合流し、異変がないことを確認すると階下へ降りて身を寄せ合うようにして待機する母娘に結果を報告する。
「調べた限りでは、家の中で異変は見られませんでした。お父さんには聞きましたが、何か曰く付きの物品はありますか? 例えば人形や書籍、お札なんかは」
二人は逡巡し、心当たりはないという回答を得る。原因は不明、それでも何かはあると確信している安藤は、ひとまず待機して様子を見てみる旨を伝えた。
「それなら、夕食をご一緒に食べませんか? 簡単な物しか作れませんけど」
「本当ですか、じゃあいただきます」
母親が夕食の準備をしている間に、安藤はもう一度家の中と、家の外、特に石塀付近を確認しておく。乾が見たという石塀の向こうから覗く少年――十中八九、その少年が特異体の正体だろう。
赤羽一家にも少年の正体に心当たりはないか聞いてみたが、関りの深い人物はいないようだ。少年、と言うからには赤羽瑠璃の知り合いらしいが、彼氏もいなければ特別に親しくした異性は今のところいないらしい。
恨みがある、もしくは恋愛感のいざこざでもあれば絞り込めそうだと思ったのだが、知らないなら仕方がない。この期に及んで隠し事をしているわけでもないだろう。
結局、手がかりになりそうな物も見当たらず、食事ができたのとのことなので相伴にあずかろうと安藤は屋内へと戻って行った。
赤羽一家と乾がテーブルに座り、安藤はソファーでカレーをいただく。赤羽の両親は安藤に席を譲ろうとしたが、自分のことはお気になさらずと引き下がった。食事の時くらい、少しでも気を休めてもらいたいという気遣いだ。見知らぬ男が食卓に加われば休まるモノも休まらない。
乾が中心となり、食事は穏やかに行われた。緊迫していた空気も、慣れと乾との会話でかなり軟化していた。
食事を終えて、乾と赤羽瑠璃は風呂へ。浴室から女子高生たちの楽し気な会話が漏れ聞こえてくる。安藤はノートパソコンを開き、類似事件がないかの確認や想定される特異体の被害を算出する作業を行っていると、母親が声をかけて来た。
「あの、安藤さん。少しよろしいですか?」
「ん? どうかしましたか」
「あまり、関係のないことかもしれませんが、ちょっと気になることがあって」
「どんな些細な事でも構いませんよ。お聞きします」
安藤はノートパソコンを閉じ、話を聞く姿勢を取ると、母親は言いづらそうに話を始める。
「実は、ひと月ほど前から窓を叩かれたり、視線を感じたり……インターホンが鳴ったと思って出てみれば誰もいないし、録画映像にも誰も映ってなかったりして。変だな、とは思ったんですけどたまたまかと気にしていなくて……もしかしてこれも、その特異体とかいう奴の仕業だったんでしょうか」
「断定はできませんが、可能性は高いでしょうね。そういえば乾から高校生くらいの少年を見た、と報告を受けましたが、そのような人物を見たことは?」
「ない、と思います。ただ視線を感じるだけで……」
「なるほど、他に何か変わったことは?」
「……そういえば、異変が起きる少し前だったかしら。宗教団体の人が訪ねて来ました」
「宗教団体? 名前はわかりますか?」
問いかけながら安藤はスマホを取り出す。
「なんとか創造組合、だったかしら。新しい神様を作るとかどうのって言っていた気が……」
曖昧な答えに、ひとまず安藤は「新しい神、作る、宗教団体」と入力してみた。そうするといくつかの候補の中に「
『我々には新たに導いてくれる神様が必要です。この混沌とした世界に、秩序をもたらす存在を共に創り出し、新たな世界を共に歩みましょう』
みたいなことが、長ったらしく回りくどく、延々と書かれている。その他にも軽く調べてみたが、何かよからぬことをしているような集団ではないようだった。というより、あまり情報がない。ホームページ以外にはSNSや匿名掲示板を含めて、どこにも名前は上がっていないようだった。
「この団体が、なんでも瑠璃には特別な力が宿っているので神になる資格があるとかなんとか……もちろん、怪しかったのでお断りして帰っていただきました」
「特別な力、ねぇ。そういえば娘さんは以前に夢で祖母の死を予知したかもしれないと、乾から聞きました。今回もそれがあって乾に相談したと」
「はい、確かに変な夢を見て、それが祖母の死に繋がったかもしれないとは聞きましたけど、それは単なる偶然で予知だなんて大層なものでは……」
「それを、誰かに話はしましたか?」
「え? どうだったかしら。世間話で誰かに話したような気はしますけど……まさか、この話を本気にして? もう大昔の話ですよ?」
「まあ、信者獲得の口実ではると思いますが。一応、こちらでも調べておきます」
そんな話をしている間に乾たちが風呂から上がって来た。安藤も入浴を進められるが、流石に悪いと断って乾に「汚いよ」とからかわれるという会話を挟みながらも、特に何事も発生することなく夜は更けていく。
明日も平日であることから、二十一時を回る頃には乾と赤羽は部屋へ。両親は徹夜を覚悟していたようだが、安藤から眠れる内に眠っておいた方がいい、と助言を受けて二十二時を過ぎると両親も二階へと上がって行った。
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