少女を狙うモノ
友達の悩み
夕暮れの校舎にチャイムが鳴り響く。担任の軽い連絡事項が終わると、教室内は一気に騒がしくなった。
喧騒の中、乾は帰り支度をしていると前に座っていた峯岸が振り返り、話しかけてくる。
「ねぇ、これからどうする? どっか遊び、行く?」
「そうだねー、久しぶりにカラオケとか……あ、そういえば駅前のカフェでケーキバイキングやってるらしいよ!」
「えー、学校帰りにケーキバイキングはちょっと重くない? というかぬいぬい、ホント食べるの好きだよねぇ」
「なになに、どっか遊びに行くの? わたしも混ぜてー」
「カラオケ? あたしも行きたーい」
と、あっという間に乾の周りには友達の輪が出来上がっていた。ワイワイと放課後の予定で盛り上がる中、乾は友人の一人、赤羽
いつもは会話の中心に入り、率先して話題の提供を行う彼女が、今日に限っては他の子の話に相槌を打つに留めている。声音や話し方はいつものように明るく朗らかであるが、笑顔に陰りがあるように乾は感じた。本当に些細な異変。それが、妙に引っかかる。
「じゃあ、今日はカラオケでー」
気づかない内に方針が決まってみんなが自分の荷物を持ち、教室を出て行く。乾も遅れることなく友人たちに続いて教室を出た。
下駄箱へ向かう道中、乾は友人たちと談笑しながらも赤羽の様子を窺ってみれば、一歩、離れた場所で誰とも話さず歩いていた。乾と目が合うと、彼女はにこりと笑顔を返す。
そうしている内に下駄箱へ到着し、靴を履き替える順番を待っている間に乾はそっと赤羽に近づいて声をかけた。
「どうしたの? なにかあった?」
「えっ? いや……ごめん、顔に出てた?」
「ううん、でも、いつもより元気ないなって思って」
「……確か、ぬいぬいってオカルト系に詳しいよね? 特防隊、だっけ。お化け退治の軍隊のバイトしてるって、前言ってた気がするんだけど」
「うん、もしかして、そっち系の悩み?」
こくり、と控え目に赤羽は頷いた。
大厄災後、怪奇現象の類は頻度を増して認知されはしたものの、まだ与太話の域を脱しているわけではなかった。
事情はわからない、女子高生の会話で「幽霊に悩んでいる」なんてことを話したら何を言われるかわかったものじゃない。だからこそ、赤羽は悩みを打ち明けられないでいたのだ。
その気持ちを汲んで、乾は携帯端末を取り出し、先を行く集団に声をかける。
「あー! ごめん、バイト入っちゃった!」
わざとらしく携帯端末を見せながら乾は言った。
「えー、例のお化け退治の奴? 最近多くない?」
「うん、人使い粗くてさー」
「そっか、じゃあまた今度ねー。緊急招集手当、貰ってきなよー?」
「うん! そのお金でケーキバイキング行こうね!」
「ごめん、あたしもちょっと用事。親がすぐに帰って来いって」
「ルリルリも? しゃーないねぇ。じゃあ、またね。二人ともー」
乾と赤羽は友人たちに手を振って別れを告げる。彼女らの姿が見えなくなるまで待って、乾は赤羽へと向き直った。
「それで? どうしたの」
問いかけられ「別に、大したことじゃないかもしれないんだけど」と前置きしてから、赤羽はおずおずと口を開いた。
「今から一週間くらい前から変な夢を見るの。最初は学校の教室にいて、なんかよくわからないけど今すぐ帰らなきゃって思って教室を出たら、後ろから嫌な気配を感じて……」
「何かに追いかけられる夢?」
「うーん、でも後ろを見ても何もいないの。だけど、ここにいちゃダメだっていう気持ちだけはあって。で、最初は学校から出たら目が覚めた」
「それが一週間前?」
「そう、そこから毎日同じような夢を見るように……しかも、だんだんと夢が長くなってるの。最初は学校から出たら目が覚めたのに、学校近くのコンビニ、最寄りの駅、家から一番近い川って感じで……たぶん、今日には家に帰り着いちゃう」
話しながら赤羽は小刻みに体を震わせ始める。顔から笑顔は完全に消え失せ、綺麗な顔は恐怖に引き攣っていた。
「実はこれ、初めてじゃないの……昔、小学校くらいかな。あの時はおばあちゃんの家だったけど、同じように何かに追われるような夢を見て、それで家まで帰り着いた日に」
そこで一度、言葉を区切り、恐れを飲み込むようにしてごくりと喉を震わせた。
「おばあちゃんが事故で死んじゃった」
その時のことを思い出したのか、赤羽の瞳に涙が滲む。
「変な事言ってるってわかってる。単なる偶然だって、頭ではわかってるのに、どうしてもあの夢とおばあちゃんの事故が無関係じゃないって、ずっとずっと頭の隅から離れないの……!」
正体不明の恐怖に身体を震わせる赤羽を、乾はそっと抱き締める。
「大丈夫、変なことだと思ってないよ。話してくれてありがとう、解決できるように、私も協力するから」
「うん、うん……!」
赤羽は乾を抱き締め返して、これまでの不安や恐怖を吐き出すように泣き始める。遠くに部活の喧騒を聞きながら、黄昏時の静かな校舎に嗚咽が響く。乾はただじっと、赤羽が落ち着くのを待った。
「ぐす……ありがとう、でも、どうやって解決するの?」
「それは今から考えてみる。とりあえず、ルリルリの家に行っていい? 軽く調べたいのと、できれば泊まって様子を見たいんだけど」
「ちょっと待って、親に確認してみる」
そう言って赤羽はスマホで電話をかけると、今日友達を家に泊めていいかの確認を取り付け、乾に向き直った。
「いいって。ぬいぬいは確認取らなくてもいいの?」
「私は平気。あ、でも着替えを取りに戻らなくちゃいけないから、先に帰ってて! 用意したらすぐに行くから」
「うん、ぬいぬい……ありがとね」
「お礼は解決してから、ね」
ウィンクをしつつ、乾は赤羽へ笑いかけた。
乾は常備してあるお泊りセットを持って赤羽の家へと向かう。初夏の、まだ夜になり切れていない薄暗い空の元、石塀に囲まれた真新しい住宅が並ぶ道を歩いていると赤羽の姿を発見した。どうやら家の前で待っていてくれたらしい。
「お待たせー、ルリルリ。今日はよろしくね」
「ううん、こっちこそ。どうぞ、入って入って」
そうやって門を開き、招き入れるのは二階建ての平凡な一軒家だった。恐らくは厄災後に建てられたのであろう、とても綺麗な家だ。石塀と建物の間には細い庭があって、奥の方に植え込みが見える。そこには色とりどりの花が咲いているが、どこか元気のなさそうな印象を受けた。
それになぜか、妙な寒気を覚える。以前、影が彷徨う村を訪れた時のような、肌に纏わりつくような空気。
「お邪魔しまーす」
乾は赤羽を不安にさせまいと、嫌悪感はおくびにも出さずいつもの調子で赤羽が開け放つ扉を潜った。その時だ。
刺すような視線を感じて振り返った。閉められた門のすぐ横に人が立っている。石塀から顔の上半場だけを覗かせて、乾のことをじっと見つめていた。
目が合った瞬間、背筋を虫が這うような気持ち悪さを覚える。こちらを見つめる人物は高校生くらいの少年だ。それなのに一メートルちょっとしかない石塀から見えるのは顔の上半分だけ。そして乾を見据える瞳には憎悪が滲んでいた。
あぁ、これはヤバい奴だ。と乾は直感する。ただの幽霊なんかじゃない、明らかに敵意と悪意を持った存在だ。
「どうしたの?」
振り向いたまま固まる乾に赤羽は声をかけると、少年は音もなく消え去った。背後に警戒しながら乾は赤羽と共に家の中へと入り、扉が閉まると同時に言った。
「ちょっと、想像以上にヤバそうだからバイト先の人を呼んでもいい?」
えっ、と赤羽は絶句し、しばらく無言で乾を見つめると今にも泣き出しそうな顔で頷いた。
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